企業ブランディングと発信力 ①

ブランド・エクイティ研究に入った理由

2017.02.20

ブランディング

企業ブランディングと発信力 日米におけるブランド戦略の今
「留学生と指導教官」という形で出会った2人はやがて、強い信頼関係で結ばれた「師弟」となった。そして30年という年月が流れ、お互いにアメリカ合衆国と日本、それぞれの国を代表するブランドマネージメントの研究者となった。デービッド・アーカー氏と阿久津聡氏。互いを「トシ」「デイヴ」と呼び合う2人がアーカー氏の地元、サンフランシスコで対談を行った。アーカー氏が発見・定義した「ブランド・エクイティ」の再定義からブランディングの新潮流、そして現在の企業活動を語るうえで欠かせない「デジタル」「ビッグデータ」といったホットなトピックまで2人が語り尽くした内容を、余すところなくお届けする。ここから、近視眼的な考えに囚われ、突破口を見いだせずもがいている今の日本企業にとってのヒントが、きっと見つかるはずだ。 (本文中は敬称略。編集 吉田健一・堀内祐希/日経BPコンサルティング、日経BP社 企画編集センター、執筆 飯塚真紀子、撮影 山口裕朗)

Prologue

阿久津 日本でもデイヴは「ブランド論の大御所」ですが、私たちが出会ってもう30年近くになります。

アーカー そうですね。初めて訪日したのは1975年、教鞭を取っていたUCバークレーで博士号を取得したジロー(野中郁次郎一橋大学名誉教授)とヒロ(竹内弘高ハーバード・ビジネス・スクール教授)が、アレンジしてくれました。博報堂に招かれて講義をしたのを覚えています。その時、初めて相撲を観戦し、すっかり魅了されてしまいました。その後も日本によく訪れるようになり、日程を相撲の場所に合わせていたほどです。特に輪島のファンでした。

阿久津 2002年から何年間か電通の顧問を務めた関係で訪日機会が増えた頃、ケイ(アーカー夫人)の影響もあって今度は宝塚ファンになりましたよね。

アーカー そうそう、劇場ではたいてい「白一点」という有り様でしたね(笑)。

阿久津 私がデイヴに初めてお会いしたのは大学生のときで、交換留学生としてUCバークレーで学んだ1988年でした。一橋大学でゼミの指導教官だった竹内先生(ヒロ)に紹介していただきました。

アーカー 覚えていますよ。ヒロに「優秀な教え子が留学生としてバークレーで学んでいるから、会って欲しい」と頼まれました。その後、ヒロの勧めもあって博士課程でトシの指導教官になりましたが、ヒロが話していた通り、トシは優秀な学生でしたね。

阿久津 一橋大学の修士課程に進学した年の夏、デイヴが青山学院大学で集中講義をするために来日された時、TA(教務アシスタント)としてお手伝いしましたね。その時に色々と相談にのっていただき、博士課程の第一志望をUCバークレーにしたことを今でもよく覚えています。

現代のビジネス手法を変えた「ブランド」を基軸にした新戦略

阿久津 デイヴが1990年に発表した『ブランド・エクイティ戦略』はブランドマネージメントのバイブルとして、長い間、世界中で読まれています。それ以前も、デイヴはマーケティングと戦略論の二つの分野ですでに著名でしたが、そもそも、どうしてブランド・エクイティの研究を始めたのか、読者の皆さんに話してもらえますか。

アーカー 私はスタンフォード大学で統計学の修士号を取得し、マーケティング・サイエンスの研究で著名だったビル・マーシー教授に師事して博士号を取得しました。その後、マーケットリサーチや、広告、戦略論に関する本も書きました。そのため、ブランド・エクイティに取り組むための下地がすでにできていました。

しかし、直接のきっかけは、戦略論の研究をしていた時、企業のエグゼクティブを対象に行ったサーベイで、ある確信を得たことにあったように思います。彼らに「持続可能な競争優位や信頼できる資産は何か」と質問したのですが、その回答として「知覚品質」「ブランド認知」「カスタマー・ロイヤルティ」が上位にランクしました。一方で、彼らが四半期ごと、ともすれば、月単位や週単位といった短期的な売上や利益の最大化に終始していることにも気づきました。こうした近視眼的な考え方がビジネスを歪めていたのです。結果的に、ビジネスは資産を構築するものでなければならず、その最も重要な資産の1つがブランドなのだという確信に至りました。

また偶然にも、1980年代後半、企業はブランディングやブランド・エクイティという考え方に興味を示し始めていました。短期的な利益をあげるために価格プロモーションを繰り返した結果、ブランドの価値が低下して行き詰まっていました。持続的に利益をあげるためには、ブランド構築が必要なのではないかという認識に至っていたわけです。そんな状況にも関らず、ブランド・エクイティとは何なのか、誰も定義していませんでした。

阿久津 日米の企業間競争が激しかった1980年代後半、一般に日本企業がマーケットシェア拡大を重視した長期的利益志向だったのに対し、アメリカ企業は株主の要求を満たすために短期的利益志向になっていました。アメリカ企業は、ある意味、日本企業との競争で不利にならないよう長期的利益志向を模索する中で、ブランドマネージメントに解決策を見出したのかもしれません。

アーカー 確かに、私が提唱したブランド・エクイティという概念は、ブランド構築への投資を核とした長期的利益志向の戦略をアメリカ企業がとる一助となりました。企業は、ブランドを戦略の中心に据えるようになったのです。

用語解説

【ブランド・エクイティ】
ブランドが持つ「資産価値」をブランド・エクイティという。「商品にブランドが付与されることで、価値が上がる」という考えに基づき、「ブランドは企業にとっての資産価値である」と定義するもの。

カリフォルニア大学バークレー校名誉教授 プロフェット社副会長 デービッド・アーカー 氏

カリフォルニア大学バークレー校名誉教授
プロフェット社副会長
デービッド・アーカー 氏

カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院名誉教授、ブランドコンサルティング企業プロフェット社副会長。ブランド論の第一人者として知られている。著書に『ブランド・エクイティ戦略』『ブランド・リーダーシップ』、『ブランド・ポートフォリオ戦略』(いずれもダイヤモンド社)、『カテゴリー・イノベーション』(日本経済新聞出版社)ほか多数。近刊は『ブランド論』(ダイヤモンド社。翻訳は阿久津氏)。

※肩書きは記事公開時点のものです。

阿久津 聡 氏

阿久津 聡(あくつ・さとし) 氏

カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.(経営学博士)。専門はマーケティング、消費者行動論、ブランド論。
著作に『ブランド戦略シナリオ - コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社:共著)、『ソーシャルエコノミー』(翔泳社・共著)、『ブランド論』、『ストーリーの力で伝えるブランド』(ダイヤモンド社:訳書)、『カテゴリー・ イノベーション』(日本経済新聞出版社:監訳書)、『弱くても稼げます』(光文社:共著)、『サクッとわかるビジネス教養 マーケティング』(新星出版社:監修)などがある。

※肩書きは記事公開時点のものです。

※本コンテンツは日経BP社の許可により「日経ビジネス特別版 2016.12.5」から抜粋したものです。禁無断転載。

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