知られざる中国インバウンドの主役
バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費 第6回

日本のカレー文化を中国に広めるハウス食品の夢

2018.07.20

マーケティングリサーチ

  • 袁 静

    株式会社行楽ジャパン 代表取締役社長 袁 静

日本のカレー文化を中国に広めるハウス食品の夢
前回までは、中国インバウンドの変化を、「八〇後」を中心とする若い世代の傾向から見てきました。今回からは少し視点を変え、中国に進出して「八〇後」とそれ以降の世代をターゲットにビジネスを展開している日本企業の事例を紹介していきます。今回はハウス食品です。
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中国では“ワンプレート”が大きなネックに

百夢多咖喱

「百夢多咖喱」。
中国のバーモントカレーです。

ハウス食品は日本でさまざまなカレールウ製品を発売していますが、2005年以降、中国でも“日式カレー”を広める活動を展開してきました。最初に発売したカレールウは「百夢多咖喱」。これは日本でもおなじみの「バーモントカレー」をもとに名付けたものです。

実は中国でも古くからカレー料理は存在していました。上海でポピュラーだったのは、春雨と牛肉を入れるカレースープや、チキンを炒めるカレーチキン。普通に家庭で食べられていましたし、屋台でも売られていたので、高級なイメージはまったくなく、ごく一般的な料理として定着していたのです。ただ大きく違っていたのが、いわゆる日本式のカレーライスはなかったことと、ルウではなくカレー粉を使っていたことです。

ハウス食品が中国へ進出するにあたり、独自のカレー料理があったため、そのイメージを払拭することにまずは苦労したようです。2005年に中国で初めてルウを発売したとき、中国人の多くは「なに、この茶色い塊は?」と感じました。それも、鍋に入れたらあっという間に溶けてしまう。カレー粉しか知らない中国人からすれば、“マジック”だったようで、ハウス食品の担当者に伺うと、その反応をそのままに「マジック調味料」と言ってアピールしたこともあったそうです。

カレー粉を古くから使ってきた世代にとってルウはなかなかなじめないものでしたが、「八〇後」に抵抗感はとくにありませんでした。ただし別のネックがあったのです。カレーライスはひとつの皿の上にご飯を盛り、具ものせる、つまりワンプレート料理ですね。ご存知のように、中国にもひとつの皿にご飯と炒めものなどをのせるスタイルはあるのですが、それはどちらかというと屋台で食べる、ひと言でいえば安っぽいイメージがつきまとった料理でした。中国のディナーは、テーブルの上にお皿が3つか4つはないといけない、ワンプレートに全部のせるのは一般家庭で食べるものではない……そういった声が出たそうなんです。

文化に合わせマーケティングの方針を柔軟に何度も転換

そこでハウス食品は、それまで中国の食卓でとらえられてきたカレー料理の概念を覆し、高級感のある新しいメニューとして売り出そうと方針転換しました。その頃中国で人気のあった、日本で暮らした経験もある台湾の女優を広告に起用。若くカッコいいママというイメージでした。

CMでは、女優が扮するママが上海の高級住宅地にあるおしゃれなスーパーマーケットでルウを購入し、これまたおしゃれな家の真っ白なキッチンでカレーライスを作るという、高級感たっぷりの演出を施しました。「憧れのセレブの家では日曜にカレーを食べる。あなたも日曜にカレーを食べましょう」、そういったメッセージをアピールしたんですね。

続いては、お子さんを持ち、これからのカレー消費を左右する「八〇後」をターゲットとした戦略に転じました。オリンピック選手とのタイアップや中国でも人気のあったアニメを通じ、子どもの健やかな成長を願う気持ちは万国共通、ハウスはお母さんたちの味方です……そういったブランドイメージを重ねていったんですね。これが2012年頃の話です。

こうした柔軟でへこたれない精神で、ハウス食品のカレールウは苦労をしながらも徐々に中国の消費者に受け入れられていきました。

SNS時代に即した広告戦略に移行

さて、ここまでのハウス食品のマーケティング戦略は、テレビ広告などの主流メディアを活用していました。ただ、2012年以降、中国のメディア事情が大きく変わり、インターネットが台頭。マーケティングの主力もSNSへと一気に移っていきました。ハウス食品も微博(ウェイボー)やWeChatでアカウントを開設し、SNS上での広告戦略に力を入れるようになります。

実はいまの中国では、テレビに広告を投入しても大した効果が得られません。なぜなら中国人の多くは、ドラマなどをいわゆるテレビ放送ではなく、ネット配信で見るようになったからです。テレビ自体を見ないのでテレビ広告には意味がない、ではネットテレビに広告を出せばいいかというとそう単純でもなく、ネットでは広告を簡単に飛ばせます。ですから人気ドラマの間に広告を入れても、やはり効果は得られないんですね。とくに「八〇後」以降はそもそもテレビでコンテンツを見る習慣がないので、そうした広告ではアピールできません。

SNSマーケティングではライブ配信を展開。SNSマーケティングでは
ライブ配信を展開。

 

福建省福州の売り場の風景(2018年5月頃)。福建省福州の売り場の風景
(2018年5月頃)。

そこで、SNSです。中国はKOL(Key Opinion Leader)の影響が非常に大きいので、WeChatなどでKOLに商品のよさを発信してもらい、さらにいわゆるオフ会も組み合わせる、つまりオンラインとオフラインの融合がマーケティングの主流になってきています。ハウス食品もSNSを活用し、KOLにカレーを作っているシーンや楽しく食べている雰囲気をライブ配信してもらうというマーケティングに注力しています。KOLの威力は大きいですし、SNSでハウスをフォローしている人たちも商品の価値をよく理解していますから、彼ら自身が媒体となってさらに拡散してくれます。

2005年は、1980年生まれの最も早い世代の「八〇後」が25歳になった年ですね。いま「八〇後」や「九〇後」にハウスのカレーを好きになってもらえば、その子どもたちが大きくなってもハウス食品のカレーを作るだろう。そんな長いスパンでマーケティングを考えているそうです。

その先には、ハウス食品が目指す大きな夢があります。いま中国人が、月に1回カレーを食べているとします。それがいずれ週1回になれば、中国の人口規模を考えると……、そう、とてつもないスケールになりますね。ハウス食品の中国での拠点は上海にあり、私も時々訪れるのですが、訪問するたび元気になっている印象を受けます。

ハウス食品(中国)投資社
http://www.housefoods.com.cn/

連載:知られざる中国インバウンドの主役

バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費

株式会社行楽ジャパン代表取締役社長。『行楽』発行人。
袁 静(えん・せい)

北京第二外国語大学、早稲田大学大学院修了後、日経BP社に勤務し、日本で10年を過ごす。中国に帰国後、北海道の魅力を多くの中国人に知ってもらおうと、2009年に『道中人』を創刊。2011年、北海道観光への貢献が認められ「VISIT北海道観光大使 」に任命。2011年、九州をテーマに『南国風』を創刊。2013年『道中人』と『南国風』を合併し、中国初の和風モダンをキーワードにするトラベルライフスタイル誌『行楽』を創刊。2013年11月に鹿児島県観光への貢献が認められ、「薩摩大使」に任命。北海道知事、鹿児島県知事、佐賀県知事など各都道府県知事をインタービューするなど、中国での日本の観光PRにて活躍し、日本との関係は深い。近書に『日本人は知らない中国セレブ消費』(日本経済新聞出版社刊)。

※肩書きは記事公開時点のものです。