「総合知」で社会変革を牽引する大学へ
自律性のある組織づくりを図る九州大学
九州大学
1911年に九州帝国大学として誕生し、創立111年を迎えた九州大学。2021年11月には*指定国立大学法人に指定され、イノベーション創出の牽引役としての役割が期待されています。指定国立大学法人への指定と同時に「Kyusyu University VISION2030」を掲げ、「総合知」という変革のキーワードを明らかにした石橋達朗総長に、これから九州大学が目指す未来像を語ってもらいました。聞き手=大学ブランド・デザインセンター長 吉田 健一/文=北湯口 ゆかり
*指定国立大学法人:「研究力」「社会との連携」「国際協働」の3点で世界最高水準の教育研究活動の展開が見込まれる国立大学法人を指定する制度。2022年現在、九州大学を含む10大学が指定を受けている。
創立111年を迎えた九州大学ですが、福岡という地において、どのような役割や機能を果たしているか、ご紹介いただけますか。
石橋 九州大学は、1903年に設置された京都帝国大学福岡医科大学と1911年に新設された工科大学が統合し、「九州帝国大学」として誕生しました。創立は1911年ですが、医科大学の前史まで含めれば、130年以上の長い歴史を有しています。
九州大学が位置する福岡は、朝鮮半島やアジア大陸に近いという地理的、歴史的背景から「アジアの玄関口」と位置付けられ、海外との交流も盛んです。こうした環境に恵まれ、大学も地域とともに発展してきました。2005年に移転を開始し、2018年に完成した伊都キャンパスは、産学官が協力して「知の拠点づくり」を目指す「九州大学学術研究都市構想」の実現の場にもなっています。
敷地面積272ヘクタール、東京ドーム60個分という広さを誇る伊都キャンパス内には、知の拠点に相応しい人と環境に配慮した施設が充実しています。地域に開かれたイノベーション・コモンズとして機能するため、周辺地域と大学を遮る外壁も設けていません。
日本トップクラスの研究大学として最先端の研究を行う一方で、地の利を活かしてキャンパス内の保全緑地で希少な動植物を保護するなど、自然環境を大切にしながら地域と共生しています。
九州大学では、2021年に「Kyusyu University VISION 2030」を掲げられました。その狙いや掲げた背景について、お聞かせください。
指定国立大学法人 九州大学 総長
石橋 達朗 氏
石橋 ビジョン策定のきっかけは、指定国立大学法人の指定を受けるための構想からです。
指定国立大学法人の指定を受けるためには何をすべきか。その答えを出すとともに、これから大学が目指すべき姿は何かを総長として示すことが急務だと考え、大学全体で構想作成に取り組みました。学内の総合的な調整役を担うプロボストを中心に、大学の未来を担う若い教職員が参加して、大学とはどうあるべきかという視点から、九州大学の強みと弱みを徹底的に分析したのです。
大学が果たすべき使命は、研究と教育です。自由闊達な研究を展開して成果を上げ、優秀な人材を社会に輩出することで、社会に貢献していく。そのために九州大学は何ができるのか。大学の使命を貫き、社会変革に貢献すべきという思いで、丸一年掛けて検討し、作り上げたのが「Kyushu University VISION 2030」です。
「Kyushu University VISION 2030」では、大学の目指すべき姿として「総合知で社会変革を牽引する大学」を掲げ、その実現に向けて8つのビジョンを明確にしています。
VISION1 ガバナンス
自律性と多様性を備えたガバナンスで、持続可能な経営体への変革を図る。
VISION2 DX
新たな価値を次々に生み出すデータ駆動型の教育、研究、医療を展開し、人々に真の豊かさをもたらす未来社会の実現に取り組む。
VISION3 教育
新たな社会をデザインする力と課題を解決する力を有し、グローバルに活躍できる価値創造人材を育成する。
VISION4 研究
学術基盤研究から社会変革に貢献する展開研究まで広く研究力を強化し、国際競争力を高めるとともに社会的課題の解決に貢献する。
VISION5 社会共創
知の拠点として地域社会やグローバル社会と共生・共創し、研究教育活動を通して社会の持続可能な発展と人々のウェルビーイングの向上に貢献する。
VISION6 国際協働
組織的な国際協働を通じて、国際頭脳循環のハブとなり、国際社会においてリーダーとなる人材の輩出及び地球規模の課題解決に貢献する。
VISION7 医療
志の高い優れた医療人の育成に努め、最先端医療の創出と質の高い診療の提供に尽力し、人々の期待と信頼に応える最善の医療を追求する。
VISION8 財務基盤
多様かつ安定的な財源の確保と運用を行い、持続的・自律的な経営を実現する。
このように大学の目指す姿を強く押し出して再申請に臨んだ結果、2021年11月に指定国立大学法人の指定を受けました。この指定と同時に「Kyusyu University VISION 2030」も公表しました。
ビジョンに掲げられている「総合知」というパワーワードには、どのような思いが込められているのですか。
石橋 九州大学は、2000年4月に全国で初めて「学府・研究院」制度を設け、大学院の「研究科」を「学府」(教育組織)と「研究院」(研究組織)に分離した上で、相互の柔軟な連携を図っています。組織改編後の現在は12学部、19学府、16研究院、1教育院、5研究所、関連施設として大学病院や50以上のセンターなどを擁しています。それだけ多彩な学術分野に携わっている大学であるという自負があります。
さらに大きな特色として、2003年の九州芸術工科大学との統合により、芸術工学部というデザイン系の学部を擁しています。芸術工学分野を持つ国立総合大学は、九州大学だけです。
人文社会系、理工系、数学・情報系、医療・生命系、そしてデザイン系という、多岐にわたる学問分野の「知」を結集して「総合知」を生み出し、社会的課題の解決と社会・経済システムの変革に貢献していく。それが九州大学だからこそ目指せる姿だと考えています。
8つのビジョンの実現に向けて、具体的にはどのような施策を実施されるのですか。
石橋 指定国立大学法人の指定構想のため、私たちは自分たちの強み・特色を発揮して社会的課題解決に貢献できる3つの研究分野に注目しました。1つ目は、カーボンニュートラル・エネルギー社会の実現に向けた「脱炭素」。2つ目は、超少子高齢化社会において健康安心社会を実現する「医療・健康」。3つ目は、環境問題や食料問題などの課題に対応する「環境・食料」です。
この3分野をエントリポイントとして重点的に取り組み、社会的課題の解決に貢献していくことが一つ目の施策です。これに加えて、デジタル社会で生き抜くために、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進も図ります。
DXに関しては、新型コロナウィルス感染症の影響が生じる前から、授業に電子教材を取り入れるなど教育DXを進めていたので、これをさらに発展させます。
この様な施策は、該当する分野に携わる人だけが頑張れば達成できるわけではありません。研究成果を社会実装させていくことを考えると、多くの人が携わり、知恵を持ち寄りながら検証と改良を繰り返すことが大切です。知恵を持ち寄る時、人文社会科学系と自然科学系の文理融合は考えられがちですが、九州大学なら、そこに加えてアートやデザインの考え方を取り込める。それが、九州大学が考える「総合知」です。
総合大学とはいえ、何もしないままで複数分野の知が結集することはありません。「総合知」を創出するためには、全体を取りまとめるプラットフォームが必要です。そこで、社会的課題解決の取り組みを推進する「未来社会デザイン統括本部」とDX戦略を策定・推進する「データ駆動イノベーション推進本部」という2つの組織を設置しました。
2つの本部を核としたイノベーションの推進
この2つの本部が「総合知創出のプラットフォーム」となり、大学と社会とを結び付ける役割を果たします。
自由闊達な研究と、社会的課題の解決は常に両立できるわけではありません。理想を追いかけて自由な発想をしたほうが研究は深められますが、社会的課題の解決は現実に寄り添わないと果たせないからです。今回設置したプラットフォームとなる2つの本部が、理想と現実のバランスを取ることで、自由闊達な学術基盤研究から社会変革に貢献する展開研究まで広く研究力を強化することができると考えています。
さらに、自治体や企業などの「地域連携プラットフォーム」との連携を図り、「オープンイノベーションプラットフォーム」による社会的課題(ニーズ)とその解決を図れそうな学内研究(シーズ)のマッチングを促すなど、社会とのつながりを強化していくことも構想しています。
オープンイノベーションプラットフォームの構想は興味深いですが、相思相愛の相手を見つけるのは難しいのではないですか。
石橋 確かに、学内関係者だけでやり続けるのは難しいでしょう。そのため、2年後の外部法人化を目指し、九州大学のオープンイノベーションを一緒に担ってくれる組織の立ち上げに向けて動き始めています。
石橋 先ほど、大学と社会をつなぐプラットフォームと申し上げましたが、未来社会デザイン統括本部はシンクタンク機能に加え、行動実践を伴うドゥタンク機能も有しています。
特に、社会的課題解決に向けたエントリポイントである「脱炭素」「医療・健康」「環境・食料」に関しては、将来の社会実装に結び付くような基礎研究も含めた研究集団です。
どうすれば社会的課題を解決できるか、そのプロセスも考えてデザインする。そのために、シンクタンクとドゥタンクが常にやり取りして相互作用が働くようにしています。
すでに施策を実践する動きが始まっているそうですが、学内の先生方の反応はいかがですか。
大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一
石橋 ただビジョンを掲げただけで一丸となるわけではありません。社会を変えようとするなら、外とのつながりだけではなく、内側の意識も変えていく必要があります。総合知を創出するには、コミュニケーションをとってお互いの理解を深めるしかありません。
そこで、全学の意識をすり合わせるために共創・協働制度を作り、各部局と話し合う機会を設け、意見や提案を吸い上げています。特に九州大学の未来を担う若い先生方の意見には耳を傾け、積極的に取り上げていきたいと考えています。
学内全体がビジョンの内容を理解し、総合知創出の輪の中に入ってもらうことが必要なので、私を含めた執行部全員で全部局を順番に回って施策の内容を説明し、相手の意見を聞くというディスカッションを続けています。
お互いの意思疎通が途切れないように、年に1回程度は全部局を巡回して、ディスカッションを繰り返す予定です。
これからビジョン実現に向けて、動きが本格化していくと思いますが、総長としての意気込みをお聞かせいただけますか。
石橋 「Kyusyu University VISION 2030」では8つのビジョンを示していますが、中でも重要視しているのは、VISION1の「ガバナンス」とVISION8の「財務基盤」です。
まずは、全体が自然と同じ方向を向けるようなシステムの構築、機動的な組織づくりを進めています。
目標とする2030年には、私の任期は終わっていますが、トップが代わったら体制が崩れてしまうようではビジョンの実現は望めません。組織を持続的に動かしていくには、やはり自律性を備えた仕組みづくりと多様な財源の確保が土台となるので、揺るがないようにしていくことが大切だと考えています。
力強いお言葉ありがとうございました。今後の貴学の活躍に期待いたします。
ブランド本部 本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長
兼 大学ブランド・デザインセンター長
兼 周年事業・デザインセンター長
吉田 健一
IT企業を経て、日経BP社に入社。日経BPコンサルティングに出向後、2001年より始まった日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年からプロジェクト・マネージャー。2020年から現職。企業や大学のブランディングに関わるコンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に「リアル企業ブランド論」「リアル大学ブランドデザイン論」(共に弊社刊)がある。