信頼されるだけでなく、親しまれる「人格」を持て
阿久津 ここで、今一度、ブランド・エクイティとは何か、ブランド・エクイティはビジネスをどう変えたのか、といったことについてお話しいただけますか。
アーカー ブランド・エクイティという概念は、ブランドは企業の重要な資産の1つとしてマネージメントされるべきものだという考え方をもたらしました。この考え方により、ビジネスでは大きな変化が起きましたが、それをお話しするには、ブランドの起こりから説明するのがわかりやすいでしょう。
そもそもブランドは1931年、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)のニール・マッケロイが始めたようなところがあります。彼はある朝、3ページにも及ぶ長いメモで、ブランドマネージメントチームがすべき詳細を説明しました。それは短期的売上を分析し弱点を見つけ、解決するために広告や販促活動を行うという内容でした。つまり彼は、短期的売上をあげるために、マーケティング部門が様々な「戦術」を練るべきだと考えたのです。彼は後に同社のCEOになり、最後にはアメリカの国防長官にも抜擢されましたが、彼の最大の功績はそのメモにあると思います。何せ50年以上もの間、世界に影響を与え続けたのですから。
しかしブランド・エクイティという概念の誕生により、短期的ゴールに焦点をあてていたP&Gモデルは修正され、長期的ゴールが重視されるようになりました。そのため、マーケティングでは、カスタマーへの価値提案やセグメンテーション、顧客インサイトなど「戦略」を重視したアプローチが必要とされるようになったのです。それに伴い、マーケティングの責任者がブランドマネージャーから、CMO(最高マーケティング責任者)やマーケティング担当の副社長に移行しました。ブランド構築はもはや、売上をあげるためにマーケティング部門が行う小さな「戦術」の1つではなく、全社的に取り組むような大きな「戦略」の1つとなった。つまり、ビジネス手法が完全に変わったのです。
阿久津 ブランド・エクイティという概念の出現で、ブランド構築に対する企業の取り組み姿勢が変わって来たわけですね。ブランド・エクイティの概念は、その後、変化しているのでしょうか。ここであらためて、解説していただけますか。
アーカー ブランド・エクイティには3つの側面があります。1つ目は、私がかつて「ブランド認知」と呼んでいたものですが、今は、「ビジビリティ(顕在性)」と「信頼性」の2つの要素からなるものと考えています。どんな市場においてもレレバントである(関連性がある)ためには、人の目に見えて知られていなくてはならないし、信頼されるものでなくてはなりません。トヨタブランドのように両者を持ち合わせているブランドは、購入の際に考慮に入れてもらえるのです。ちなみに、レレバントであるということは、全てのブランド、とりわけBtoBやサービスを提供するブランドにとって極めて重要な評価基準です。
2つ目は、「ブランド連想」。ブランドから派生する様々な連想のことです。連想の中でも、商品の属性や機能性を超えた、(ブランドを擬人化した際の性格特性である)「ブランド・パーソナリティ」は、とりわけ重要です。レレバントであるためには、ブランドのビジビリティと信頼性に加えて、親近感や活力が必要であることが少なくありません。ブランド・パーソナリティはブランドに親近感や活力を効果的に与えることができます。
以上は多くの研究者によって提唱される、ブランド・エクイティの2つの側面です。私はこれに、「ブランド・ロイヤルティ」という第3の側面を加えてブランド・エクイティを捉えています。それは、顧客のロイヤルティが、資産としてのブランドにとって極めて重要な要素だからです。実際に、ブランドの資産価値に少なからぬ影響を与えます。「ビジビリティ」と「信頼性」、「ブランド連想」に限定されたブランド・エクイティが、広告や広報部門での扱いで終わってしまうのに対し、「ブランド・ロイヤルティ」が加わると、広告部門を超えて企業全体への取り組みへと代わり、顧客のユーザー体験まで考慮に入れられるようになります。
【ニール・マッケロイ(Neil H. McElroy)】
米国の実業家、政治家(1904~72)。P&G社長を経て、GE、クライスラーといった米国大手企業の取締役を歴任。57年に米国防長官となる。
連載:企業ブランディングと発信力
日米におけるブランド戦略の今
カリフォルニア大学バークレー校名誉教授
プロフェット社副会長
デービッド・アーカー 氏
カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院名誉教授、ブランドコンサルティング企業プロフェット社副会長。ブランド論の第一人者として知られている。著書に『ブランド・エクイティ戦略』『ブランド・リーダーシップ』、『ブランド・ポートフォリオ戦略』(いずれもダイヤモンド社)、『カテゴリー・イノベーション』(日本経済新聞出版社)ほか多数。近刊は『ブランド論』(ダイヤモンド社。翻訳は阿久津氏)。
※肩書きは記事公開時点のものです。
阿久津 聡(あくつ・さとし) 氏
カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.(経営学博士)。専門はマーケティング、消費者行動論、ブランド論。
著作に『ブランド戦略シナリオ - コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社:共著)、『ソーシャルエコノミー』(翔泳社・共著)、『ブランド論』、『ストーリーの力で伝えるブランド』(ダイヤモンド社:訳書)、『カテゴリー・ イノベーション』(日本経済新聞出版社:監訳書)、『弱くても稼げます』(光文社:共著)、『サクッとわかるビジネス教養 マーケティング』(新星出版社:監修)などがある。
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※本コンテンツは日経BP社の許可により「日経ビジネス特別版 2016.12.5」から抜粋したものです。禁無断転載。