大学のポテンシャルを生かし、リスキリング支援 「三すくみ」状態の脱却へ

  • コンテンツ本部 ソリューション3部 兼 マーケティング本部ビジネスアーキテクト部 兼 ブランド本部周年事業・デザインセンター コンサルタント 脇山 誠司

文部科学省 総合教育政策局 政策課企画官(併)教育企画調整官
(命)リカレント教育・民間教育振興室長 西 明夫 氏
ここ数年、多くの企業でリスキリングへの関心が高まるなか、大学の社会人向け講座が新たな知識やスキルを得る機会として注目されています。その一方で、企業と大学のマッチングの難しさや受講者の定員割れなどの課題も浮かび上がっています。文部科学省でリスキリングの支援に携わる西明夫室長に、現状の課題から今後の展望までお聞きしました。

「三すくみ」から「三方よし」へ、時代の転機を迎えている

企業と大学のリスキリングの現状について、どのように捉えていらっしゃいますか。

西 企業は社員のリスキリングが重要だと感じていますが、何を学ばせたらいいか悩んでいる。個人(社員)は現在の仕事へのコミットメントが高い分、リスキリングが今後のキャリアにどのように結びつくのか実感が持てない。そして、大学では社会的ニーズやリスキリングニーズがどこにあるか模索している。三者とも、やらなければいけないと分かっていますが、一歩を踏み出せない、いわば「三すくみ」の状態が続いてきました。本来は、企業の人材戦略があり、その受け皿として大学の教育機関があり、個人も成長する、「三方よし」の状態が理想です。

そのような中、近年、企業が人的資本に積極的に投資する傾向が強くなり、リスキリングはこれまでになく注目されています。その潮流をどれだけ的確に捉えられるかが、個人にとっても、大学にとっても重要だと考えています。

実際に大学のリスキリング講座は増えていますか。

 

西 少し前のデータになりますが、社会人等に対するリカレント教育を目的とした授業科目を開設する大学の割合は、令和2年度で約10%、特別講義等に関しては約27%と徐々に増えています。問題はその中身です。これまで大学の社会人向け講座といえば、いかにリタイアした後の人生を豊かに過ごすかなど生涯学習の面が強かったと思います。それはそれで重要だと思いますが、これからは発想を転換し、現役の世代に向け、今の時代だからこそ必要なプログラムを開発すべきかと思います。

図1 リカレント教育を目的とした授業科目、特別講義などを開設する大学の割合

(出所)文部科学省「大学における教育内容等の改革状況について」

社会的ニーズをくみ取る、多様なDXプログラムを支援

文部科学省ではどのようなリスキリング支援策を行ってきましたか。

 

西 文部科学省では、大学がどれだけ魅力的なプログラムを開発し、提供できるかが重要だと考えています。そのため、ポストコロナの就職・転職支援の一環として、大学には産業界と連携し、企業と意見交換しながらデジタル人材等成長分野を見据えたプログラムを提案していただき、その開発の補助を行いました。そこではDXはもちろん、地方創生、女性活躍、医療・介護、グリーンなど多岐にわたるテーマが挙がり、幅広いプログラムが提案されました。例えば「デジタルと介護福祉」といったテーマは注目度が高く、現場の人手不足を解消するためにデジタルで効率化するといった要望に応える内容でした。社会的ニーズをどれだけくみ取ることができるかがカギになるのだと思います。

DXへの取り組み意識には、世代によって意識の差があると言われています。今後、注力する世代はありますか。

西 文部科学省としては、特定の世代を想定していません。その年代、その役職に応じて、求められるDXの知識やスキルに違いがあると考えているからです。例えば20~30代のデジタルネイティブ世代であればITの基本的な仕組みを学ぶ必要がある。40~50代になれば、今まで身に付けた知識をアップデートしなくてはならない。管理職になれば、DXによってどのような業務効率化を果たせるか、事業変革ができるのかまで見通す必要があります。それぞれのニーズに合った、それぞれのリスキリングがあると考えています。

大学が行ったリスキリング講座で高評価を得たプログラムはどんなものでしょうか。

西 例えば、これまでのキャリアをリセットしてスキル転換を図るのではなく、すでに自身が持っている能力をベースに新たな価値を追加する。つまりDXに「あなたの専門でやってきたスキル」を掛け合わせるプログラムは、企業の事業変革にもつながる非常に面白い取り組みだったと思います。

また、女性活躍を念頭に開発され、初学者がDXに対応した知識・スキルを学べるプログラムでは、外資系企業で働く社員から、中小企業の役員、専業主婦まで幅広い受講生が集まり、多くの女性に好評でした。

地方創生を見据えたプログラムでは、技術系部署に限らず、経営層、総務、人事、経理、営業などの各部署の価値創造を行うことを目的とし、地方活性化を担う次世代リーダーの育成に貢献しています。

ITSSなどのスキル体系に沿ったプログラムはすでに民間のサービスで数多く行われています。その方向ではなく、大学の強みを発揮できるプログラムが高評価を得ていると思います。「DX」×「あなたの専門」、「DX」×「女性活躍」、「DX」×「地方創生」など、DXだけに限定せず、社会的ニーズをくみ取って何を掛け合わせるか、そこにヒントがあるようです。

図2 就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業

(出所)文部科学省(2022)「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」

大学に求められているのは、考える機会を提供すること

こうした取り組みの中で見えてきた課題はありますか。

西 民間企業が求めているものと、大学が提供したいと思っているものには、いまだに大きなギャップがあると感じています。個別の成功例は出てきていますが、全体で捉えると、「三すくみ」の構造はまだ解消されていません。両者の橋渡しをする、ニーズマッチングが必要だと思います。そのためには、きちんとコミュニケーションを取って溝を埋められる人材が、大学、企業の双方にいるといいでしょうね。また、意識の高い人が自腹を切って学んでも、必ずしも処遇に結びつくわけでもない。その社員を企業がどのように評価して、どのように育てるか、企業内の人材戦略や組織の問題もあるでしょう。

大学に求める、企業側のニーズとはどのようなものでしょうか。

西 この10年で社会状況も市場環境も激変しています。これまでのビジネスモデルが通用するかどうかは不透明で、試行錯誤しながらベストな答えを見つけ出さなければならない。こうした状況に対応するため、企業の担当者からは、「社員に考えさせる機会を持ちたい」という声をよく聞きます。そこに大学が行うリスキリングの活路があり、企業も期待しているのだと思います。

具体的にどのようなケースでしょうか。

西 グリーン戦略を例に挙げましょう。グローバル化の時代、今後のエネルギーシフトを予想し、それに沿った事業戦略を行うのは企業の命運を左右する重要な課題です。そこで、民間のコンサル会社に委託し、グリーン戦略に関する最新の情報を学べば、時代に合った知識のアップデートはできるでしょう。しかし今後、EUの市場環境が変動したり、主要国の政権が変わったり、紛争が起きるなど、国際情勢が変わったらどうなるでしょうか。世界の趨勢、世の中の常識と思われていたグリーン戦略そのものが揺らぎかねない。過去の知識に固執した事業戦略を推し進めるだけでは、取り返しのつかない場面も出てくるでしょう。

しかし、大学であれば全世界のグリーン戦略、各国政府の環境に関する規制や税制、さらに政治状況まで体系的に学ぶプログラムを作れるはずです。その講座を通して自社のビジネスモデルをどうすべきかといった「考える機会」を持つこともできる。その時々の流行に左右されず、本質的な知識を得られる学びが大学にはある。これを継続的に繰り返し、企業にインプットすれば相当足腰の強い組織ができると思います。これは一例ですが、グリーン戦略に限らず、性差別の問題や人種差別の問題でも同様です。

「正解を求めて突き詰めていく」プロセスこそ、大学の強み

正解を安直に求めるのでなく、考える力を身に付けることが重要ということでしょうか。

西 大学だから正解を持っているのでなく、大学が持っているのは「正解かどうか分からないものに対して突き詰めていく」プロセスだと思います。学術機関としての一番の強みと言えます。実はいま、企業もそのプロセスを最も求められているのです。

大学の先生方の中には、まだ「リスキリング」という言葉に対する抵抗感があると聞きます。おそらく「スキル」という言葉から検定何級といった目先の技術のイメージがあり、大学の研究室ではもっと長期スパンの基礎研究をやっているという自負があるからだと思います。でもどうでしょうか。企業の商品開発も仮説を立てて、プレゼンし、開発し、結果を出す、「正解を求めて突き詰める」研究開発のプロセスそのもの。先行き不透明な時代では、なおさらそのプロセスが重要となり、長期計画も求められます。双方が学び合うことで、共感でき、高め合うことがきっとあるはずです。

最後に、リスキリングを行う大学にいま一番求められていることは何でしょうか。

西 成功例を積極的に見せていくことだと思います。すでに大学と企業が共同で研究を行う産学連携プロジェクトでは、さまざまな成果を挙げています。そこでは、「社会人が自分の研究に興味を持ってくれることがとてもうれしい」という先生方の声をよく聞きます。経験を重ね、問題意識を持った社会人と共に研究することで刺激になり、自分の研究分野もアップデートされるからだと思います。リスキリングでも、社会人が学生として受講したり、共にプログラム開発したりすることで、双方刺激を受けるのではないでしょうか。講座を行ったという実績にとどまらず、その結果どのような効果があったか、変化がもたらされたのか。そこまで踏み込んだ成功例を見せていくことで、先生方の意識も変わっていくのだと思います。

大学でリスキリングを行う強みはもう一つあります。民間サービスに比べ公共性があり、オープンな場であることです。普段は一緒に集まりにくい同業他社の人たちも、大学という教育機関であればしがらみなく集まりやすい。同じ問題意識を持っている人が、その企業の肩書を超え、業種を超え、仕事の話や考え方をぶつけられる。その中で生み出されるものが、きっとあると思っています。

私は大学のポテンシャルはまだまだあると思うし、信じています。リスキリングとは、社会を良くするためのベースであるとの自負を持ち、魅力的なプログラムをぜひ提供していただきたい。文部科学省としては、その背中を押すつもりで、これからも支援を続けてまいります。

コンテンツ本部ソリューション3部 兼
マーケティング本部ビジネスアーキテクト部 兼
ブランド本部周年事業・デザインセンター コンサルタント
脇山 誠司(わきやま せいじ)

ビジネスアーキテクト部として各部署と連携しながら、幅広い業務のプランニング(コンテンツ制作、ブランド戦略、周年事業、デジタルマーケティングなど)に携わる。
また、マーケティング本部としてWebサイトの分析から戦略策定までのコンサルティング業務も手掛ける。