入山教授に聞く企業レジリエンス(1)

「変化への対応力」

2020.09.01

“ニューノーマル時代”の企業BCP

  • コンテンツ本部 ソリューション1部 平野 優介

新型コロナウイルス感染拡大防止のために実施された大規模な社会活動の自粛は、社会の姿を変えました。それに伴い、企業経営も変化を求められますが、この中でも重要なのが「BCP(事業継続計画)」の策定や見直しです。本企画では、人的資源、物的資源(モノ/カネ/情報)、体制などを軸に取材を行い、ニューノーマル時代のBCPの在り方に関する情報を発信していきます。今回は、まず総論(全3回)として、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏に新型コロナが浮き彫りにした日本企業における事業継続の諸課題について伺いました。

新型コロナ対応が浮き彫りにした企業意識の差

新型コロナウイルス感染症への対応が社会的な課題となる前後で、企業環境はどのように変化したのでしょうか。

大きな変化としては、コロナ以前から言われてきた「不確実性の時代」が、鮮明に意識されるようになった点にあります。パンデミックに限らず、AIやIoTの浸透などのような社会の進化・変化が激しい環境下で重要なのは、即応するためのイノベーションです。「変化できない会社は淘汰される」というコロナ以前からの課題意識はあれど、どこか他人事という経営者も多くいました。コロナ危機に際しては、その意識差が如実に表れました。イノベーションを常に起こそうとする企業姿勢を持つ企業は、組織自体も柔軟(アジャイル)で、対応にもスピード感がありました。コロナ危機の早い段階で在宅勤務体制に変えたGMOやサイボウズ、Twitter、Googleなどはその例でしょう。

なぜ、コロナ危機への対応で差が生まれたのでしょうか。

多くの日本企業の場合、現場は危機感をよく認識しています。しかし、その危機感を基にした対策を、経営層に提言できる組織風土がない企業も見受けられます。コロナに限らず危機への対応では、変化に対応できる組織風土や人材のマインドを醸成できているかどうかも問われます。

事業継続的に必要な視点は、一度策定したルールを順守し続けるのではなく、「変化は常にやってくる」ことを前提として柔軟な組織づくりや仕組みを日頃から模索する意識です。この意識が弱い企業・団体では対応が遅れたり、不十分だったと感じています。例えば、早稲田大学ビジネススクールの対応は迅速でした。内田和成教授が先見性とリーダーシップを発揮し、2月末~3月初旬の段階で「今のうちからZoomの練習をしよう」と動き出しています。この過程でオンライン授業のナレッジをシェア。緊急事態宣言が出された5月の段階ではオンラインでの授業に必要な体制が整っていました。このため、特例で4月20日からオンライン授業をスタートさせています。

一方で動きが鈍かったのは、行政ではないでしょうか。例えば、4月時点のPCR検査では病院と保健所、自治体の連絡をファクシミリで行うなど電子化が進んでおらず、検査や感染者数についての情報共有がスムーズに行えないなどの混乱が発生したとの報道は記憶に新しいと思います。

日本企業の変化対応を阻む「経路依存性」

日本企業が変化しにくい理由はあるのでしょうか。

新型コロナ禍を背景に焦燥感を募らせる経営者が多くいる一方で、「コロナは一過性。ワクチンが開発されたら何とかなる」と考える経営者もいて一様ではありません。ただ、コロナ前の社会と決定的に違っている点があります。それは、経営学でいう「経路依存性」が崩れたことです。経路依存性とは、多種多様な要素が合理的かつ複雑に絡みあい、特定の一要素を変えても大きな変化には至りにくいことを指す用語です。

例えば、コロナ以前から「ダイバーシティ経営」に注目が集まっていましたが、多くの企業では浸透しませんでした。理由は簡単です。ダイバーシティを進めることは、多様な人材を企業経営に取り込むことですので、新卒一括採用型の雇用システムである「メンバーシップ型雇用」を改めなければいけなくなるからです。そうすると、職務内容を明確にして成果で評価する「ジョブディスクリプション型」の雇用が必要となり、多様な働き方の許容と評価制度の再構築も求められます。

しかし、日本企業の多くは、一律の人事評価制度を敷いています。ダイバーシティという要素を取り入れたくても、その効果を発揮するためには企業の在り方も大きく変えなければならず、実現が難しいわけです。働き方改革や終身雇用についての再考がなかなか進まなかった背景にも、この経路依存性があると考えています。

ですが、コロナ禍によりその経路依存性が一気に揺らぎました。例えば、リモートワークを多くの企業が推進したことで通勤がなくなり、働き方改革が進みました。少なくとも「出社しない働き方は可能」「それまでは無理だと思っていたことは実現できる」と、多くの人が気づいたわけです。コロナ渦そのものは確かに危機ですが、一方で「変化へのチャンス」でもあります。

(資料:入山章栄氏)

この流れを担保するカギは、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」だと考えています。その証左として、現在急速に売り上げを伸ばしている企業の多くは、DXを実現するために必要なBtoB向けSaaS(Software as a Service)を提供するスタートアップ企業です。通勤時間の減少や将来不安の高まりを背景に、副業のマッチングアプリを提供する企業も勢いがあります。コロナ前から「副業こそ働き方改革に必要」と私はメッセージを発信してきました。それは、副業によって本業からでは得られない知見を獲得するチャンスが生まれ、イノベーションにつながる可能性が高まるからです。副業を手掛ける企業が業績を伸ばしていることは、働き方改革も進んでいると見ることもできます。

リモートワークの浸透も、大きな影響を与えます。日本企業の管理職の多さとそれによる生産性の低下は、以前から指摘されていました。今後リモートワーカーが増えていけば、管理業務の多くがクラウドなどで代替可能になるでしょう。そうなると、これまで会社にいるだけで価値を生んでいると見せかけていた管理職は、コロナ後の変化の中で淘汰されます。コロナ禍への対応という大きな強制力の中で、多くの人が変化できないと思っていたものが、実は変化できることに気づきました。こうした新しい環境の中で、コロナ以前の姿に戻そうとする企業は早晩立ち行かなくなっていくでしょう。

次回は、「DX浸透が企業環境に与えた影響」を入山教授に語っていただきました。

連載:入山教授に聞く企業レジリエンス

早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄(いりやま・あきえ)氏

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。2015年11月に刊行した『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』はベストセラー、メディア出演多数。

※肩書きは記事公開時点のものです。

コンテンツ本部ソリューション1部
平野 優介(ひらの・ゆうすけ)

記者・編集者・防災士。中央省庁関連書籍の担当を経て、2011年3月より地方行政の総合誌「ガバナンス」の記者・編集者を担当。(公財)後藤・安田記念東京都市研究所の「東日本大震災に関する資料リスト」には、自ら企画した特集およびインタビュー記事が所蔵される。その後、税務分野の月刊「税理」副編集長に就任。2017年9月、日経BPコンサルティング入社。日本ユニシス「Club Unisys」など各種Webメディア編集、周年事業センターのコンサルタントを経験。現職に至る。