知られざる中国インバウンドの主役
バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費 第3回

心をつかむ”コト体験”とは?

2018.04.24

マーケティングリサーチ

  • 袁 静

    株式会社行楽ジャパン 代表取締役社長 袁 静

第3回 心をつかむ”コト体験”とは?
訪日中国人観光客は2017年に約735万人に達し、中国インバウンドは定着したと言えますが、実は消費の主役は "多くの日本人が思い描くような中国人"ではなく、「八〇後(バーリンホウ)」と呼ばれる若いプチ富裕層にとって代わっています。
前回は、「八〇後」を捕まえるには"コト体験"の提供が大切なことをお話ししました。今回は、具体的にどんなコト体験が刺さるのか、深掘りしてみましょう。
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例えば「阿波踊り」「和牛」

sr_20180424.jpg上海での阿波踊りのイベントの様子。

徳島県の阿波踊りが、中国インバウンドの主役「八〇後」の心をつかむ、ひとつのヒントを示しています。 
実は阿波踊りは、中国人にとって"日本らしさ"を強く感じる踊りの代表格です。上海にはなんと阿波踊り同好会があり、徳島県上海事務所の所長さんも同好会メンバーです。「行楽」の読者には、上海のイベントで所長さんの阿波踊りを見て興味を持ち、同好会に入った方もいるのですが、この方も「八〇後」で、ついには本場・徳島に阿波踊りを踊りに行くほど、ファンになってしまいました。同好会にはこのようなメンバーの方が60名以上いると聞いています。

ポイントは、この方は「徳島」にひかれたのではなく、最初に阿波踊りに興味を持ち、そこから徳島が好きになった点です。
日本の自治体は、東京や京都といった都道府県か、関東、東北といった地域を柱にしてインバウンドを呼ぼうとプロモーションする傾向がありますが、あまり得策とは言えません。多くの中国人は、例えば「徳島県」といわれても、どこにあるのか見当すらつかないのが現実だからです。日本人に、「江蘇省」や「浙江省」と地名で売り込んでも、ピンとこないですよね。それと同じです。

「徳島県」では響かないが、「阿波踊り」「日本の祭り」なら、それを目的に日本へ行きたいと考える「八〇後」は、たくさんいるのです。同様に「山口県」で例えるなら、中国でもよく知られる「獺祭」をフックに、"日本酒の産地で、お酒と和食を楽しむ"と掲げれば「八〇後」の興味はつかめそうです。

さらに最近トレンドのキーワードを挙げるなら「和牛」です。
2017年、5年に一度開催される和牛の鑑評会で、「鹿児島黒牛」が全国和牛チャンピオンに輝きました。ご存知のように和牛は海外でも「WAGYU」と呼ばれ、国際的に人気が高まっていますが、実は中国人も霜降りの牛肉が大好きです。しかし、和牛は中国に輸出できないので、中国では本物の和牛を味わうことはできません。そこで"日本のチャンピオンになった黒毛和牛を食べる"という切り口でPRすれば、たくさんの「八〇後」が喜んで鹿児島にやってくるでしょう。

"他の中国人に知られていない"が付加価値

中国インバウンド、とりわけ「八〇後」を捕まえたいなら、彼らがどんなコト体験に興味を持つか、に焦点を当ててマーケティングすべきです。
私は以前、ソニーとのコラボで、「八〇後」の消費行動に影響力のあるKOL(Key Opinion Leader)のブロガーを対象に、日本の秘境を巡る旅をシリーズ開催したことがあります。上海などの都会で生まれ育った「八〇後」たちが、見たこともないような山間部の田舎を訪れる旅です。
その中で、徳島・祖谷(いや)の「桃源郷祖谷の山里」という宿泊施設に泊まったのですが、大変な好評でした。そこはアメリカ人の東洋文化研究者アレックス・カー氏がプロデュースし、リノベーションした茅葺きの古民家に泊まれる宿で、食事は囲炉裏を囲んでとるなど、日本人でも憧れるような田舎暮らし体験を提供しています。もちろん冷暖房やお風呂は完備で、地元の方に教わりながら料理を楽しめるようにIHのキッチンも用意され、田舎暮らしを快適な環境で体験ができるのです。
そう、東京や大阪といった大都会ではなく、あえてアクセスが不便な山奥の古民家田舎暮らしを体験するため日本に来る。
「八〇後」以前の中国人は、そもそも国があまり豊かでなかったので、こうした旅には魅力を感じません。しかし「八〇後」たちは、連載第1回で紹介したMUJIの例にも見られるように、何もない山奥の、静寂な、それでいて快適なシンプルライフに憧れを感じます。

それは、彼らにとって、「徳島に行くこと」でも「祖谷に行くこと」でもなく、中国の都会にはない(日本にもほとんど残っていない)ような田舎で、古くかつ快適な民家での暮らしが、とても魅力的な"コト体験"になります。以前の世代のように、団体旅行で、誰もが必ず行く有名な観光地を周遊するスタイルではなく、ほかの中国人があまり来ていない場所を訪れ、人と違う個性的な体験を八〇後は好むのです。

加えて、そうした体験を、SNSを通じて発信したいという強い願望もあります。たとえば中国最大の口コミサイトである「大衆点評」には、日本のマイナーな地域の、地元の人しか知らないようなお店が数多く掲載されています。まだ中国人が誰も行っていないレアなお店を見つけて発信したいという思いも「八〇後」共通する傾向です。

余談ですが、中国では、日本でポピュラーな旅行ガイドブックはほとんど存在しません。多くの中国人が海外へ個人旅行に出かけるようになった時代には、すでにインターネットとスマートフォンが普及していたので、ガイドブックを片手に観光する旅行スタイル自体が、浸透する時間がなかったようです。
ですから、旅の情報情報収集は例外なくスマートフォンです。そこでKOLのブログや、大衆点評のような口コミサイトが大きな影響力を持っているのです。

日本人のマナーを子供に身につけさせたい八〇後

最後にもう一つ、「八〇後」が興味を感じる日本旅行のテーマを紹介しましょう。
以前、上海などの都会に住むプチ富裕層「八〇後」世代を連れて屋久島に行ったことがあります。参加者は母親が半分、そのお子さんたちが半分の、いわゆる親子旅行のスタイルです。この母親たちは、アメリカやヨーロッパはすでに何度も訪れたことがあるのですが、日本は初めてとのことでした。
屋久島では縄文杉トレッキングを行ったのですが、「おじゃまします」という謙虚な姿勢で、神聖とされる山へ入っていき、当然のようにお弁当などのゴミはすべて持ち帰る日本人の姿に、母親たちは感動していました。このように日本には自然を尊重する思想があります。日本人の自然を大切にするその姿が中国の人たちには新鮮で、そうした姿勢やマナーを子どもたちに身につけさせたいという思いがあるようです。同じように、小学校で給食を体験するツアーも人気ですね。
日本ではほとんど報じられないのですが、「八〇後」の豊かな暮らしをする中国人は、経済では日本を追い越したけれども、マナーや環境保護などの面ではまだまだ遅れているという危機意識を持っています。そこで、日本人のマナーや精神性を学びたい、子どもたちに身につけさせたいと考えているというわけです。

「八〇後」にこうした"コト体験思考"があることを、中国インバウンドのマーケティングを考える上では知っておくべきでしょう。

 

株式会社行楽ジャパン代表取締役社長。『行楽』発行人。
袁 静(えん・せい)

北京第二外国語大学、早稲田大学大学院修了後、日経BP社に勤務し、日本で10年を過ごす。中国に帰国後、北海道の魅力を多くの中国人に知ってもらおうと、2009年に『道中人』を創刊。2011年、北海道観光への貢献が認められ「VISIT北海道観光大使 」に任命。2011年、九州をテーマに『南国風』を創刊。2013年『道中人』と『南国風』を合併し、中国初の和風モダンをキーワードにするトラベルライフスタイル誌『行楽』を創刊。2013年11月に鹿児島県観光への貢献が認められ、「薩摩大使」に任命。北海道知事、鹿児島県知事、佐賀県知事など各都道府県知事をインタービューするなど、中国での日本の観光PRにて活躍し、日本との関係は深い。近書に『日本人は知らない中国セレブ消費』(日本経済新聞出版社刊)。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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