移り変わりの激しい時代に、顧客像をクリアにする強力なツール
阿久津 デイヴは当初からブランド・エクイティのモデルに「ブランド・ロイヤルティ」を入れていましたが、顧客とともにブランド価値を共創する時代となった今、「ブランド・ロイヤルティ」の側面はいっそう重要になってきたと思います。そして昨今、顧客とのブランド価値の共創を著しく促進させたのが、SNSなどのデジタル技術の発展です。
アーカー そもそもブランド・エクイティというものは通常、商品やサービスのオファーから始まります。移り変わりが激しい現在、戦略を策定して、そのオファーを洗練されたものにするには、顧客像を明確化する必要があります。顧客を知るための新しい方法が、顧客が日頃慣れ親しんでいるSNSなどのデジタル技術です。企業はこの技術で顧客に直接、情報発信するようになりました。同時に、顧客のアイデアも積極的に取り入れるようになり、協力しながら、オファーを生み出すようになったのです。
阿久津 そういえばデイヴのこれまでのブランド関係の著書の内容を集約した最新刊、『ブランド論 無形の差別化をつくる20の基本原則』でも、丸々1章を割いてデジタルについて議論していますね。ブランド構築の必須ツールとしてデジタル機能を活用することにより、企業は、商品性やサービス力を高めることができます。また、同時に、デジタルは、「ブランド・ロイヤルティ」を構築する新手法にもなりました。デジタル化のトレンドは、企業のブランディングにどのような影響を与えているのでしょうか。
アーカー デジタルは、ブランド構築や顧客体験に革命を起こしています。顧客はウェブサイトで、盛んに情報交換や交流をしていますし、モバイルもどんどん活用しています。実際、コンピューターインターフェイスの多くは、すでにモバイル用にデザインされています。そのため企業は、デジタルを活用する能力を発展させ、大転換を図らなければならないでしょう。
また基本的に、デジタルによる大転換は、あらゆる部門のデジタルツールや戦略などが統合されないことには成功しません。例えば、デジタルを広告など単独の活動だけではなく、販促や小売など様々な活動にも広げて、それぞれの担当が相互にサポートできるよう、統合されなければならないのです。
阿久津 デジタル化のトレンドの中で、日本ではようやく今、ビッグデータやAIが話題になっていますが、アメリカには遅れを取っています。アメリカ企業で、すでにこれらをブランド構築や顧客とのコミュニケーションのために効果的に活用しているところがあれば教えて下さい。
アーカー アドビシステムズがその好例です。同社のCMOのアン・ルネスは、マーケティング部門を大転換させることに成功しました。彼女は、転換を図るため、2人のトップクラスのデータアナリストを採用することから着手したのです。トップクラスのデータアナリストは企業にとって、とても重要です。トップクラスのデータアナリストになるには、一流大学を出て10年間の経験を積んだ程度では不十分で、統計学の修士号や博士号を持ち、さらにはマーケティングモデルも熟知している必要があります。
しかし、そういった人材は希少で引く手あまたなので、獲得するのは非常に難しい。日本の場合、それはアメリカ以上に難しいでしょう。しかし、例えば、統計学を学んだ人材を採用し、その人にマーケティングを教えることはできるかもしれません。反対に、マーケティングを学んだ人に、あとから統計学を教えることは難しいですね。
阿久津 デジタル機能を上手く活用しているブランドの1つにバーバリーがあります。数年前、同社のCEOだったアンジェラ・アーレンツはその手腕が買われ、アップルにヘッドハントされました。
アーカー バーバリーはビッグデータを主導にしているわけではありませんが、デジタル機能を活用した複数のクリエイティブなプログラムは素晴らしいと思います。例えば、ファッションショーのプログラムでは、人気バンドの音楽を流したり、ショーの舞台裏を見せたりしており、それらを視聴する目的でサイトを訪問する人たちが多いのです。また、自分でトレンチコートをデザインし、それを着た姿を自撮りして投稿することもできます。
阿久津 アップルが彼女を高く評価し、迎え入れた背景には、そういったデジタルを活用した彼女の高い創造性があったのでしょうね。
アーカー 彼女が、小売の経験も知識もあまりなかったにも関らずヘッドハントされたのは、それだけデジタルの分野で有能だったからでしょう。
グーグルやアマゾンも、ビッグデータを効果的に活用している企業の好例です。アマゾンほど、顧客一人ひとりに合わせたオファーをしているところはありません。アマゾンのホームページは、あなたと私で内容が全く違います。その意味でアマゾンは、「究極のeコマース企業」と言えるでしょう。
阿久津 ブランディングの新しい方向性の多くは、SNSやデジタルの世界と深く関わっていますね。
アーカー そうですね。そのため、私自身もこの分野の勉強を特別にしなくてはなりませんでした。しかし、幸運なことに、あらためて学ぶ際、かつての専門分野だった統計学が大いに役立ったのです。私は自分が、ブランディングと関連づけてビッグデータの理解ができ、さらに指導することもできる数少ない人材だと自負しています。
阿久津 企業はビッグデータに取り組んで行くにあたり、何を重視すれば良いでしょうか。
アーカー 企業にとって、ビッグデータは非常に重要でパワフルな存在だと言えます。プロフェット社でも今、ビッグデータを活用したモデル構築を行っています。企業がビッグデータ活用の能力を高めて行くために重要なことは、データ分析に長けたチームを作って、モデル構築に取り組ませることです。
しかし、この取り組みにはリスクもあります。企業には大量のリアルデータが取り込まれるため、来週、来月という短期的ゴールに注意を集中させるような、昔の考え方に舞い戻ってしまう危険性があるからです。モデル構築の際には、そうしたリスクを回避するための予防策が必要になります。
1980年代、POSデータが登場したことによって価格競争が過熱し、ブランド破壊が起きたことを思い出して下さい。私たちは、ビッグデータの登場で、同じ過ちを繰り返してはなりません。そのためには、ビジネスの短期的な効果ではなく、中長期的な効果を目指したブランディングやマーケティングに焦点をあてるべきです。そして、消費者を深く理解しているモデル構築者が必要だと思います。
【ブランド・ロイヤルティ】
消費者が競合のブランドを差しおいて、特定のブランドを繰り返し購買し続けることを言う。同一ブランドを購買し続けていても、独占市場などの場合はブランド・ロイヤルティに該当しない。
【アン・ルネス(Ann Lewnes)】
米アドビ システムズ シニアバイスプレジデント兼 CMO(最高マーケティング責任者) アドビにおいて、世界規模でのマーケティング活動を担当している。かつてはインテルのセールスマーケティング担当副社長として「Intel Inside」などのキャンペーン活動を担当した。
【アンジェラ・アーレンツ(Angela Ahrendts)】
米アップルの小売担当上級副社長。
2014年にバーバリーのCEOを経て、小売部門の最高責任者としてアップル入社。
『フォーブス』誌の「世界で最もパワフルな女性100人」の2016年版で15位に選ばれている。
連載:企業ブランディングと発信力
日米におけるブランド戦略の今
カリフォルニア大学バークレー校名誉教授
プロフェット社副会長
デービッド・アーカー 氏
カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院名誉教授、ブランドコンサルティング企業プロフェット社副会長。ブランド論の第一人者として知られている。著書に『ブランド・エクイティ戦略』『ブランド・リーダーシップ』、『ブランド・ポートフォリオ戦略』(いずれもダイヤモンド社)、『カテゴリー・イノベーション』(日本経済新聞出版社)ほか多数。近刊は『ブランド論』(ダイヤモンド社。翻訳は阿久津氏)。
※肩書きは記事公開時点のものです。
阿久津 聡(あくつ・さとし) 氏
カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.(経営学博士)。専門はマーケティング、消費者行動論、ブランド論。
著作に『ブランド戦略シナリオ - コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社:共著)、『ソーシャルエコノミー』(翔泳社・共著)、『ブランド論』、『ストーリーの力で伝えるブランド』(ダイヤモンド社:訳書)、『カテゴリー・ イノベーション』(日本経済新聞出版社:監訳書)、『弱くても稼げます』(光文社:共著)、『サクッとわかるビジネス教養 マーケティング』(新星出版社:監修)などがある。
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※本コンテンツは日経BP社の許可により「日経ビジネス特別版 2016.12.5」から抜粋したものです。禁無断転載。