知られざる中国インバウンドの主役
バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費 第8回

日本と中国の架け橋・JALのマーケティング戦略〈後編〉

2018.10.09

マーケティングリサーチ

  • 袁 静

    株式会社行楽ジャパン 代表取締役社長 袁 静

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訪日インバウンドが増加する中、日本にやってくる中国人の消費行動にも変化が表れています。前回に続く後編では、JAL中国地区総代表として北京に駐在する米澤章さんに、“爆買い後”の中国人消費、とりわけ「八〇後」以降の若い世代を取り込むマーケティングの考え方について話を伺います。
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リピーターが増え消費行動も変わった

 訪日中国人のいわゆる“爆買い”は、現象としてはすでに終わったものと考えていいでしょうね。

米澤 JNTO(日本政府観光局)が出しているデータを見ると、2015年の中国人訪日客1人あたりの旅行消費額は28万円で、そのうちに占める買い物は16万円でした。それが2017年になると、旅行消費額が23万円、買い物は11万円ですから、額面的には爆買いは確かに収まりつつあります。ただ、23万円というのは、減ったとはいえまだまだ他国から来る方よりもはるかに高い数字ですね。

 爆買い自体は収まっても、東京や大阪だけでなく各地方独自の体験をすることで、消費の方向性が変わってきたんじゃないかと感じています。

米澤 それについて、先ほどのJNTO調査で興味深い点があります。10回以上訪日しているようなヘビーリピーターは、実は買い物の額があまり減っていないんです。

 リピーターはどんなものを買っているんですか? 爆買いのときは炊飯器などの家電製品というイメージが強かったですが。

米澤 最近は日用品、化粧品、薬やサプリメントが主流になっているようです。こういった商品はどこでも売っていますから、東京では買わなくなっても地方では買っているんですね。それに加えて、岩手の南部鉄器、岐阜の包丁など、匠の技で作られる製品も沢山買われています。

JAL中国地区総代表の米澤章氏

JAL中国地区総代表の米澤章氏

中国人が好む“匠の技”とコト体験

 中国はものすごいスピードで経済発展している一方で、日本のような職人気質が失われつつあります。

米澤 日本と中国の企業文化の違いはありますね。日本の場合には職人を育てながら細く長く続ける企業が多いですが、中国の場合には規模やスピードを重視する一方、長いスパンで職人を育てるといったことが少ないと思います。

 「行楽」でも日本の匠を取材するプロジェクトを立ち上げたのですが、職人が作る製品は注目されていますね。

米澤 中国の方の好みに合わせた新たな商品開発も行われています。中国人が買うことで伝統産業に刺激が生まれたのはいい傾向だと思いました。

 カラフルな南部鉄器、ありますよね(笑)。

米澤 あのような匠の技は、今後のインバウンド戦略で大きな可能性を持っています。日本は100年以上続いている企業が世界一多く2万社以上ありますから、そうした老舗を中国の消費で支えてもらう。それこそ文化の交流なのではないでしょうか。

 中国で100年以上続く企業は十数社だけですから、日本の老舗に対する憧れはありますね。そしてこれからは間違いなくコト体験が重要になるので、コト体験を通して消費の中身も変わってくる。おいしいコーヒーを体験したからコーヒーメーカーを買って帰るとか、体験に付随する高価な製品にも可能性があると感じますね。

米澤 マーケティングの面から見ると、中国からのインバウンドがリピーター化したことで、大きな二つの流れが出来ました。一つは東京・大阪といった大都市から地方への流れですね。インバウンドがまず東京や大阪を目指すのではなく、経由するだけで、最初から地方に向かう動きが目立ってきています。

そしてもう一つが、モノからコトへ、ですね。モノ消費自体は終わっていませんが、対象となるモノが変わりつつあることは間違いありません。モノ消費が移りゆく中で、体験にまつわるコト消費も変わり、これからは新しい世代に入っていくのではないかと考えています。

 地方といっても、昔のように有名観光地をバスで少しずつ順繰り巡って、という形ではなく、ですよね。

米澤 そうです。以前のコト体験といえば、温泉、桜といった定番、あとはディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンなど東京、大阪があくまで中心でした。今後は、各地方の個性がより表れたコト体験が注目されていくのではないでしょうか。地方に行って、たとえば酒蔵を訪問する。そこで日本酒の由来や造り方をきちんと説明し、酒造りの工程も見せて、酒のよさを理解してもらえれば、コト体験の延長としてちゃんと酒を買ってもらえる。ここが次のステップですね。

“学び”も重要なテーマになる

 コト体験でいうと、日本には林間学校や自然学校という考え方が昔からあります。「八〇後」は意識が高いので自然を大切にしなければいけないことを知っていますし、子供の教育費も惜しまず出すので、日本人の自然を大切にする心を学ばせようと考える人が多いようです。

米澤 学びという体験は重要だと思います。中国はもともと科挙などに始まる、どちらかというと暗記モノが中心でしたが、最近は、科学(Sience)・技術(Technology)・工学(Engineering)・芸術(Art)、数学(Mathematics)の頭文字を取った「STEAM」と呼ばれる教育に力を入れ始めています。中国の教育のあり方が変わっていく中で、日本が持っている科学的・創造的な学びの場も中国の方を呼べるコンテンツとなるのではないでしょうか。

米澤氏(左)と袁氏(右)

 具体的にJALさんとして、STEAMに関する取り組みは実施しているのですか?

米澤 日本では、「JAL STEAM SCHOOL」という出張教育を実施しています。JALのパイロットが子供たちに飛行機の飛ぶ仕組みや機体構造など、実験しながら分かりやすく教えるプログラムです。

 中国ではいかがでしょうか。

米澤 中国では「JAL折り紙ヒコーキ教室」を開催しております。JALの中国人スタッフが小学校や幼稚園などに行き、子供たちに折り紙を作ってもらいながら、翼の形や大きさで飛び方が違うことや、揚力について学んでもらうものです。中国では折り紙で飛行機を作る習慣がないので、子供たちはもちろん、見学している親にも大好評です。時々親の方が子供以上に一生懸命飛ばしていることがあります(笑)。

 学びというテーマは「八〇後」以降の世代に大きな反響があるのではないでしょうか。

米澤 そうですね。こういったチャンスは、日本にまだまだあると考えています。とりわけ「八〇後」以降をターゲットと考えると、こうしたプログラムには学びに加えて家族の絆を強める部分もあるため、きっと高いニーズが見込めるでしょう。

“学び”も重要なテーマになる

 北京や上海から日本の地方に誘導するためにどのような取り組みを行っているのですか。

米澤 JALは国内線ネットワークが充実していますから、東京・大阪から日本中にお運びできます。そして訪日外国人に日本の地方の魅力を知ってもらうため「Japan Explorer Pass」という国内どこでも片道1万800円の運賃を設定しました。東北6県の訪問を条件としたマルチビザが解禁されたこともあって、こうした運賃を活用し東北エリアの応援を強化しています。

 JALさんから見て、東北エリアは「八〇後」の個人旅行にどのような魅力があると考えていますか。

米澤 やはり四季の魅力ですね。中国は2022年に冬季五輪を控えているので、スキーへの興味が高まっていますが、中国のスキー場は人工雪が当たり前。その点、東北のスキー場は雪質がきわめてよいので、満足度が非常に高いです。加えて東北には個性的なお祭り、新鮮な海鮮やフルーツなど、中国人が喜ぶコンテンツを四季を通じて提供できます。また、東北の豊かな自然を活かし「八〇後」の親子が自然の大切さを学ぶ場を提供するなど、いくらでも効果的なアイデアを打ち出せるのではないでしょうか。

 一方、「八〇後」の誘導で課題と考えていることはありますか。

米澤 いま一番心配しているのは、日本から訪中する人の数が、中国からの訪日客の3分の1程度に落ち込んでいることです。インバウンドを呼び込むには、日本からSNSで発信することはもちろん重要ですが、日本人が中国に行って発信し、現地の人と仲良くなって、「日本にどうぞ来てください」という民間交流を生むことこそが本当に大切。JALとしても中国人を日本にお連れするだけでなく、日本人を中国にお連れすることにも大きな責任があります。訪日インバウンドをいっそう高めるためにも、日本から中国へのアウトバウンドに力を入れ、交流を促進していきたいですね。

株式会社行楽ジャパン代表取締役社長。『行楽』発行人。
袁 静(えん・せい)

北京第二外国語大学、早稲田大学大学院修了後、日経BP社に勤務し、日本で10年を過ごす。中国に帰国後、北海道の魅力を多くの中国人に知ってもらおうと、2009年に『道中人』を創刊。2011年、北海道観光への貢献が認められ「VISIT北海道観光大使 」に任命。2011年、九州をテーマに『南国風』を創刊。2013年『道中人』と『南国風』を合併し、中国初の和風モダンをキーワードにするトラベルライフスタイル誌『行楽』を創刊。2013年11月に鹿児島県観光への貢献が認められ、「薩摩大使」に任命。北海道知事、鹿児島県知事、佐賀県知事など各都道府県知事をインタービューするなど、中国での日本の観光PRにて活躍し、日本との関係は深い。近書に『日本人は知らない中国セレブ消費』(日本経済新聞出版社刊)。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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