東京ガスグループの挑戦 人的資本レポートが「個」の力で変革を進める原動力に

  • サステナビリティ本部コンサルティング部 次長 石河 織恵

1885年に渋沢栄一によって創立された東京ガスグループは、事業の転換期にある。ガス事業から複数事業のポートフォリオ経営へと変革を進める中で、重要視しているのは人材だ。人的資本経営を一層推進する施策の一つとして、『人的資本レポート2024~東京を越え、ガスを越え、未来をつむぐ~』(以下、人的資本レポート)を2024年11月に発行した。人材戦略や人的資本レポート発行の狙いと反響について、人事部 人事戦略グループマネージャーの日野勝裕氏、人事部 人事戦略グループ 挑戦と多様性推進チーム チームリーダーの宮沢有紀子氏に話を聞いた。構成=サステナビリティ本部コンサルティング部 石河織恵 文=多田恵 写真=木村輝

事業戦略に不可欠なプロ人材を育成

東京ガスグループにとっての人的資本経営の重要性についてお聞かせください。

日野 東京ガスグループは、今、「第3の創業」として、カーボンニュートラル社会の実現と未来をつむぐエネルギーとしての持続的成長の両立に挑んでおり、ガス事業を柱とした経営から複数事業のポートフォリオ経営を目指して変革を進めています。変革を実現するのは“人”にほかなりません。多様な社員が自身の価値を高め、積極的に挑戦する文化をつくることが重要だと考えています。

人材戦略についてお聞かせください。

日野 当社グループは、従来のエネルギー事業で培った「安心・安全・信頼」のプロ集団ではありますが、複数事業のポートフォリオ経営を実現するには、経験の乏しい事業分野においても競合相手に伍していける、専門性を持ったプロ集団の組成が必要となります。そして、高い専門性を持つ人材が能力を最大限発揮し、挑戦し続ける環境づくりが不可欠です。こうした観点から、①人材ポートフォリオの再構築、②「挑戦による成長」と「多様性を力に」を体現する企業文化の醸成、③ウェルビーイングの推進、これら3つの人材戦略を進めています。

日野 勝裕氏

人事部
人事戦略グループマネージャー
日野 勝裕氏

社員が挑戦する文化をつくる

主な取り組みについて狙いや概要を教えてください。

日野 特に人材ポートフォリオの再構築については、2024年度からタレントマネジメントシステム「CIRCLE」を本格的に運用し、全社員が自身の専門性をレベル別に登録しています。これにより「会社視点」では、人員数などの「量」だけではなく、目には見えない「質」をデータに基づいて定量化し、理想的な人材配置と現状とのギャップを明らかにした上で、アップスキルや人員シフト+リスキル、経験者採用などを通じたギャップ充足策を講じることが可能になりました。さらに、事業やポジションに必要な知識やスキルを持つ社員を見つけ、将来を見据えた育成や最適配置なども実現できます。

また、「社員視点」では、理想の自分に必要な専門性レベルと現状のギャップが明確になります。「CIRCLE」には、当社独自のAIアプリ「キャリアアドバイザーAI」を導入しており、自分が目指す専門性レベルの獲得に必要な知識やスキルは何か、その学習方法や教材もAIが教えてくれます。これらのツールも活用することで、スキル向上や成長を支援し、理想的なキャリアの実現につなげます。

また、自らの意思で挑戦し、キャリアを切り開く仕組みとして、人材公募や社外兼業などの制度を導入しています。人材公募では、これまでの年1回から2回に募集頻度を増やすとともに、全職場が社内イントラネット上で業務内容や職場の紹介を行ってそれぞれの事業の魅力を発信しています。このような取り組みの結果、人材公募を通じて成立した人事異動はここ4年間で、8名から79名と約10倍に拡大しました。

さらに、2024年度からは、役員と幹部を対象にOKR(Objectives and Key Results)を導入し、「CIRCLE」で全社員に公開しています。社長をはじめ、経営層が率先して大胆な挑戦に取り組み、当社の成長・変革を推し進めています。

社員インタビューが共感を呼ぶ

人的資本レポートを発行した理由をお聞かせください。また、発行後の反響についてはいかがですか?

宮沢 当社グループは「心を持つ貴重な財産」である人を成長の源泉に据えていること、多様な人材が挑戦し続けることでグループ員一人ひとりと当社グループの双方の成長を目指していくことを、多くのステークホルダーにご理解いただきたい、との思いで発行しました。当社グループの人的資本経営の考え方や具体的な取り組み、社員のチャレンジングな姿勢が伝わる内容になっています。

制作に当たっては、誌面に登場する社員インタビューの人選にも気を配りました。インタビューを読んだ社員が、「共感できる」「勇気をもらえる」と感じてほしいと考え、変革に向かって挑戦する社員を紹介しています。

宮沢 有紀子氏

人事部
人事戦略グループ
挑戦と多様性推進チーム チームリーダー
宮沢 有紀子氏

日野 社内のアンケートでも大変好評でしたし、社員から「会社の明るい未来像が理解できた」「人事制度を利用するイメージができた」というコメントも寄せられています。会社が変革に向かう背景や意図も含めて人材戦略を理解するきっかけになったと思います。投資家の方からも、「企業理解が深まった」というお声を頂きました。今後は、レポート発行や施策を通して社員にどのような行動変容が起こったのか、そして今回開示した指標がどう変わっていくのかをモニタリングしていきたいと考えています。

データドリブンな人事を実践

今後の展望を教えてください。

宮沢 多様な人材が能力・スキルを発揮していきいきと活躍できるよう、性別や年齢にかかわらず「個」を重視した一人ひとりへのアプローチに取り組んでいきます。

日野 人材ポートフォリオを最新の状態で見える化し、「量」「質」の両面からタイムリーに把握することが重要だと考えています。また、最新のHRテックも取り入れながら人材戦略の取り組みを高度化・効率化するとともに、定量的なKPIを設定した上で打ち手を講じ、エンゲージメントサーベイなどで効果検証を行うことも必要です。常に定量データを把握・分析し、PDCAを素早く回しながら異動配置・人材シフトなどのデータドリブンな人事を実践していきたいと思います。

東京ガスグループ
『人的資本レポート2024~東京を越え、ガスを越え、未来をつむぐ~』
『人的資本レポート2024~東京を越え、ガスを越え、未来をつむぐ~』表紙

サステナビリティ本部コンサルティング部 次長
石河いしかわ 織恵おりえ

統合報告書やサステナビリティレポートなど、企業のサステナビリティ情報の開示に携わる。特に人的資本をはじめとする無形資産を軸に、企業がステークホルダーとつながるための情報開示支援に取り組む。

※肩書きは記事公開時点のものです。