2020年と聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか。多くの人は、「東京五輪・パラリンピックが開催される年」と答えると思います。
東京五輪・パラリンピックは、新国立競技場や選手が滞在する選手村など、関連施設を整備する工事が「五輪特需」とも言われています。建築業界にとっては大きなイベントですが、もう一つ重要なイベントがあります。「省エネ基準の適合義務化」です。
建物で確保すべき主な性能には、省エネ性能と並び、耐震性能があります。耐震基準を満たさない建物は法律で建てられません。
省エネ基準はどうでしょう。実は、これまでは基準を満たさなくても建てることができました。そのため2012年時点で、省エネ基準を満たす住宅は5%しかないという“お寒い”状況になっています(図1)。
しかし、このような状況は変わりつつあります。2016年11月に発効したパリ協定で、日本は温室効果ガスを2030年度に2013年度比マイナス26%とすることを約束しました。その実現のためにも、省エネ建築はどんどん増やさなくてはなりません。
新たに制定した建築物省エネ法に基づき、2017年4月から、これまで野放図だった建物の省エネ性能に基準適合が求められるようになりました。基準を満たさない建物は、建築確認申請が通らず、着工できなくなります。
まずは延べ面積2000m2以上の大規模な非住宅(ビル)が対象です。対象は段階的に拡大していき、2020年までに全ての新築建物に適用される予定です。
省エネ建築で健康になる!?
建物の省エネ化は、高断熱・高気密化から始めます。窓や外壁、屋根など「外皮」の断熱性能を向上させて出入りする熱を減らし、室内を快適にします。昼夜や部屋間の温度差が小さくなるので、ヒートショックのリスクが抑えられ、結露によるダニやカビの発生も少なくなります。最近の研究では、健康の維持に効果があることも明らかになっています。
高断熱・高気密化した建物は、夏場は外から熱を入れず、冬場は内から熱を逃しません。そのため、冷暖房のエネルギー消費量を削減する効果が見込めます。庇などで日射をコントロールすることも有効です。こうした建築的な配慮をした上で、高効率な空調や換気、給湯、照明といった設備機器を採用すれば、エネルギー消費量をさらに減らすことができます。
エネルギーの需要が減ると、供給を減らせます。日本はエネルギー資源を海外から輸入する化石燃料に頼っています。2011年の東京電力・福島第1原子力発電所の事故以降、世論は原発再稼働にも慎重です。それだけに、省エネ建築の普及は切迫した課題と言えます。
2020年までに、全ての新築建物は省エネ基準に適合するようになります。ただ、これまで適合を義務化してこなかったため、世の中は省エネ基準に適合しない既存建物であふれています。これらを省エネ建築に改修する必要があります。
地域に目を向けてみましょう。
建物の省エネ化を進めると、供給するエネルギーが少なく済みます。化石燃料や原子力に頼らず、域内に整備した太陽光や太陽熱、水力、風力、バイオマス、地熱などの再生可能エネルギーで需要を賄えるようになるかもしれません。地域に適した複数の再生可能エネルギーを組み合わせることで、域外からのエネルギーの輸入コストをゼロにすることも可能になります。
域外に流出していたお金が域内で回るようになれば、地域の産業に多くの投資がもたらされます。より高性能、高付加価値を目指した技術革新や製品開発なども期待できます。なにより、省エネ建築が普及すれば、健康な人が増えて医療費の負担が抑えられ、社会保障費の減少につながります。
エネルギーの地産地消は、エネルギー消費効率を改善する省エネ建築の普及と両輪で進めていかなければなりません。
省エネ建築は、地球温暖化対策だけでなく経済効果も生み出します。これが、省エネ建築が地域経済を活性化させる理由です。
日本にとって、1日も早く、省エネ建築が当たり前の社会になることを願っています。日経BP総研は専門メディアとして培ったノウハウを生かして、普及の後押しをしています。例えば、省エネ建築の啓蒙を目的として、「省エネNext」を開設しました。併せて、シンポジウムの開催や冊子の発行なども行っています。さらに、企業からも、講演やコンテンツの提供、オウンドメディア開設についてご相談をいただいています。これらを通じて、民間企業はもちろん、国や自治体のチャレンジを支援していきたいと考えています。
日経BP総研 社会インフラ研究所
小原 隆