二つのイノベーションセンターを連携の柱に
商・農・工の特色を持つ三大学を融合した初の国立大学機構として、知の社会実装を推進
北海道国立大学機構
三つの国立大学法人の経営統合という全国初の試みが実現して誕生した北海道国立大学機構ですが、ここに至るまでの背景をお聞かせください。
長谷山 国立大学、中でも地方の国立大学では、地域に根差した研究や人材育成に努め、地域とともに歩む姿勢が求められます。北海道の魅力を生かしながら、地域的な課題解決を図るには、国立大学法人としてどのように貢献していくべきか。その答えとして構想したのが、大学機構の創設でした。
豊かな自然に恵まれた北海道は食材の宝庫で、食糧自給率は全国平均が38%なのに対して216%を誇るなど、日本の食糧供給に大きく貢献しています。新エネルギー導入のポテンシャルが高く、観光資源にも恵まれており、ある民間企業の都道府県魅力度ランキングでは日本一を14年間続けるなど、魅力あふれる地域です。その一方で、18歳人口の急激な減少や、長期にわたる産業構造の転換などの課題も抱えています。
三大学がある小樽(後志)、帯広(十勝)、北見(オホーツク)は、北海道の中で気候風土でも産業構造でもそれぞれ特色を持つ地域です。単科大学として、各地域で育まれてきた文化を大切にしながら、特色ある教育研究を専門的に展開してきました。三つの大学が一つの法人として経営統合し、連携していくことで、各大学が持つ教育研究のシーズが成長し、北海道が抱える課題解決のための新たな可能性を広げていけると考えています。
北海道国立大学機構を構成する三つの大学、それぞれの特徴と魅力をご紹介いただけますか。
長谷山 小樽商科大学は、官立高等商業学校として5番目に開校された小樽高等商業学校を前身に持ち、2021年に創立110周年を迎えた歴史と伝統のある大学です。東北以北唯一のビジネススクールを運営し、商学、経営学、経済学に明るいだけでなく、小林多喜二氏、伊藤整氏を輩出したように、文学や歴史などの人文学分野にも強みがあり、北海道における人文系の学術分野の人材育成を担ってきました。その誇りから、愛校心の強い卒業生が多く、同窓会組織も活気にあふれています。
帯広畜産大学は畜産学分野における全国有数の大学で、生命科学、食品の機能科学、環境科学などに関連する幅広い知識と技術が習得できると自負しています。道外から入学してくる学生も多く、約7割は道外出身者ですし、約6割が女子学生、卒業生の約5割は北海道で就職しています。獣医学教育も特徴的で、北海道大学獣医学部との「共同獣医学課程」があり、両大学の教育資源を結集して合同で実習をしたり、同一のカリキュラムで教育を実施したりしています。
北見工業大学は、道東のオホーツク圏に立地する、日本最北の国立大学法人です。世界自然遺産に登録されている知床をはじめとした四つの国立公園が周囲に広がる、厳しくも豊かな自然に恵まれた地域という環境を生かし、環境防災工学やエネルギー工学の研究を促進。工学的見地から、自然と調和するテクノロジーの発展を目指しています。
北海道国立大学機構では、機構のトップが長谷山理事長、三大学それぞれに学長がいらっしゃいます。これは、大学経営の観点からの体制でしょうか。
長谷山 学校法人組織として、経営を担う理事長と教育や研究のトップである学長が機能分化する構図は、私立大学ではよくありますが、国立大学法人ではこれまであまり意識されていませんでした。本機構が初めてとなります。
お互いの関係に上下はなく、経営と教育・研究を分離して、それぞれの役割を明確にしたうえで連携する体制です。どちらが欠けてもいけない、いわば車の両輪の関係です。
どのような組織でも、運営には「ヒト・モノ・カネ」が不可欠です。国立大学も法人化して、経営は自助努力をするように定められているので、教育研究環境を維持するには、安定性、持続性のある自己資金の獲得が重要です。そのためにもさまざまなステークホルダーと連携、協力していくことが大切です。
特に地域の産業の実態に精通している銀行や証券会社などの金融業界とつながり、協力関係を築くことには大きな意味があると考えています。そこで本機構では、金融界も連携の輪に加えた、産学官金連携を推進しています。
機構における初めての理事長として、リーダーシップを発揮していくには、どのような意識が必要だと思われますか。
長谷山 大学運営に限ったことではなく、企業も同じだと思いますが、トップダウンとボトムアップがうまくかみ合わないと組織はうまく回りません。そこで、リーダーとフォロワー、両方の意識を持つことを心掛けています。
課題に向き合うごとに臨機応変にリーダー的立場の人を擁立して、解決に必要な権限を持たせ、周りはフォローに徹していくほうが、組織の柔軟性が高まります。
自分が積極的に発言してリードしていくこともあれば、他の人のリードに任せたほうが有益だと思えば、一歩引いてサポートに徹するというように、立ち位置の使い分けを意識しています。
組織の柔軟性を大事にされているのですね。
大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一
長谷山 高度経済成長の時代は、トップの号令一下、一丸となって戦う団結力のある組織が求められたので、同じようなスキルを身に付けた人材が横並び集団でいるほうが有利でした。
しかし、現代の複雑で多様化した社会では、想定外が頻発するので、誰もが同じスキルを持っているだけでは対応しきれません。多様な人材を集めて組織化し、それぞれが能力を発揮することを求められます。
企業の組織構造も同じように変わってきていると思いますので、やがて社会に出る学生を育てるという意味でも、想定外に対応できる柔軟性を養うことを大切にしたいと考えています。
三つの大学は小樽、十勝、北見と立地が離れていますが、それぞれをどのようにまとめているのでしょう。
長谷山 三大学の教育や研究の連携・融合を実現させるための組織づくりとして、「教育イノベーションセンター」「オープンイノベーションセンター」という、二つのイノベーションセンターを設立しています。
教育イノベーションセンターは、教育や人材育成の観点からイノベーション創出を働きかけます。三大学が持つ教育研究の特色である商学、農畜産学、工学を連携融合させた新しい人材育成の仕組み、新しい教育や新しい学びを生み出すための役割を担っています。「Innovation Center for Education」の頭文字から、通称ICE(アイス)と呼んでいます。
オープンイノベーションセンターは、研究によってイノベーションを創出するための旗振り役です。三大学の専門分野である農学(Agriculture)、商学(Commerce)、工学(Engineering)の頭文字から、ACE(エース)と呼んでいます。
北海道ないしは日本が抱える課題解決に取り組むためには、分野の枠を越えたイノベーティブな研究をしていく必要があります。三大学それぞれの研究成果や人的資源の特色を伸ばしながら、知の社会実装を推進していく。その中心に位置するのがACEというわけです。
両イノベーションセンターは、三つの大学のどこかに属しているわけですか。
長谷山 拠点となる窓口は設けていますが、ハード面での巨大なセンターは必要ないと考えています。三大学の拠点が離れていることから、どこかに集まって活動するという体制は現実的ではありません。世界のどこにいても、センター研究員が集まって議論したり、情報を集約したりすることができるような環境の整備を図っています。
すでに、国立情報学研究所(NII)のICT基盤を生かした、DIAS・SINET活用研究構想を促進。ICTと人的交流の融合により、シームレスな共創ができる環境を整え、三大学の研究シーズを集約・発信するためのシステム構築に向けた取り組みを進めています。
三大学の研究シーズ集約・発信システム構築に向けた取り組み
さらに、現在は「デジタル産学融合ラボ」構想も急速に進めています。三大学の研究者と共同研究を進める企業のメンバーが共通で使えるシステムを構築し、どこからでも研究データベースにアクセスできる環境づくりです。
最後に、北海道国立大学機構が目指すビジョンをお聞かせください。
長谷山 本機構の強みは、離れた場所にあり、学問分野が異なる三大学が連携したことで、それぞれの地域に根差した特色や強みを持ち寄ることができることです。お互いが触媒になることで、新しいイノベーションを生み出していけると考えています。
距離を意識せずに、どこにいても知恵を持ち寄ることができる。そんな新時代の到来は遠い未来ではありません。ICEとACE、二つのイノベーションセンターを柱として、デジタルとアナログの融合、人間とテクノロジーが調和する未来を見据えたイノベーションを創発していくことを目指します。
三大学の知恵を集約できる、北海道国立大学機構ならではの展望ですね。貴学の今後の活躍に期待いたします。
ブランド本部 本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長
兼 大学ブランド・デザインセンター長
兼 周年事業・デザインセンター長
吉田 健一
IT企業を経て、日経BP社に入社。日経BPコンサルティングに出向後、2001年より始まった日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年からプロジェクト・マネージャー。2020年から現職。企業や大学のブランディングに関わるコンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に「リアル企業ブランド論」「リアル大学ブランドデザイン論」(共に弊社刊)がある。