新たな気づきをもたらすきっかけに
フェムテックプログラムを開発し、 日本企業の女性活躍を後押し
LIFEM取締役
野村 優美氏
丸紅 ライフスタイル第三部フェムテック事業チーム(兼)経営企画部国内事業推進課
池田 瑛美氏
聞き手=石河 織恵(日経BPコンサルティング)
文=松田 慶子
写真=佐藤 克秋
「このままでは日本企業が危ない。丸紅から変わろう」
他社に先駆けてフェムテックのサービスを開発販売されていますね。
野村 はい。「ルナルナ オフィス」といいます。当社と、パートナー企業であるカラダメディカとエムティーアイの3社で設立した新会社LIFEMが提供している、企業向けのフェムテック総合サービスです。
そもそもフェムテックに着眼したのはどのような経緯からなのでしょうか。
野村 直接のきっかけは、経営戦略として国内事業の見直しを始めたことです。当社は海外ビジネスの比重が大きいのですが、改めて国内にも目を向けてみようと、2020年4月に経営企画部の中に国内事業推進課を新設しました。私もそのときチームに加わった一人です。
新規の事業テーマを探す中で、目に入ったのがフェムテックでした。今、多くの企業が女性活躍推進や健康経営に取り組んでいます。フェムテックなら両方にアプローチができるし、実際に資金も集まっている。この分野を少し深掘りしてみようということになったのです。
そこでイノベーション創出のためには就業時間の15%までを自由に使っていい「15%ルール」という社内制度を利用し、興味のある女性に集まってもらいチームを結成し、一緒に事業化の検討を始めました。
その過程で現在のパートナー企業と業務提携を締結。経済産業省の「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」に採択されたので、協働して需要を確認しつつプログラム開発を進めました。昨年11月に正式な社内組織としてフェムテック事業チームを設立し、他社へのサービス提供も徐々に増えつつあったので、2022年7月に改めて新会社を設立したという流れです。
では、最初からビジネスの観点でスタートしたのですか?
野村 そうですが、私自身、日本の企業の女性活躍推進面での遅れを目にし、「このままだとまずいな」という問題意識がありました。
また、商社で働いていると海外出張中に生理トラブルで困った話をよく耳にします。「コンビニもない途上国の山奥で急に月経が来てしまい冷や汗をかいた」といった話は、“商社あるある”なんですよ。月経の正しい知識と配慮の必要性は高いといえます。しかも丸紅は、まだ女性管理職比率が7.5%です。そんな男性社会にいる自分たちが率先して取り組むべきだ、という思いもありました。
フェムテック事業を立ち上げた野村優美さん
フェムテック事業を通し、社内の課題も浮き彫りに
改めて、「ルナルナ オフィス」は、どのようなサービスでしょうか。
野村 女性が働くうえで直面しやすい「月経」「妊娠」「更年期」にまつわる課題を解決する法人向けのプログラムです。月経トラブルや更年期の諸症状、不妊治療、それらに対する女性自身や周囲の人の理解の不足は、労働生産性の低下を招いたり女性のキャリア形成の障壁になったりします。「ルナルナ オフィス」は、セミナーの開催や婦人科医師へのオンライン相談・診療・薬剤処方の機会提供、実態調査や効果検証をパッケージにし、そうした課題の解決を図ります。
例えば「月経プログラム」では、性別や年齢を問わず全社員を対象に月経や女性ホルモンに関するセミナーを開催して理解を促します。不調を抱える女性社員にはオンラインで医師に相談してもらい、医師は必要に応じて低用量ピルを処方します。ピルはすぐに手元に配送されるので、服薬することで、症状の軽快と仕事上のパフォーマンス改善を得られる。加えて「女性社員の何割が月経で困っているのか」などの実態調査や、「このプログラムの導入でどのくらいの改善がみられたのか」などの効果を検証しレポートとして提出します。企業はそれを女性が働きやすい職場づくりに生かすことができるという仕組みです。
フェムテック事業に対する社内の皆さんの反応はいかがでしたか?
野村 フェムテック自体が前例のない事業領域ですし、このプログラムはBtoBtoE(Employee)という、フェムテックの中でも新しい分野なので、反対意見が出るかと思っていました。
また、そもそも私たち自身、最初は会議室で「生理」という単語を口に出すことに気が引けて、文字をポインターで示していたようなレベルだったんです(笑)。でも説明を繰り返す中で、私たちもですが、社員たちもそこにこそ課題があると気づき、自分たちも変わらなくてはいけないと考えるようになりました。今は応援者の大半が男性社員です。
フェムテック事業を自社の取り組むべきこととして捉えるようになったのですね。
池田 プログラムを開発する過程で、当社内で全社員を対象に月経に関するセミナーを開きました。そのセミナーも、社員たちの意識が変わるきっかけになったと思います。専門医からの講義を聴くことで女性社員からは「1カ月の中で自分の体がどんな状態でそれはなぜおこるのかを、理解することができた」、男性社員からは「女性特有の身体の仕組みやメンタル面を含めた月経時の影響について医学面からも分かり易く説明してもらい理解が深まった」といった反応がありました。
野村 ありがたいことに経営幹部もすぐに理解を示し、「走れるだけ走れ」と追い風を送ってくれました。事業チームの立ち上げも、役員や経営企画部のメンバーが進めてくれたものです。
プロジェクトメンバーの池田瑛美さん
女性活躍の施策に中身が伴うように
池田さんは、試験的に導入したプログラムのユーザー第1号だそうですね。
池田 はい。私はもともと生理痛がひどかったのですが、月経については女性同士でもあまり話題にしないし、生理痛で婦人科を受診するという発想もありませんでした。低用量ピルが有効だとは知っていたのですが、副作用はないのか、処方してもらうにはどこのクリニックがいいのかなど疑問が多く、踏み切れませんでした。そんなときに、会社でフェムテックのプロジェクトをすると知り、手を挙げました。
会社のプログラムだから安心して受診できたし、低用量ピルを処方してもらいました。毎月の生理もとてもラクになり、快適に過ごすことができます。仕事への集中力もあがりましたね。
でも、それよりも大きなメリットだと感じたのが、男性の同僚や上司が生理について知ってくれたことです。つらいときに口に出して相談できるという状況は、大きな安心感につながります。
「月経プログラム」をテーマにしたセミナー受講後のアンケート
【出所】丸紅
妊活・不妊治療や更年期をテーマにしたセミナーでも、90%近くが「理解度が深まった」というアンケート結果が出た。
女性特有の身体の仕組みについて女性も男性もきちんと理解すること、それにより男性社員も適切にサポートできる。双方に利点がありますね。
池田 そうだと思います。男性社員からは、「体調が悪そうな女性社員を見ても、セクハラになるのではないかと考え声をかけられなかった。それが女性社員とのコミュニケーションの壁になっていたので、学ぶ機会があってよかった」と言ってもらいました。
ところで他社ではどのような企業がサービスを導入しているのでしょうか。
野村 現在は女性社員が1000人以上いる大企業を中心に20社程度に採用していただいています。業種は化粧品メーカーや物流、精密機器メーカーなどさまざまです。シフト制で働く従業員が多い企業では、スケジュール面で柔軟に対応できる職場環境を整えたいからと導入しているケースがみられます。社内のカルチャーを変えたいという企業もあります。
導入を考えている企業には、成果についてどう説明していますか。
野村 プログラム全社導入による効果検証では、月経痛などで出社できない日数や出社しても不調があってパフォーマンスを発揮できない状態を定点観測します。通常のパフォーマンスを100%とすると、例えば丸紅の場合、導入前の月経時のパフォーマンスは平均65%ですが、導入半年後には85%になりました。パフォーマンスが低下する日数も、平均で2日から1.07日と短縮されました。それらを経済効果に換算するといくらになるという提示もします。
現状では、導入いただいた、ほぼすべての企業に満足していただいています。実態調査の段階で、「これだけ多くの女性社員が困っていたとは」と気づきを得たことに喜んでくださる企業も少なくありません。
池田 丸紅では従業員エンゲージメントが顕著に上がりました。もちろんこのプログラム導入がその要因の全てとは言えませんが、私自身、会社に対する信頼感が増しました。
当社は今、新卒採用の女性比率を上げようとしています。でも女性を採用したところで、活躍できる環境が整っていなければ意味がありません。こういうプログラムを用意してくれることで力を発揮できるし、会社に誇らしさを感じられると思います。他の会社にも広まるといいのにって、純粋にそう思います(笑)。
効果検証事例
【出所】丸紅
最後に、今後の展望をお願いします。
野村 女性特有の健康課題は、まだ企業が取り組むべき課題として十分に浸透していません。これからどんどん導入企業を増やし、情報を発信して、「女性の健康課題は企業としてもケアすべきもの」の考え方を、社会の常識にしていきたいと考えています。また、今は月経、妊活、更年期の3つのプログラムを用意していますが、まだ女性のライフステージのすべてをカバーしているとは言えないので、そこを拡充させ、より多くの女性に届くサービスにしたいですね。
女性が活躍できれば、企業が強くなり日本の競争力が上がります。サービスを通して日本全体を強くしたい。そんな大それたことを考えています。
コンテンツ本部 医療&健康コンテンツチーム
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連載:健康経営の救世主“フェムテック”
- 【1】フェムテックが「働きやすい企業」をつくる(前編)
- 【2】フェムテックが「働きやすい企業」をつくる(後編)
- 【3】はやりで終わらせないために企業がすべきこと
- 【4】フェムテックプログラムを開発し、日本企業の女性活躍を後押し
- 【5】フェムテック市場の新潮流
丸紅
フェムテック事業チーム長(兼)経営企画部国内事業推進課
LIFEM取締役
野村優美さん
丸紅に入社後、主に金融事業に従事。ノンバンク事業や海外新規金融ビジネス参画検討、国内中堅中小企業の経営支援を行うPEファンド事業などを担当した後、経営企画部に配属。国内事業の拡大・推進を図るミッションのもと、日本の社会課題を解決する事業としてフェムテック市場へ参画し、フェムテックサービスを提供する新会社㈱LIFEMをパートナー企業とともに共同設立。
※肩書は記事公開時点のものです。
丸紅
ライフスタイル第三部フェムテック事業チーム
(兼)経営企画部国内事業推進課
池田瑛美さん
丸紅に入社後、新卒・キャリアの採用担当及び社内向けの研修を行う研修担当を担当した後、現在の部署へ異動。
※肩書は記事公開時点のものです。