知られざる中国インバウンドの主役
バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費 第1回

マーケターが知らない中国インバウンドの主役、バーリンホウとは?

2018.04.09

マーケティングリサーチ

  • 袁 静

    株式会社行楽ジャパン 代表取締役社長 袁 静

第1回 マーケ担当者が知らない八〇後の消費者像
2017年、訪日外国人観光客は約2869万人に達し、そのうち訪日中国人は約735万人、実に全体の25%を占めています。「爆買い」が社会現象になった2014年の訪日中国人は約241万人ですから、中国インバウンドはブームではなく定着したと言っていいでしょう。
しかし、この間に中国インバウンドには大きな変化が起こっています。消費の主役の交代です。いまの主役は“多くの日本人が思い描くような中国人”ではなく、「八〇後(バーリンホウ)」と呼ばれる若いプチ富裕層です。
この連載では、中国インバウンドにむけたマーケティング、はたまた中国進出する日本企業にとって、外せないターゲットといえる「八〇後」の消費動向を、中国の「八〇後」「九〇後(ジューリンホウ)」にむけたラグジュアリーな日本旅行誌『行楽』発行人であり、日中の観光業でも活躍する袁氏が紐解きます。
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「八〇後」が生まれるまで

日本を訪れる中国人のインバウンドが再び注目されています。受け入れる日本人は、もちろん最大限の“おもてなし”の心で迎えているのですが、マーケティングの視点から見ると、どこか日本側がズレている部分も感じられます。

そのズレの大きな要因が、日本人の中国人に対するイメージでしょう。さすがに「中国の人たちは人民服を着ている」というイメージはもはやないでしょうが、とにかく金ピカや赤の服装が好きというイメージを持っている日本人はいまだに多いのではないでしょうか。

そうしたイメージは、これを機会に改めたほうがいいでしょう。とくにビジネスの立場で中国人と接する方は、大きなチャンスを失うことにつながりかねません。

中国インバウンドの現状を読み解くキーワードのひとつとして「八〇後(バーリンホウ)」という言葉があります。1980年代生まれの中国人のことです。

それがマーケティングにおいて何を意味するのか。

中国では消費グループを分類するとき、「何年(年代)生まれ」という言い方をよく使います。実は、「八〇後」より前の世代と、「八〇後」以降(90年代生まれの世代は「九〇後(ジョウリンホウ)」と呼びます)の人たちでは、消費行動がまったく異なっているのです。

その背景には、「八〇後」の人たちが生まれ育った80年代から90年代にかけて、中国社会が劇的に変化した事実があります。

中国では、60年代から70年代半ばにかけて文化大革命(文革)の時代がありました。当時、中国では派手な暮らしぶりが許されていませんでした。いわゆる人民服の時代でもありました。そんな中でも女性たちは、襟にだけ花柄をつけるなど、隠れたオシャレを楽しんでいました。

服装だけでなく、食べ物も肉や魚は日頃手に入らず、春節(旧正月)など特別な時だけに家族の人数に応じて券が配られ、その券を持っていくとようやく買えるような状況だったのです。実際、私は73年生まれですが、幼い頃は母が券を持ってお肉を買いにいっていた姿をよく覚えています。家にはまだテレビも、電話も、冷蔵庫もありませんでした。上海に住んでいた私ですらそのような時代だったのです。

80年代に入ると、改革開放政策が進められました。服装は自由になり、女性たちはそれまで抑えられていた反動もあって、金や赤のファッションをどんどん身につけるようになります。食べ物も、好きなものを手に入れられるようになってきました。経済が急速に発展し、家電製品が普及して、まさに生活が激変していったのです。

変わる価値観とライフスタイル

袁 静(えん・せい)

「八〇後」の人たちは、そんな時代に生まれました。物心がついた頃には、家の中にはテレビをはじめとした家電製品が普通にあり、食べ物の苦労も経験していません。

さらに90年代に入ると、上海などの都市部ではファッション、ファストフードといったアメリカ文化が入り、五つ星ホテルの建設も進みました。海外のドラマや映画も見られるようになり、少年時代を迎えた「八〇後」は、中国の外の世界に日常的に触れられるようになったのです。ナイキやプーマのスニーカーを買い求め、コカ・コーラを飲み、マクドナルドやケンタッキーを食べながら育っていきました。「ブランド」という付加価値に、お金を多く払う価値観が育っていったのもこのころです。日本のアニメやドラマも人気で、字幕ではなくそのまま理解するために、日本語を独学で勉強する人たちも出てきました。

そのような時代に成長した「八〇後」は、急速発展の豊かな中国しか知りません。ですから、家庭で親から昔の中国の話を聞かされても「何それ、違う星の話?」といった印象しか持てないのです。経験していないのですから、ほんの2、30年前の中国はそうだったのだと言われても、実感できないのは当たり前です。
当然、旧世代の人たちとは価値観が異なり、世代間ギャップも生まれていきました。

たとえば、「八〇後」世代には無印良品のようなシンプルなファッションが人気です。例えば良品のようなデザインは中国で「性冷淡」と表現されますが、これはシンプルで無駄な装飾がないという意味です。ご存じのように、モノトーンで清潔感のある色・デザインですね。

ところが「80後」の親世代は、前述したように「せっかく自由なファッションができるようになったのに、どうして金や赤の派手な服を着ないの?」という価値観です。白やグレーは単に「地味」と映るので、わざわざ高いお金を出して買うことが、親世代には理解できないのです。私も子供の頃は派手な服を着させられましたし、今でも春節で帰省すると「赤い服を着なさい」と言われます。

「八〇後」世代は、そのシンプル感、普段着感に魅力を感じ、そこにお金を払います。欧米のファッションに対しても同様に、「ブランド」を付加価値と意識して消費行動を行うようになったのです。「80後」の前と後ではライフスタイルと消費行動がまったく異なっている、これが中国の現実です。
その「八〇後」の人たちが、2000年代に入って青年になり、フレッシュマンとして仕事を始め、現在はプチ富裕層として消費行動の主役に躍り出ています。加えて、すでに情報入手はインターネットとスマートフォンの時代。このふたつのツールを「八〇後」が当たり前に使いこなすようになったことで、訪日中国人の旅行スタイルや消費行動が、従来の「団体」「爆買い」から大きく変わるっていったのです。

では「八〇後」のインバウンド消費とはどのようなものなのか。次回から取材や実例をもとに紐解いていきます。

連載:知られざる中国インバウンドの主役

バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費

株式会社行楽ジャパン代表取締役社長。『行楽』発行人。
袁 静(えん・せい)

北京第二外国語大学、早稲田大学大学院修了後、日経BP社に勤務し、日本で10年を過ごす。中国に帰国後、北海道の魅力を多くの中国人に知ってもらおうと、2009年に『道中人』を創刊。2011年、北海道観光への貢献が認められ「VISIT北海道観光大使 」に任命。2011年、九州をテーマに『南国風』を創刊。2013年『道中人』と『南国風』を合併し、中国初の和風モダンをキーワードにするトラベルライフスタイル誌『行楽』を創刊。2013年11月に鹿児島県観光への貢献が認められ、「薩摩大使」に任命。北海道知事、鹿児島県知事、佐賀県知事など各都道府県知事をインタービューするなど、中国での日本の観光PRにて活躍し、日本との関係は深い。近書に『日本人は知らない中国セレブ消費』(日本経済新聞出版社刊)。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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