サステナビリティ・コミュニケーションのポイント2024③
開示のための開示になっていませんか?――サステナビリティ情報開示の次のステップに向けて
2024年5月17日開催 企業価値向上セミナー
「サステナビリティ・コミュニケーションのポイント2024」より
動画をご覧になりたい方はこちら 文=小林渡 構成=藤本淳也、太田未来
動的に変化していく開示方針に苦慮する現場
日本におけるサステナビリティ情報開示については、数年前まで“ほぼ手探り”のような状態だった。しかし、評価に関わる組織の整理や統合が進み、市場間での正確な比較ができるよう、ルール作りや議論が行われている。2023年の3月より有価証券報告書で法定開示やサステナビリティ情報が求められるようになったこともあり、各企業の統合報告書を発行する動きも広がっている。PwCサステナビリティ合同会社の調べでは、2022年の段階で884社が統合報告書を発行。「この10年で15倍に増えている」と岩永氏は言う。
開示すべき領域は絶えず拡大しており、求められる内容も深化しているのがこれまでの流れだ。例えば、気候変動であれば、現状の開示にとどまらず、今後どういう道筋で進めていくのか、移行計画が求められるようになったり、自然資本についての記述が必要にもなってきたりしている。また、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)においても、生物多様性と人的資本をテーマにしたプロジェクトが打ち出されるなど、動的に変化し続けている。
岩永氏の元には、セミナーや同業他社の会合などのたびに、「運用会社や投資家は、どういう開示情報があればよいのか?」と発行体の担当者から質問が寄せられるという。急激に変わる状況に苦慮する彼らに対し、岩永氏は「実は、答えは発行体の皆さんの中にある」と答えているそうだ。
サステナビリティ情報について、共通しているのはダイナミックに変化していることであり、社会のニーズや価値観が変わるのに合わせてルールや仕組みも変わり続けている。技術の進歩もあり、企業がその存在意義を常に問われている中で、「それに対し企業がどう対峙しているのかを知りたい」というのが投資家たちのニーズであると岩永氏は語る。
開示情報を利用する側を意識し、“企業の未来”を提示する
企業の開示における姿勢について、岩永氏は「開示は1つのきっかけであって、大事なのはそこへ至るプロセスであり、それを活性化していただきたいと思うんです」と述べた。講演タイトルに「開示のための開示になっていませんか?」と付けたのは、開示に関する要件が増え続けることで、「新たな要素が出るたびに企業の関心がそちらへ移り、情報開示が本来持つ意味や役割がおざなりになることを危惧しているため」と岩永氏は続ける。実際、2023年3月に東京証券取引所がPBR1倍割れの企業に対し経営改善を要請することが決まると、多くの企業の意識がそちらへ移り、それまで話題に上っていた人的資本への意識が薄れてきているようにも見受けられる。
企業の将来の期待値をどのように上げていくかについては、情報開示の際に常に意識すべきことであり、「その中で人的資本は非常に重要な要素だと私は思うんです」と岩永氏は力説する。将来に向け、どんな施策を打ち、人的ポートフォリオをどう調整していくかは、企業にとっても重要な要素である。これにより市場の期待感を維持し、高めることにもつながるからだ。岩永氏は、統合報告書について先行している南アフリカの企業を例に出し、未来に向けて企業の取るべき開示の姿勢について述べた。ある通信会社は、大きなパーパスを掲げ、それを基に社会的なミッションを作成。そのために人的資本への投資を行ったという。事実、統合報告書を読むと、従業員約7500人のこの会社が「テクノロジー企業」に進化するために日本円で47億円相当を「投資」したことが記載されている。「企業の人的投資を明確に開示し、未来に向けて進む様子を企業のメッセージとして発信している点が重要」と岩永氏は指摘する。
この視点は気候変動に向けた取り組みにおいても同様だ。「大切なのは自社のビジネスモデルに照らして何が重要なのかという点を軸に、関連する取り組みを開示すること」だという。脱炭素という大きな流れの中で、自分たちのビジネスモデルをどのように変化させていくのか、これは経営の根幹に関わる。経営トップのリーダーシップの下で、実際のビジネスの運営に落とし込んでいく必要があるが、岩永氏によれば「資本財や素材を扱う企業の統合報告書を読むと、意識的に対応されていることが伝わってくるケースがある」とのことだ。変化をビジネスチャンスと考え、これまでの自分たちの技術や存在意義を未来に向けてどう生かしていくつもりなのか、企業のメッセージとしてはっきり伝わるようにつくられたものを読むと「なるほど、この発行体は、こういう考えの下でやっているんだな」と伝わる。「開示情報を利用する側に“刺さる”情報が何なのかという視点は、発行体の皆さんに常に意識していただきたいところです」と岩永氏は言う。
経営トップの強いコミットメントの下、会社全体として発信を
岩永氏の指摘する開示のポイントを整理しよう。まず、なぜその開示をしようとしているのか、なぜそれが求められているのかという原点に立ち返るのが最初のステップだ。その上で、それらが自分たちのビジネスモデルにどう関係しているのかについて、組織でしっかりと議論していくのが次のステップとなる。ここでは、企業として生み出す価値が大事なテーマになるだろう。例えば、経済的な価値はもちろん、従業員に対する価値、コミュニティーに対する価値など、様々な価値の創造が考えられる。さらにもっと大きく「環境や地球に対する価値をどうつくっていくのか、その辺りの議論もぜひ深めてほしい」というのが岩永氏の今の願いである。
統合報告書のガイドラインを制定しているIIRC(国際統合報告評議会)は、現代の企業経営において6つの資本という概念を提唱している。財務、製造、知的、人的、社会関係、自然の6つからなるが、最終的に企業にとってのインカムを創出するためにこれら6つを減らさず、増やしていくことが重要となる、と岩永氏は言う。その上で「財務と非財務を統合して、どういう形で創造プロセスが動いていくのか。そしてその上でガバナンスがどう働いていくのか。それを伝えていくのが今後のサステナビリティ情報開示にとって引き続き重要になる」と続けた。
ともすると開示情報は一部の部署に大きな負荷をかけてつくられることも多い。しかし、岩永氏は「経営トップの強いコミットメントの下、思考プロセスに基づいて1つのメッセージとしてつくられることが重要だと私は思っています」と述べ、経営サイドも開示に関与し、会社全体として情報を発信していく必要性を訴えた。そして、発行体側と投資利用者側とで積極的な情報のやり取りが広がることを期待すると締めくくった。
連載:「サステナビリティ・コミュニケーションのポイント2024」
- 形だけで終わらせない、人的資本開示
- 自然資本に関する情報開示(TNFD, FLAG)
- 開示のための開示になっていませんか?――サステナビリティ情報開示の次のステップに向けて
アムンディ・ジャパン株式会社
チーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサー
岩永 泰典 氏
2014年アムンディ・ジャパン入社以来CIO兼運用本部長を務めたのち、2020年7月にチーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサーに就任。日本において責任投資を推進するとともにスチュワードシップ活動を統括。前職のブラックロック・ジャパンではグローバル・資産戦略運用部長、取締役CIOを歴任。ペンシルバニア大学ウォートン・スクールにてMBA、EDHECリスク・インスティチュートよりPhDを取得。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会認定アナリスト。
※肩書は記事公開時点のものです。
マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部
藤本 淳也
インターナルコミュニケーションや教育、HR、音楽などの様々な領域で、企画編集/マーケティング/プロダクトマネジメントに従事し、2022年に現職。コンサルティングから課題設定、ストーリーメイキング、各種制作と、コミュニケーション支援を幅広く担当している。
※肩書きは記事公開時点のものです。