研究員ブログ
「適合義務化せず」、どうなる省エネ住宅
今、住宅業界が大きく揺れています。国土交通省が2018年12月3日に開催した社会資本整備審議会建築分科会建築環境部会の会合で示した「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方について(第2次報告案)」が、事の発端でした。
報告案では、延べ面積300m2未満の小規模住宅・建築物について、「省エネ基準の適合義務制度の対象としない」という趣旨を明記しました。
これまで政府のエネルギー基本計画などでは、「20年までに新築住宅・建築物について段階的に省エネルギー基準への適合を義務化する」という方針を掲げ、工程表も示してきました。基準に適合しないと確認済証が交付されず、着工が禁止される制度です。
こうした政策方針を受けて、意欲的な工務店や設計事務所は20年までに省エネ基準に適合できるよう、省エネ性能の高い家づくりに取り組んできました。民間企業として地球温暖化対策に積極的に関わろうと、基準を上回る、より高性能な省エネ住宅に挑む事業者も増えてきました。
それがここに来て「義務化しない」ということになったわけです。適合義務化を目指して真面目に取り組んできた事業者にとっては、いわばはしごを外された格好です。
義務化を見送る理由として、報告案では「適合率が低いまま(16年度時点で57~69%)で義務化すると市場の混乱を引き起こす」「建築主に効率性の低い投資を強いることになる」「省エネ基準などに習熟していない事業者が相当程度いる」「申請者、審査者ともに必要な体制が整わない」などを挙げています。また、19年10月に予定されている消費税率の引き上げと時期が重なることで、住宅投資に与える影響にも配慮しています。
報告案では、義務化しない代わりに「建築士が建築主に対し、省エネ基準への適合可否などの説明を義務付ける制度を創設する」ことを提案しました。建築士が設計終了時に省エネ基準への適否を記載した書面を交付したり、説明時に省エネ性能を向上させるための措置を提案したりすることを想定したものです。
地球温暖化を防ぐための国際的な枠組み「パリ協定」では、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑える目標を掲げています。日本は温暖化ガス排出量を13年度比で30年までに26%削減すると表明しました。その実現のためには、住宅・建築物分野では30年度のエネルギー消費量を13年度比で約2割削減しなくてはなりません。
国交省は報告案の内容で、この削減目標を達成できる見通しが立っていることを今回の会合で言及しました。その根拠は、19年1月18日の最終会合で明らかにするといいます。
会合後すぐにSNS(交流サイト)で報告案の概要を発信したところ、多くのコメントが寄せられました。そこにあるのは、驚き、ぼうぜん、あきれ、怒り、嘆き、落胆の数々でした。
「あの工程表は何だったのか」「これまで顧客に説明してきたのに」「社会にとって有益な選択なのか」「世の中の流れに逆行する」「大丈夫かニッポン」「世界に遅れを取るぞ」「断熱改修の機運がしぼむ」――。
自社利益というよりも、日本の未来を案じる声が多いようです。
一方、報告案では、300m²以上2000m²未満の中規模建築物を「新たに適合義務制度の対象とする」としました。適合率が91%と比較的高く、適合義務化しても市場に混乱が生じにくいという判断です。なお、2000m²以上の大規模建築物は17年4月から既に義務化しています。
建物種別 | 大規模 | 中規模 | 小規模 |
---|---|---|---|
住宅 | 60% | 57% | 60% |
建築物(住宅以外) | 98% | 91% | 69% |
住宅業界の実態と行政効率
以前から、そもそも個人の財産である住宅に対し、罰則を伴う強制力を持って一律に規制することの是非は問われていました。
省エネ基準に対する適合率や習熟度の低さについては、事業者側の努力が足りなかった面は否めません。ただ、17年度に供給された新築注文戸建て住宅のうち、省エネと創エネを組み合わせて年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロにするZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)は15%を占めました(Nearly ZEHを含む)。基準適合どころか、より高性能な省エネ住宅を供給できる工務店や設計事務所は少なからず存在します。事業者のトップとボトムの差は確実に開いているのが実情です。
また、建築確認手続きに連動する適合義務ではなく、届け出義務の対象にするという考え方もありました。不適合の場合は所管行政庁が指示・命令をすることができる制度です。しかし、延べ面積300m²未満の住宅・建築物は、新築件数が圧倒的(17年度で全体の91.7%)。所管行政庁の業務量が膨大になる懸念があります。
現時点では、300m²以上2000m²未満の建築物と、300m²以上の住宅は届け出義務の対象です。所管行政庁に行った調査によると、無届け出物件に届け出るよう督促していない行政庁は約35%、不適合物件に指示していない行政庁は約77%ありました。このような状況のままで届け出義務の対象を拡大するのは危ういと言えます。
今の住宅業界の実態や行政効率という面から見ると、報告案はベターかもしれません。そうであれば、省エネ住宅を普及させる効果がどれだけ期待できるのでしょうか。消費者の理解を促し、事業者の知識や技術を向上させなければ意味がありません。ここでは報告案が実行された場合を想定して考えてみましょう。
まず説明義務について。設計時に省エネ計算しておかなければ、省エネ基準への適合可否は説明できません。いまのところ、省エネ計算ができる建築士事務所は50%程度(日本建築士会連合会の調査)、同じく中小工務店も50%程度(リビングアメニティ協会の調査)に過ぎません。建築士が省エネ計算に慣れ親しむきっかけになるでしょう。
省エネ計算して不適合だった場合、わざわざ不適合を説明する建築士がいるでしょうか。性能確保が当たり前と思っている建築主にとって、不適合は論外のはず。適合に改善することはもちろん、目標性能の選択肢を示す提案の実現にも寄与しそうです。
説明義務は、適合義務など法規制で家づくりを厳格に縛るのではなく、市場原理に委ねる形となります。きちんと説明できない事業者はいずれ淘汰されます。説明を契機に、ZEHやLCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)住宅など、より高性能な省エネ住宅のニーズが高まり、新たなサービスが生まれるかもしれません。
説明を受けた建築主がどのような家に住みたいかを自ら考え、判断し、最適な事業者を選ぶきっかけになるといいと考えます。注文住宅の建築主だけでなく、建売住宅やマンションの買い主、賃貸住宅の借り主にも説明が伝わる仕組みが欲しいところ。その時に、建築物省エネルギー性能表示制度(BELS)は“モノサシ”として役に立ちます。説明義務化と併せて、BELS表示を義務化する方法もあるでしょう。
もう一つ、報告案で注目すべき項目があります。「注文戸建て住宅や賃貸アパートの建築を大量に請け負う住宅事業者を住宅トップランナー制度の対象に追加する」という点です。現行の住宅トップランナー制度は、年間150戸以上の新築建売戸建て住宅を供給する住宅事業建築主(住宅トップランナー)を対象に、基準に適合しない場合は国土交通大臣が勧告・公表・命令をすることができます。16年度の基準適合率は92%です。
住宅トップランナー基準は、20年度以降は一次エネルギー消費量基準(BEI)で0.85が求められます。「BEI=設計一次エネルギー消費量÷基準一次エネルギー消費量」で、新築時に1.0以下が基準適合となるため、より高い性能が必要となります。0.85はBELSの4つ星相当です。
「大量」の定義はこれから検討が進むと思いますが、新築住宅の中で大きな比重を占める事業者が省エネ住宅に取り組むようになれば、住宅市場に与えるインパクトは大きいはず。断熱材や窓、エアコンなど、省エネ性能に係る建材・設備の高性能化、低価格化が期待できます。普通の家づくりで低性能の建材・設備が選べなくなり、知らないうちにどんどん性能が高まっているという状態は遠からず来るでしょう。
意欲と能力のある事業者はより高性能を目指し、適合義務化で肩を押されるのではなく、住宅市場の肩を押す側に回ればよいでしょう。地球温暖化は待ってくれません。できるところから始めてはどうでしょうか。
国交省では19年1月5日まで、報告案についてパブリックコメントを実施しています。みなさんの意見や情報を届ける絶好の機会になるので活用してはいかがでしょうか。
日経BP総研 社会インフラ ラボ
小原 隆