『ブランディングの力』~BtoB企業のブランド価値を高めるコンテンツ戦略 優秀人材の獲得から業績向上まで~①

無形資産の価値を伝える――横河電機の包括的ブランディング戦略〜コーポレートブランド強化からブランドブック制作まで〜

  • 藤本 淳也

    マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部 兼 ブランド本部 大学ブランド・デザインセンター コンサルタント 藤本 淳也

創業から100年以上の歴史を持つ横河電機は、グローバルなBtoB環境下で、無形資産の価値をいかに可視化し伝えるかという課題に直面していた。同社はコーポレートブランドの強化から製品ブランドの統合、さらには独自のブランドブックの制作まで、幅広いブランディング戦略を展開してきた。横河電機 マーケティング本部 コミュニケーション統括センター ブランドプロモーション室 コーポレート・ブランド・マネージャーの津田敏郎氏に、同社の長期的なブランド戦略と、その集大成としてのブランドブック制作の取り組みについて解説いただいた。

2024年9月5日開催 企業価値向上セミナー
「『ブランディングの力』~BtoB企業のブランド価値を高めるコンテンツ戦略 優秀人材の獲得から業績向上まで~」より

文=小林渡 構成=藤本淳也

グローバル競争下におけるブランド戦略の進化

横河電機の現在の連結売上高は約5400億円に達し、その90%以上を制御事業が占めている。同社は、エネルギー&サステナビリティ、マテリアル、ライフの3つの産業分野に注力しながら、幅広い業界において高度な測定・制御技術を基盤とした統合ソリューションを提供している。津田氏は「現在、7割以上が海外顧客であり、それに伴い、連結で約1万7000人の社員のうち6割以上が海外に在籍しています」と説明する。

同社においてブランド戦略は早い時期から重視されており、1927年には「YEW」という商標をロゴとして打ち出した。1983年の北辰電機製作所との合併以降は、「YEW」のロゴと社名を合わせた新トレードマークを導入。さらに、1986年には社名を横河電機とし、現在の新しいトレードマークとCIを採用した。2015年の創立100周年を契機に、コーポレート・ブランド・スローガンを設定し、現在はトレードマークとスローガンのロックアップロゴを基本としている。

「ブランディングの軌跡」
出典:横河電機

21世紀に入り、市場や社会、そして地球環境と、我々を取り巻く状況は大きく変化した。世界の企業が有形資産から無形資産への投資を増やし、膨大な価値を生み出す中、日本は「失われた20年」を象徴するかのように低迷を続けていた。世界の有力企業と互角に戦うために、ブランディングの視点から会社の姿勢や意思を明確に示す必要があった。津田氏は「我々は市場からどう見られているのか、企業として明確な意思は何か、差異化のための磨くべきコアコンピタンスは何か、この3つのアプローチで自社を見つめ直しました」と当時を振り返る。

全社統一ブランドの構築と展開

自社に対して客観的な調査を実施した結果、社内外から「現状の固定概念を超えた変革が期待されること」「制御企業にとどまらない将来に向けた全社レベルでのブランドの基軸を明確にするべき」といった意見が出てきた。「そこから生まれたのがコーポレート・ブランド・スローガン『Co-innovating tomorrow』です。その四角くて丸い特徴的な書体は、その後の様々なブランディングへも継承されています」と津田氏は語る。

創立100周年を機にコーポレートレベルのブランディングを立て続けに行った横河電機。しかし、津田氏は「当社は長い歴史の中で1000を超える製品やサービスのブランド名が乱立しており、一種のカオス状態でした」と振り返る。この状況を改善するため、これら全体を包括する「OpreX」というブランドを新たに誕生させ、整理に取り組んだ。

同時に、制御事業以外の事業展開も進める上で、新しい人材の獲得が急務となっていた。そこで、会社の別の一面を示すために斬新な広告キャンペーンを展開。『横河電機なのにiPS細胞について考えている。』や『YOKOGAWAは今、地球の相続について考えている。』といったキャッチコピーを用いた。

津田氏は、このキャンペーンについて次のように語る。「これは『地球の物語の、つづきを話そう。』というキャンペーンでしたが、とても好評でした。特筆すべきは、脱炭素化の流れの中で悪者にされがちな化石燃料の分野に長年従事している社員たちからも喜びの声が寄せられたことです」

このキャンペーンの成功は、やがて同社のパーパス策定へつながっていく重要な一歩となった。

「4つのブランディングを軸に...」
出典:横河電機

ビジネスシーンでのパーパスとは、企業の社会的意義、志を指す。企業の規模が大きくなるほど、具現化するのは並大抵のことではない。そこでブランディングチームは約5300人の社員から約1万4000件のコメントを集め、さらに国内外12グループで社長とのラウンドテーブルを実施。そして生まれたパーパスが、「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」である。

コピーだけでなく、ビジュアルにもこだわり抜いてブランディングしているのが横河電機の特徴だ。スローガンの書体もそうだが、カラーリングにも意味と意思を持たせている。「会社のオフィスブランディングから、製品やサービスのブローシャーに至るまで、Yokogawa Yellowの正方形が光り輝くキー・グラフィック・エレメントとコピーをセットで使用し、一貫したビジネス展開やビジュアル展開に努めています」と津田氏は説明する。黄色い四角のマークはリーディングスクエアと呼ばれ、「一歩先行く未来の事業」を表現しているという。

「新キー・グラフィック・エレメント導入」
出典:横河電機

ブランドブックによる戦略の可視化と共有

ブランドとは誰もが知ってはいるものの、実体を理解するには知識や経験が必要となる。そこで横河電機は、ブランドの本質を伝えるためにブランドブックの制作に踏み切った。

津田氏は、ブランドブック制作の背景を次のように説明する。

「主に3つの要因がありました。まず、当社のブランドを正しく理解してもらいたいステークホルダーが世界中に広がっていることです。次に、会社の事業が多岐にわたり、ソリューションやサービスという形のないものを提供するため、企業としてのケイパビリティや姿勢を可視化する必要が出てきたことが挙げられます」

津田氏は続けて、「さらに、海外も含めた社員の流動性が高まっていることも大きな要因です。従来の長期雇用を前提とした暗黙知の継承で組織を回すことが困難になってきました。これらの課題に対応するため、ブランドについて正しく、分かりやすく伝える手段として、書籍化という形を選択したのです」と語る。

「品格と美しさと...書籍デザインについて」
出典:横河電機

「ブランドブックの作成にあたっては、“YOKOGAWA”というブランドを理解してもらうことに加えて、日本語と英語を併記すること。有識者やスペシャリストからの客観的な声を盛り込むこと。ブックデザインとして美しいことという点にこだわりました」

出来上がった本は、社内外の人々に手渡され、様々な評価とともに受け入れられた。

「社外からは、広範囲な事例紹介や、BtoBに特化した実践的な取り組み、さらには事業拡大に伴うブランドの統合と再構築の過程などが好評を得ました。一方、社内からは『ブランディングを担う部署がどういうことに心を砕いて動いているのかが理解できた』という声や、『自分たちが社内外に情報発信する際も、本に書かれていた思いを大切にしよう』といった声が寄せられました」

津田氏は「ブランドブックを、ステークホルダーやキャリア採用の新入社員など幅広い対象に向けた、当社への理解を深めるためのコミュニケーションツールとして活用していきたい」と締めくくった。この横河電機におけるブランドブック制作の取り組みは、BtoB企業における無形資産の可視化と価値創造の新たな可能性を示唆している。さらに、こうした取り組みが企業文化の統合や社内外のブランド理解促進に大きく寄与する可能性も見いだせる。本事例は、グローバル展開を進めるBtoB企業にとって、ブランドの一貫性維持と効果的な価値伝達の重要性を浮き彫りにしていると言えるだろう。

2024年9月5日開催 企業価値向上セミナー
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[講演①&事例紹介]形だけで終わらせない、人的資本開示 人的資本理論の実証化研究会 共同座長 Institution for a Global Society株式会社代表取締役社長 福原 正大 氏

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連載:「『ブランディングの力』~BtoB企業のブランド価値を高めるコンテンツ戦略 優秀人材の獲得から業績向上まで~」

藤本 淳也

マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部
兼 ブランド本部 大学ブランド・デザインセンター コンサルタント
藤本 淳也ふじもと じゅんや

インターナルコミュニケーションや教育、HR、音楽などの様々な領域で、企画編集/マーケティング/プロダクトマネジメントに従事し、2022年に現職。コンサルティングから課題設定、ストーリーメイキング、各種制作と、コミュニケーション支援を幅広く担当している。

※肩書きは記事公開時点のものです。