GMOインターネットに聞くBCPの実践(2)
「ルールありきで進めずアップデートし続ける」
安否確認ができなければその先の事業継続には進めない
BCPに本格的に取り組むようになったのは2011年に発生した東日本大震災からとのことですが、具体的にはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
正直なところ、東日本大震災では対策や対応はかなり混乱しました。
私たちのサービスの命ともいえるデータセンターに被害はなく、お客様へ提供しているサービスに問題がなかったのは不幸中の幸いでした。それでも、福島第一原子力発電所の事故による放射性物質に対する危惧があり、パートナー(GMOインターネットグループでの従業員の呼称)に通常と同じように出社してもらうわけにはいきませんでした。
そこで「業務に多少の不都合があっても命を守るために家にいてください」というメッセージを出しました。当時は、社内のシステムに全員が自宅から安全にアクセスできるような仕組みはなかったため、1カ月くらいの工期をかけてシステムの改修など環境整備を行いました。また、データセンターの保守を行うシステムエンジニアなど、どうしても出社してもらわなければならないパートナーにはマスクや防護服を配布して業務に当たってもらいました。
パートナーの心のケアも大切でした。皆さん不安になってニュースを検索するのですが、不正確だったり、不安をあおる情報にたどり着いてしまったりすることもあります。そこで、本部で正確なニュースや情報ソースへのリンク集を作って配信しました。この施策は今回のコロナ禍でも行っています。
GMOインターネット株式会社「【BCP対応】新型コロナウイルスに関するGMOインターネットグループの取り組みと関連リンク集」より
そうした取り組みはもちろんのこと、リモート環境による指示命令系統の確立と物理的な防災対策に懸命でした。当時は有事に対応しながら「緊急事態が発生しても指揮命令系統が機能する」「パートナー全員が安全に社内ネットワークにアクセスできて事業が継続できる」体制を同時に整えながら難を乗り越えてきました。
そして、次年度からはこの時起きたことを忘れないよう、いつ災害が発生しても速やかにこの体制が整えられるように、毎年5月に震災訓練を実施するようになりました。訓練のシナリオは毎回違うものを用意します。例えば「朝の6時に東京で震度7の地震が発生する」と設定したら、まず災害対策事務局である私がグループ代表の熊谷に電話をして「対策本部を組成しますか」「組成しましょう」と。
そこからシナリオに沿って、災害対策本部の組成。本部長の熊谷の指示によりグループ主要企業の社長が参加する経営会議を開き、その次はグループ全社の社長が参加するグループ幹部合同会で「まずは、パートナーの安否確認を速やかに実施。安全の確認が確保できた段階で全員リモート環境による事業の継続」といった検討や決定を行います。それら会議からスタートし、グループ各社の現場まで伝達のピラミッドをどんどん大きくして、対策本部で決めたことが全てのパートナーに正しく伝わるかを確認します。
防災訓練のような取り組みは多くの企業が行っていますが、グループでは訓練を行う際の重要なポイントをどのように捉えているのでしょうか。
震災訓練で一番大切にしているのは安否確認です。迅速にパートナーの安否確認ができなければ、次のステップである事業継続にシフトすることはできません。
災害が発生したときの連絡手段としては、まずエマージェンシーコールというシステムを利用しています。震度5以上の地震が発生すると、当該地域に属するパートナー全員に安否確認のメールが届き、それに対して「安全です」「けがをしました」「家屋に被害が出ました」といった報告を返す仕組みです。
経営会議やグループ幹部合同会という重要会議においては、さまざまなコミュニケーションツールを使って会議をして、決定事項を伝達します。グループ各社の部門単位では、メールをはじめ、FacebookやTwitter、LINEといったサービスも使って情報を共有します。震災訓練では、実際に多様な連絡ルートで安否確認や情報共有ができるようにすることも訓練内容の一部です。
現在の仕組みを構築するまでにはトライ・アンド・エラーがあったと思います。その過程でここが仕組みをうまく回すポイントだという気付きはありましたか。
すごく小さなことに聞こえるかもしれませんが、常にリストを最新の情報に更新しておくことの大切さです。
GMOインターネットグループではさまざまなITツールを使い、パートナーの連絡先をアップデートする仕組みを構築しています。そうした仕組みがなければ、安否確認以前に連絡先を知るために業務やプライベートでつながりのある人に携帯電話の番号を聞いて回ることになります。緊急時にそんなことはしていられません。「BCPの肝心要は連絡先」というのは、震災訓練を続けきた上での実感です。
年に一度の震災訓練を続けてきたことで、在宅勤務や非常時の即日対応ができるようになっていました。それが今回の事態で一斉に在宅勤務体制に移行できた理由の一つだと思います。多くのパートナーが「あ、ついに本番が来た」と感じたのではないでしょうか。
ルールありきで進めず変えるべきところは変える
GMOインターネットグループはグローバルに事業を展開していますが、海外拠点でも震災訓練のような取り組みをされてきたのでしょうか。
これまで行ってきた震災訓練は、日本を軸にしたものでした。それは、今回のコロナ禍で痛感しました。GMOインターネットグループは欧州、米国、東南アジア圏に多くの拠点があります。2021年2月にミャンマーでクーデターが発生した際には、ミャンマー国内で携帯電話を使ってパートナーの安否確認はできたのですが、なかなか現地の状況がつかめず、日本から速やかに情報収集ができる仕組みの必要性も感じました。
海外拠点は国際化支援室という部署が統括しているのですが、緊急時の報告や連絡はグループ各社に委ねられているような形でした。現在は国ごとに報告ルートを決め、そこから国際化支援室に報告が上がり、必要に応じて緊急対策本部に情報が流れる体制を整えました。
現在は、国内で展開する安否確認の手法を海外でも適用し、グローバルで全パートナーの安否確認ができる仕組みの構築を進めています。
今回のコロナ禍を受けてBCPで変えたこと、あるいは変えなかったことはあるのでしょうか。
BCP対応ルールや感染症対応マニュアルの策定を行いましたが、ルールありきで進めているわけではありません。BCPは常にアップデートし続けることが大切ですから、変えるべきところは柔軟に変えています。
例えば、1回目の緊急事態宣言が解除された後の2020年5月25日には、「新しいビジネス様式by GMO」への移行を発表しました。これは、オフィス環境の整備、パートナー向けの行動ガイドラインの策定、週1~3日の在宅勤務を目安にしたテレワーク制度の整備といった内容です。それまでの感染状況などを踏まえ、この状況が長期化することを見据えた上での判断でした。
GMOインターネットグループ withコロナ時代における「新しいビジネス様式 byGMO」へ移行 ~在宅勤務を継続しながら出社勤務を再開、感染防止と経済・企業活動を両立~
GMOインターネット株式会社 プレスリリースより
参考にしたのは、1918年から1920年まで世界的に流行したスペイン風邪です。スペイン風邪は、感染の第1波、第2波、第3波が襲う中、2年かけて人々が免疫を獲得してやっと収束しました。新型コロナウイルスに関しても収束までに2年はかかると、感染症発生当初からグループ代表の熊谷は公言していました。
2年もこの状況が続くのであれば、2020年1月に決定した在宅勤務体制で家に引きこもったままでは課題山積になることは間違いありません。「どう生産性を上げるのか」「在宅と出社を含めたどのようなリモートワーク体制がグループにフィットするのか」について、比較的早い段階から検討を始めました。
まず検討したのは、安全対策でした。在宅勤務に移行したことで、お客様にご迷惑をおかけしていないか、サービスは従来通り提供できているかなども調査しました。その結果、1月から体制を移行して万全に対策を行っていたことで、この体制が長期化しても業務や業績に支障がないと判断できました。
また、2020年7月5日には、独自に設定した「パンデミック時における対策発令・対応レベル」も発表しました。これはパートナーの命を守り、サービスや事業活動の継続のため、5段階の出社体制を設定して、GMOインターネットグループ独自の意思決定によって運用を行うものです。
政府や自治体の判断を待っていてはどうしても対応が後手に回ることになりますから、独自に感染状況や社会的な背景を総合的に判断し「5段階のうち、このレベルになったら、こういう体制で事業を継続していきます」というものをまとめたわけです。このルールの中身も、短い期間で見直しを続けています。
株主総会のオンライン化(第1回参照)も変えるべくして変えたものになるでしょう。入社式のオンライン化や印鑑の完全廃止も同様です。これまで慣習として対面で行っていたものを、改めて「本当に対面で今、実施する必要があるのか」を考え、必要に応じてオンラインを組み込みながら展開する方向性は、コロナ禍を受けたBCPの変化だと思います。
GMOインターネット株式会社 プレスリリースより
業務のオンライン化は思っていたよりもできるという印象でしょうか。
例えば、在宅勤務やオンラインミーティングが一般化してくると、「今までの移動時間って何だったのだろう」と皆さん思われたのではないでしょうか。通勤時間がなくなることでプライベートが充実するという点が強調されがちですが、移動時間が不要になった分より多くの方にお会いすることもできますから、ビジネス面でもメリットが大いにあります。半ば強制的に商習慣自体を変えさせられたわけですが、災い転じてという側面もあるように感じます。
連載:GMOインターネットに聞くBCPの実践
- 【1】「対外的な情報発信がBCPの効果を最大化する」
- 【2】「ルールありきで進めずアップデートし続ける」
- 【3】「一番大切なものを決めて思考停止を避ける」
GMOインターネット株式会社
取締役・グループコミュニケーション部 部長
福井 敦子(ふくい・あつこ)氏
2000年にインターキュー株式会社(現・GMOインターネット株式会社)入社。グループ営業推進統括本部グループ営業推進本部渉外チームリーダー、社長付特務プロジェクト シニアプロデューサー、グループ広報・IR部長などを歴任し、2019年より現職。新型コロナ対策本部事務局長も務める。
※役職は記事公開時点のものです。
コンテンツ本部 編集1部/周年事業ラボ コンサルタント
菅原 研(すがわら・けん)
編集者。海外旅行ガイドブック、IT・PC関連書籍の編集者を経て、2008年8月に日経BP企画(現・日経BPコンサルティング)に入社。担当業務は、日経BP社雑誌、Webサイト掲載の広告、企業広報誌、カスタム出版書籍、周年事業、Webコンテンツなどの企画、取材、編集、ディレクションなど多岐にわたる。座右の銘は「無駄遣いはできるうちにしろ」。