書籍出版を通じて企業認知向上を目指した横河電機のブランド戦略
聞き手=大川亮 文=市本祐喜子 写真=井上裕康
横河電機の企業認知度向上を目指したブランディング戦略とコミュニケーション施策について、御社が特に重視されている要素や基本方針をお聞かせいただけますでしょうか。
横河電機株式会社
マーケティング本部 コミュニケーション統括センター ブランドプロモーション室
コーポレート・ブランド・マネージャー
津田 敏郎氏
津田 当社では2015年に創立100周年を迎えたことを機に、ブランディングの強化、ブランド戦略の進化に努めてきました。創業以来培ってきたステークホルダーとの信頼に応えるべく進めてきた活動や思いが、横河電機のブランドを形成しているからです。利益を増やすという経済的な価値に加えて、「何のために活動しているのか」という創業の精神、企業理念、パーパスを特に大切にしてきました。
ブランディング戦略としては、表現の一貫性にも注意しています。企業理念として語られた言葉と市場や社会、お客様に対しての説明や振る舞いに一貫性がないとベクトルが合わず、企業の姿勢が問われかねません。コーポレートブランドのみならず、企業理念やパーパスを実現するための製品、サービス、ソリューションのブランドも包括して、ブランド全体で一貫性を追求しています。
『プラント制御会社図鑑』:複雑な事業内容を可視化し、理解を促進
御社はブランド戦略を進める中で、2冊の特徴的な書籍を刊行されました。その取り組みの背景と意図について、詳しく教えてください。まずは『プラント制御会社図鑑』の監修を選択された経緯について教えていただけますか。
今村 『プラント制御会社図鑑』は、プラント制御という仕事の内容を分かりやすく伝えることを目的として、当社や類似の業界が提供する製品や技術が、社会の中でどのように役立っているのか、その仕組みと重要性を具体的に解説したものです。
プラント制御のビジネス領域はとても幅広く、電気、ガス、水道、医薬品など、身の回りにある多くのものを生み出す製造業に対して貢献しています。ただ、当社の製品そのものが目に見える製品として一般市場に出回るわけではないことから、プラント制御会社が何をしているのかは周知されにくいのが課題でした。
当社は「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」という存在意義(パーパス)を掲げていますが、何を手掛けている企業なのか分からなければ、どのように責任を果たすのか想像がつかず、説得力に欠けてしまいます。まずは社会との接点を広げて、社会に必要な企業であると認知されることが不可欠だと感じていました。
「会社図鑑シリーズ」は、事業内容を絵で可視化するのが魅力です。プラント制御会社の分かりづらい事業も、絵で解説することで理解されやすくなると考え、制作をお願いし、監修をさせていただくこととしました。
結果は期待通りでした。写真は実在するものしか撮れませんが、絵であれば外部から内部を透かしてみたイメージなども表現できます。複雑なプラントの製造工程や制御の仕組みなど、文字だけでは伝えづらい内容も、絵にしたことで全体を把握しやすくできたと実感しています。
津田 例えば、石油化学プラントの巨大なタンクの大きさや相対的な比率は、実際とは異なるはずです。絵を1枚にまとめるために不必要な情報はカットし、必要なことは特徴的に見えるように表現されています。絵だからこそ、こうしたデフォルメも違和感なく受け入れられ、親しみやすい仕上がりになります。絵本形式の図鑑としたからこそ、分かりやすさ、理解しやすさにつながっていると思います。
『未来への共創』:10年に及ぶブランド再構築の軌跡
次に、御社で「ブランドブック」と呼ばれている書籍『未来への共創』の企画意図についてもお聞かせください。
津田 『未来への共創』は従来の制御事業から、お客様との共創という新しい価値を提供するソリューション企業へと転身を図った、横河電機の10年に及ぶブランド再構築の歩みをストーリーとして描いています。
ブランドブックを制作したきっかけの一つは、ステークホルダーの広がりです。関わる人が増えるほどに、国籍や背景、言語などが多様化するため、私たちが通常取り組んでいるブランディング業務ではカバーしきれないことを感じていました。大きく広がったステークホルダーの方々にまで伝えていくには、書籍化して明文化することが有効だと思ったのです。
情報やスキルの継承にも懸念がありました。横河電機のブランディングの考え方やスタンス、これまで手掛けてきた施策の軌跡も、人づてに伝えていくにはリソースの問題で限界があります。情報を書籍化して残しておけば、今いる人たちはもちろん、これから新たに入ってくる人たちに共有しやすくなるはずです。
有識者やスペシャリストからの客観的な声を含んだブランドブックを制作することは、企画段階からの狙いでもありました。企業の内側からの表明だけではなく、客観的な視野を取り入れることで情報の価値が上がり、真摯に受け止めていただけるだろうと考えたからです。さらに市販を目的とした書籍としたことで、横河電機のブランディングに対する思いや姿勢を強く示す効果が得られたのではないかと考えています。
これらの重要な書籍の制作にあたり、日経BPグループを制作パートナーとして選定されました。この選択において、特に重視された要素や決定的な要因についてお聞かせいただけますか。
横河電機株式会社
マーケティング本部 コミュニケーション統括センター ブランドプロモーション室
今村 梨沙氏
今村 『プラント制御会社図鑑』に関しては、事業内容を分かりやすく伝えたいという目的と、会社図鑑シリーズのコンセプトが合致したことが大きいです。実際に制作を始めてからは、進行と全体統括を担当するディレクター、取材執筆を担当する編集記者、絵画執筆を担当する絵本作家で構成された編集部の方々のチームワークの良さに助けられました。
当社の事業内容は幅広い上に複雑で技術的な説明も必要となるため、外部の方々には理解が難しかったと思います。それらを分かりやすく見せるにはどうすればよいかを編集部の皆さんが綿密に検討を重ね、企画力や編集力を発揮されながら、しっかりと見せるべき内容、省いてもいい内容を取捨選択してくださったことに感謝しています。
津田 『プラント制御会社図鑑』を制作する前からブランドブックの構想は進めていましたが、当時はパートナーの選定に苦労するだろうと考えていました。それだけに、『プラント制御会社図鑑』の発行は大きなポイントになりました。
当社なりのブランドの定義を理解して支援していただけるかも重視していましたが、日経BPコンサルティングは企業のブランディングサポートを手掛けているだけあって、自己創設ブランドの重要性などの共通認識を持てたので、安心して任せられました。
もちろん、出版社のグループとしてのブランド力も魅力でした。啓蒙書から専門書まで、ビジネス書を数多く手掛けている日経BPグループであれば、私たちが表現したいことを理解していただける、書籍が完成した暁には多くのビジネスパーソンに読んでいただける機会が広がるという期待もありました。
書籍制作の成果と今後の展望
これら2冊の戦略的出版物の発行後、社内外からはどのような反響がありましたか?
今村 『プラント制御会社図鑑』がとくに大きな反響を呼んだのは、社内関係者ですね。社員のご家族、お子さまからも好評を博しました。
津田 ブランドブックは社内外に広く読んでいただいています。「広範囲なブランディングの取り組みが体系立ててまとめられていて、大いに参考になった」という声や「B to B企業の事例は少ないので、実践的な側面が学べるこの本は貴重である」「ちょうど探していた内容だった」などのありがたい声が届いています。「装丁を含め、書籍としての品質の高さが素晴らしい」と、お褒めの言葉をいただいたのもうれしいですね。
社内からも「ブランド再構築にあたった背景や、ブランディング推進チームの強い思いが十分伝わりました」などの声が上がっています。
10年に及ぶストーリーを細かく明確に書き記したので、振り返れば反省点や課題も見えてきます。インターナルブランディングとしても、この本をきっかけとして社員一人ひとりがブランディングを自分事と捉えて、次のディスカッションにつなげていけたらと考えています。
株式会社日経BPコンサルティング
コンテンツ本部 ソリューション3部 兼 ソリューション1部
チーフコンサルタント
大川 亮
今村 『プラント制御会社図鑑』は英語版も制作して、海外のメンバーに共有したところ、中国語や韓国語、ポルトガル語など、自国の言語でも展開したいという要望がありました。また北米の拠点からは、STEM(※)教育の教材として、高校生女子向けのSTEMキャンプで『プラント制御会社図鑑』の英語版を取り上げてくれたという報告が届いています。将来的に、教育コンテンツとして広げられたらうれしいですね。
※STEM:科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)などの理系分野を統合的に学ぶ教育
津田 『未来への共創』は横河電機のブランド哲学とその具体的な展開を包括的に解説した優れた文献だと自負しています。本書発行の当初の狙い通り、当社の様々なステークホルダーや、キャリア採用で加わった社員の方々にお読みいただくことで、横河電機への理解を深めていただきたいですね。
また近年、企業価値における無形資産の重要性が高まる中、当社のブランド戦略についての問い合わせも増えています。そのような場面でも『未来への共創』の存在が強みを発揮します。時間的制約のある会議などでも、本書を通じて当社の理念を簡潔かつ的確に伝えられるため、コミュニケーションツールとして大変重宝しています。今後もこのブランドブックを様々な機会で活用し、当社のブランド哲学をより広範囲に、効果的に発信していきたいと考えています。
今村 これらの書籍の活用範囲をさらに拡大することも検討しています。人財総務本部が『プラント制御会社図鑑』を就職活動中の大学生や大学院生向けに活用しているので、『未来への共創』も、当社の理解を深めるツールとして活用していきたいですね。
御社の多様な人材戦略の取り組みに、これらの書籍が貢献できることを願っております。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。
コンテンツ本部 ソリューション3部 兼 ソリューション1部 チーフコンサルタント
大川 亮
雑誌出版社を経て、2001年2月にIDGジャパン入社。エンタープライズIT分野の月刊誌およびWebメディアの編集記者を担当。「月刊Computerworld」副編集長などを歴任し、2008年10月、「月刊CIO Magazine」副編集長に就任。CIOの役割と戦略策定、経営とITの関わりをテーマに取材を重ねる。2012年12月、日経BPコンサルティングに入社。2017年にコンテンツ第二本部編集部次長、2019年にコンテンツ本部編集1部長に就任。2024年4月より現職。
※肩書きは記事公開時点のものです。
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