周年事業創業100年を迎えた象印マホービン
巨大周年事業を仕切り、素人から“専門家”になった周年事業担当者
- 文=青山明
- 2019年10月28日
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節目で周年事業を行う会社は多い。しかし、専門の部署がある会社は少ない。前任者はいない、業務マニュアルも引き継ぎ書もない中で、周年事業を成功させるのはそう簡単ではない。多くの周年事業の担当者は、「まず、何をすべきか」から課題に直面するだろう。こういった課題を、どう解決していくか。「象」のマークでおなじみの象印マホービンを例に紹介する。
金額、やり方…周年事業の情報収集からスタート
2018年に創業100年を迎えた象印マホービン。1918年の創業以来、人々の暮らしを見つめ、時代に応じて家族に必要な様々な家庭用品を提供してきた。創業100年の周年事業事務局を開設したのは2015年5月。事務局長には樋川潤氏が選ばれた。嘱託スタッフ1人との計2人でのスタートだった。
樋川氏が任されたのは周年史作成だけではない。実質、社内用の式典と社外の関係者を招く式典なども担当し、周年事業全体を統括した。トップから言われたのは「代理店を使わず“手弁当”でやれ」。真意は、経費削減ではなく、できるだけ内製化することに意義があるとの考えからだった。
そのほか、トップからあった要望は「事実を述べた正史をつくる」ことのみ。式典のプログラムから社史の発刊パターン、配布先に至るまで、いわばまるごと託された。予算についても決められた範囲はほぼなく、やることを決めて積み上げて承認を得る形だった。「がんがん進めたほうが早いが、やはり情報には飢えていた。周年事業に関する情報を得られる場にどんどん出て、横のつながり、あるいは講師・登壇者からいろんなことを聞いた」。樋川氏はまず、情報収集に邁進した。
社史の印刷発注を決めた印刷会社が企業史料協議会の理事であったこともあり、その協議会に自分からエントリーした。年会費は5万円かかるが、安いと感じたという。
取り組む周年事業は、数社からの見積もりを参考に、実施事業を経営会議で承認を得て進めた。予算を策定するために、樋川氏は協力業者から見積もりの明細を出してもらった。協力業者からの“一式”の見積もりは、値段が高いのか安いのか判断できないからだ。「コンペの場合はまず協力業者向けにオリエンテーションを行うが、その前に、どういう費用が掛かるのか、ある程度の相場観を事前に調べ上げた。そうでないと、オリエン時にやってほしい内容が提示できない。担当者自身がノーアイデアでコンペ依頼などできるものではない」
社史については、コンペはせずに、過去に70年史、90年史を制作した同じ会社に依頼した。資料やデータを持っていたこともあるが、90年史を作成した担当者がまだいたのが決め手だった。
相手によって作り分ける方法を選択
社史作りは、新入社員、OB、もちろん現役社員や取引先にも喜んでもらうのを意識し、何を制作していくか検討した。史実と経営史、技術変遷を時系列に掲載する「正史」を図書館寄贈や社外用(約430ページ)と位置づけた。さらに社員が楽しく読める「抄史」(約150ページ)、「抄史の翻訳版」(英語、中国語)の3パターンに作り分けることにした。
樋川氏は社史を編纂する上で、こだわりがあった。失策の掲載だ。商品のリコールなどは、図書館へ行き検索すれば当時の新聞記事から閲覧可能だ。事実は隠したくても隠しきれない。ならばあえて失策をきちんと掲載し、二の轍を踏まないためのバイブルに仕上げたい。これは社長へ直接交渉し、その意義を説得した。1985年の日航機墜落事故で、大切な同社社員3人が命を落とした事実も掲載。忘れてはいけない事実だからだった。
もう1つ樋川氏がこだわったのが、社員の巻き込み方だ。周年事業とは編み物のように古い資料を集め、それを紡いでいく。資料を集めるには、他部署の協力も絶対に必要だ。とはいえ、他部署のスタッフは現業に手一杯で、普通はこちらに協力する時間はない。そこで樋川氏は、現社員が周年事業に興味を持ち、協力してくれるような仕組みを作ろうと、社史編纂に先んじて社内Webで100周年に関するコンテンツの制作に着手した。段階的に情報を発信し、周年式典までカウントダウンのように周囲の意識を高めていったのだ。メールのような文字情報だけでは誰も読まない。なるべく資料整理中に見つけた昔の動画や画像を配信した。周年記念ロゴの社内投票や、昔の制服の写真を募集するなど、社員が自分事として捉えられるよう工夫を盛り込んだ。「3年間月2回、“何十年前の今月の出来事”として映像を配信した。昔の映像は、意外と若い社員が見ていた。自分の上司の若い頃を探して盛り上がった」と樋川氏は手応えを語る。
複合的な展開で周年事業をレイアウト
同社は“周年イヤー”を、会社が100歳の誕生日を迎える2018年の1月1日から12月31日までと設定。2016年1月に先述の社内Webコンテンツをスタート。2017年4月に周年ロゴの開発をスタートさせた。同年9月、新製品展示会にて100周年コーナー設置。10月に歴史映像「100年の歩み」制作。2018年1月に100周年スペシャルサイトオープン、社内には周年啓発ポスターの掲示。2月にCMサウンドロゴ変更、売り場でのクローズドキャンペーン、同年5月には全国5大新聞紙広告(Webサイトでも公開)、まほうびん記念館リニューアル、6月社員向け、10月は取引先向けの100周年記念式典を開催し、社員と取引先への100周年記念品贈呈した。2019年5月に発刊した社史に至るまで、取り組んだ周年事業は13項目に及んだ。
中でも2018年5月10日に5大新聞紙に、それぞれ違うマンガ「象印百年物語」が2面を使って掲載されたインパクトは大きかった。
5大新聞紙それぞれに違うストーリーを掲載。他紙のストーリーを読みたい人はWebサイトで読めるようした。「新聞広告は広報部の業務。周年事業は私が担当とはいえ、当然、広報や他部署に絡むものも出てくる。そこで、各部門に対して、100周年のイベント、キャンペーン、広告など、何をするのかを提出してもらった。それを集約して、経営会議にはかった」
新聞掲載は広報部マターだった。同社広報部は広告代理店からの提案で、会社の誕生日に新聞広告を出稿する予定だったが、提案された施策3案の中から、社長自らがマンガの5大紙掲載を選んだという。この施策は、2018年新聞広告・広告主部門で優秀賞を受賞した。
業務の一環で資料をアーカイブできればよいが難しい
同社は過去に90年史を作成している。それでも樋川氏が各部署から集めた資料は膨大な量だった。資料整理の傍ら、動画も含めて過去のデータをすべてデジタル化し、一部データベース化した。狙いはテキスト検索したときに、必要な資料をすぐに探せるようにするためだ。例えば30年前の商品の問い合わせが来ても、今ならすぐに検索できる。通常業務の効率が上がり、働き方改革にもつながった。各部門の社員が受ける恩恵は大きい。周年事業の一環として行ったアーカイブ作業は、会社の今後を見据えて必要だと、樋川氏が自発的に推進した形だ。「何かを作る」のみを目的としていたならば、ここまで大掛かりにならなかったはずだ。
本来、アーカイブは日常業務で各部署が更新するスキームを導入するのが理想的だ。しかし過去の資料を整理することは利益を生まないと考えられがちで、周年事業を迎えるまで放置されるケースがほとんどだ。
「これからの資料をどうするか、という議論はある。必要な資料は定期的にスキャニングし、指定の場所に入れておくようにすればアーカイブは日常的に進む。だが各部署にお願いしても、通常業務に工程が増え、社員からクレームが来るだろう。電子化のためのハードやソフトの導入コストもかかる。簡単には解決できない」
同社は100周年の時点で全データをデジタル化したので、10年後の担当者は10年分の整理で済む。周年をアーカイブの区切りポイントとしておくのが、今のところは現実的なのかもしれない。
4年にわたる周年事業を終えた樋川氏は語る。「過去を知らなければ未来は語れない。今や誰に聞かれても、会社の歴史を答えられるようになり、広報部も相談してくるまでになった。社内史のオーソリティーになれた自負はある。それが精神的な余裕につながり、周年以外の仕事も余裕をもってできるようになった」
入社した会社の生い立ちを知らずにリタイアする人も多い。家族と過ごす時間以上に会社と共に人生を過ごす。その会社を誰よりも理解できたという満足感と達成感こそが、もしかしたら周年事業担当者の一番のメリットなのかもしれない。
- 2019年10月28日
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