研究員ブログ
国産ウイスキーの次はジン・ブームが来る~地方発で世界ブランドを目指す
日本国内で生産されたウイスキーが世界的にブームになっています。国際的な品評会で、大手メーカーだけでなく小規模の創り手も立て続けに高い評価を受けているためです。いまや世界中で人気が高まり、レアな銘柄のウイスキーは投機の対象にさえなっているほど。先日もサントリーの「山崎50年」が、オークションで1本3000万円以上の値が付いたことが話題になりました。
サントリーのウイスキー「山崎」の
ブランド・サイト
これを受けて、全国各地には地ウイスキーの蒸留所を稼働させたり、新たにベンチャー事業としてウイスキーの製造を始めたりするところが相次いでいます。
ウイスキーの次はジン・ブーム
京都蒸留所のクラフト・ジン「季の美」の
ブランド・サイト
このジャパニーズ・ウイスキーブームの次に来ると言われているのがジャパニーズ・クラフト・ジンです。ジンは、焼酎のような穀物の蒸留酒にジュニパーベリーなどの植物の香りを付加したスピリッツで、カクテルのベースに広く使われています。
ジャパニーズ・クラフト・ジンの火付け役になったのはサントリーで、2016年10月に発売した「六」です。国産由来の6種類の植物フレーバーで風味を付け、日本産の酒であることを強く打ち出しています。2017年には京都蒸留所が「季の美」という地元の植物フレーバーを使い、地域色をさらに強く打ち出したブランディングの商品を発売しました。
この2種類のジンは、カクテルのベースとしてこれまではあまり目立たない存在だったジンのイメージを大きく変えました。味やその商品の持つストーリー性で、ウイスキーと同じように高級な蒸留酒としてのポジションを得る可能性を示したのです。
中国醸造のクラフト・ジン「桜尾」の
ブランド・サイト
一部のマニアの間では注目され始めていたジャパニーズ・クラフト・ジンですが、いち早く世界的に高い評価を受けたのが広島県廿日市市にある中国醸造の「桜尾」です。2018年3月発売と後発ながら、米国のロサンゼルスで開かれた世界的なジンのコンクールで受賞したのに続き、欧州でもコンクールで入賞を果たしています。「桜尾」というブランド名は同社の所在地の廿日市市桜尾という地名に由来しています。
国産ウイスキーを既に手掛けていながら、ジンを次の海外市場向けの戦略商品とした理由などを中国醸造の白井浩一郎社長に聞きました。
国産ウイスキーがブームになっていますが、中国醸造の商品は国内であまり見かけません。
中国醸造の白井浩一郎社長
白井 国産ウイスキーの製造・販売については、原酒を熟成させている地名である「戸河内」というブランドで既に手掛けています。ただ、ウイスキーは何年も熟成させた後に市場に出さなければならないという商品の性格上、リスクの多いビジネスだと考えています。
「戸河内」はたまたまフランスのバイヤーが早い段階から注目してくれ、まとまった注文を得て欧州市場を中心に展開できていますが、それでも当社の企業規模では急激な需要変動に対応して仕込みの量を大きく変えるといった戦略は取りにくいのです。
もともと焼酎や日本酒が主力だった中国醸造が、新たにクラフト・ジンを選んだのはなぜでしょう?
クラフト・ジンを造る蒸留機。
小規模だが本格的なロンドン・ジンを造っている
白井 今年の3月に発売したジンの桜尾は、3年以上前から製造方法やフレーバーの基となるボタニカル(植物)の選択や調達に取り組んできました。市場から高い評価を得られるように最初から本格的な製造方法で、国産、特に地元産の植物に特徴を持たせた商品の開発を目指しました。
ジンを作るのに欠かせないジュニパーベリーという植物は、日本国内ではほとんど生育しておらず、原料調達も輸入に頼るのが一般的です。たまたま広島にはジュニパーベリーが育つ場所があり、その他の柑橘類やハーブ類も地元から調達できるという恵まれた環境にあります。この環境は、広島の地域性をカギとし、広く世界を視野に入れてブランディングしていくうえで大きな強みであると考えました。
若者の酒ばなれなど、国内市場の発展が期待できないなかで酒造会社として今後の戦略は?
広島カープの優勝セレモニーで使われる樽酒は
ここで造られている
白井 中国醸造は今年創業100年を迎えました。これまでは、比較的安価な焼酎や手軽に飲める日本酒などを主力商品として事業展開してきました。若者の酒離れや人口減少などの今後の市場トレンドを考えると、こうした大量消費を前提とした低価格商品から、ブランディングをきちんとしたうえで持続的に付加価値の高いビジネスが展開できるように企業体質や商品ラインナップを変えていく必要があります。
今回のクラフト・ジンはその一つの象徴です。ジン以外にも、日本酒部門ではイタリアンやフレンチの料理で食中酒として存在感を発揮できるような本格的な発泡タイプの商品を開発したり、高級な和食にふさわしい味わいを持った吟醸酒の商品を開発したりするなど、全体としての高付加価値路線を推し進めています。
そうなるとターゲットや利用シーンに相応しいマーケティングも必要になるのでは?
白井 こうした商品を持続的に販売し市場に支持され続けていくには、これまでとは全く違う売り方・営業方法やお客さんとの接点が必要になってきます。この部分についても、営業所のスタッフの教育はもちろん事務所のレイアウトデザインも大きく見直すなどの策を取り始めています。
「地産地消」から「地産外商(地方発商品を首都圏などの市場で売る)」という考えをさらに推し進めて「地産海外商(地方発からいきなり海外市場を狙う)」へ。さらにその海外で、確固たるブランドを構築して持続的なビジネスを生み出す。地域活性化のカギとなる「いかに地方にカネを回すビジネスを創るか」。ジャパニーズ・クラフト・ジンがこうした道筋の1つの典型になると考え、注目しています。
日経BP総研 マーケティング戦略ラボ 上席研究員
渡辺 和博