研究員ブログ

「女性の健康リテラシー向上」抜きに女性活躍は実現しない

2018.04.12

研究員ブログ

  • 黒住 紗織

    日経BP総研 マーケティング戦略研究所/メディカル・ヘルスラボ 主任研究員 黒住 紗織

女性活躍を推進する動きが高まっています。出産しても離職せずに働く女性が増え、長らく「M字カーブ」を描いていた女性の労働力率の特徴がこの数年薄れてきました。女性を役員や管理職に登用する企業も、歩みはゆっくりではありますが少しずつ増えています。

仕事と育児の両立を実現させる制度・環境が改善され、子どもを持つ母親の声が反映されるようになってきていること、決裁権のある職位に就く女性が増えることは、男性だけの視点で物事が決まっていた時代と比べ、より健全な企業経営への道のりとしても大切なことです。

しかし、本当に活躍する女性を増やすには、今のまま「推進するだけ」では不安が残ります。「女性の健康は、男性とは違って特有な面がある」という事実が、経営者にも管理職にも、当の働き手である女性にも十分に理解されていないのです。それによって、適切な対処がされないままに健康を損ない、職場を離脱してしまう女性が増えはしないかと心配しています。

いまの学校教育では、性教育は実施されても女性ホルモンの影響がどんなところに及ぶのか、月経のトラブルがあったらどうすればいいのか、妊娠はいつまで先送りしていいのか、更年期の症状を軽くする方法があるのかなどの知識は教えてくれません。母親も知らないのですから、家庭での教育にも期待はできません。

それでも、働く女性が少ない時代は大きな問題にはなりませんでした。これからは違います。女性ホルモンの基礎知識を持たないことが、女性の仕事や生活のパフォーマンスを下げ、経済的にも大きな損失になるのです。このことが近年の研究から明らかになってきています。

実際、自分の体のことを「知らない」ために有能な女性が退職を決めてしまったり、昇進を辞退したり、職場の人間関係が悪くなったりして、仕事の能率が落ちてしまうことがあります。それを避けるために、まず知っておくべきキーワードは、①月経前症候群(PMS)②月経痛、③更年期、④不妊治療です。それぞれについて説明しましょう。

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図1 ヘルスリテラシー※の高い人は、低い人に比べてPMSや月経痛などの症状がある際の仕事のパフォーマンスが高い(出所:日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査2018」)

※ヘルスリテラシーとは、個人が健康を推進・維持するために必要な情報にアクセスし、理解し、活用する能力のこと

① 月経前症候群(PMS):情緒不安な自分に自信喪失し、昇進を断念

健康な女性には毎月訪れる生理。その生理の前には情緒が不安定になってイライラしたり、集中力が落ちたり、眠くなったり、頭痛がしたりといった様々な症状が現れます。約6割の女性にこうした症状が現れるという調査結果もありますが、これが月経前症候群(PMS)なのです。黄体ホルモンという性ホルモンが排卵後に増えるのが原因なので、このホルモンが減って生理が始まると症状は消え、それ以降は普通に過ごせます。しかしまた、ひと月後には同じ症状が起こるのです。

PMSはメンタルにも身体にも症状が出るため、仕事を休まざるを得ないほどつらい人もいます。また、出社していても、健康な時と比べて仕事のパフォーマンスが半分以下になると感じている女性が約半数に上ることも分かっています(日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査2018」)。

こうした経済損失に加え、見逃せないのが人材登用の機会損失や、職場環境の悪化です。感情の制御が効かなくなる症状が出る人で、それが女性ホルモン周期のせいだと知らない女性は、「自分はダメな人間」と自信を失ってしまいます。ホルモンケア推進プロジェクトが2012年12月に実施した調査では、PMSのせいで昇進を断ったことがあると答えた女性が17%もいました。

一方、同僚や上司も「あの人はヒステリックで扱いにくい人」というレッテルを張りがちで、人間関係がぎくしゃくすることもあります。

実は、「自分がホルモンの影響を受けやすい」と理解するだけでも、PMS症状が軽減することが研究から分かっています。積極的に対処するなら、その時期は重要な会議を避けたり、人と接触したりするのを最低限にするなど、スケジュールも調整できます。周囲に症状への理解があれば、仕事への支障を最低限に抑えるサポートもしてもらえます。自分も周囲も快適さが向上し、仕事効率も違ってきます。

近畿大学の武田卓教授の試算によると、PMSによる生産性低下の経済損失額は約1兆円。決して軽視してはいけない社会問題です。

② 月経痛:我慢せずに対処すれば、年間約5000億円がセーブできる

生理中に腹痛や腰痛などに悩まされる月経痛も同じ。前述の「働く女性の健康増進に関する調査2018」によれば、約半数の女性に月経痛の症状があります。重い人は数日寝込んでしまう場合もあるのですが、「生理時に痛みがあるのが当たり前」と思い込んで我慢をし、鎮痛剤などで一時しのぎをするだけで済ます女性が多いのが実情です。

実は、痛みの背後には、子宮内膜症という病気が隠れていることが多いのです。子宮内膜症は年々症状が進むだけでなく、将来、不妊症になるリスクも上がってしまいます。

本当は婦人科で処方される薬で症状が軽減され、その治療は将来の不妊予防にもつながるのですが、4割以上の人は何の対処行動もとっておらず、痛いまま過ごしています。そして、月経痛が原因となる労働生産性の損失は、約5000億円と試算されているのです(Journal of Medical Economics、2013年)。

③ 更年期:管理職・役員世代を襲う「更年期の大波」

更年期に関する理解の向上が重要なのは、更年期症状が出る40~50代という年齢が、管理職や役員になる年代と重なるからです。しかも、つらい症状が出る期間が数年間続く場合が多いので、この心身の変調は女性にとっては大きな負担になります。

更年期は、女性が生殖の役割を終える50歳前後に起こる心身の“大混乱期”。「女性ホルモンが出なくなる」という新しい環境に脳と体が順応するまでの数年間、イライラや鬱々などの精神症状が出たり、集中力が落ちたり、疲れやすく、眠れなくなったりします。急に大汗をかいたり、手指の関節がこわばったり、めまいや頭痛に苦しむ人もいます。

症状から考えて整形外科や内科、循環器科などを受診する人が多いのですが、そこでは原因が見つからず、ドクターショッピングを繰り返します。「更年期のせいかも」と疑って婦人科を受診すれば適切な治療が受けられるのですが、そうした行動をとる人が少ないのが現実なのです。

そのため、つらい症状への対処法が分からず不安になったり、情緒不安定になって冷静な判断ができなくなったりして悩む女性が増えています。挙句の果てに、昇進を断念する、仕事を辞める人まで出るほどです。前出のホルモンケア推進プロジェクトの調査によると、更年期のせいで昇進を断ったと答えた人が50%もおり、退職した人は約17%でした。

図2 更年期障害は仕事上の判断にも影響を与える(出所:「ホルモンケア推進プロジェクト」2012年12月実施調査)

図2 更年期障害は仕事上の判断にも影響を与える(出所:「ホルモンケア推進プロジェクト」2012年12月実施調査)

海外では、更年期症状がつらくなったらホルモン補充療法がある、ということが女性の間に浸透しています。そのため、症状をコントロールしながら仕事をバリバリこなす女性が多いのですが、日本ではこの治療法への誤解が多く、「ホルモンを足す」のは不自然という偏見も根強くあって、治療を嫌がる人が少なくありません。

現状のままでは、女性管理職比率を欧米並みに増やすことなど遠い夢です。

④ 不妊治療:仕事優先で先延ばしにした結果の妊活退職

不妊治療による人材の損失も、見過ごせない問題です。

今年3月に厚生労働省が発表した実態調査では、不妊治療をした176人の女性のうち、23%の40人が仕事と不妊治療を両立できず退職し、10%が不妊治療を断念したと回答しました。30代や40代の中堅社員が、治療のために仕事を辞めてしまうのはもったいない話です。

図3 不妊治療と仕事の両立状況(出所:厚生労働省「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」)
図3 不妊治療と仕事の両立状況(出所:厚生労働省「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」)

日本の不妊原因のトップは卵子の老化といわれます。これは、「妊娠を希望する女性の年齢が高い」と言い換えることができます。要は、子供を生みたいと思って妊活を始めるタイミングが遅いわけです。

医学が進歩しても「年齢の壁」は高いままです。妊娠率は35歳を過ぎたら20代の半分以下に落ち、40歳では体外受精などの高度生殖・補助医療をしても10%を下回ります。しかし、芸能人の出産ニュースなどで「45歳で出産」といったことが報じられ、40歳を過ぎてもいつでも妊娠できるという誤った認識が広がってしまっています。そのため仕事を優先して妊活を先送りしてしまい、40歳近くになってあわてて不妊治療に駆け込み、初めて真実を知って悔やむ人が少なくありません。

もし、20代や30代と40代との妊娠率の差がかくも大きいことを理解していれば、もっと早くから子ども作ろうとする人が増えるでしょうし、つらい不妊治療をしなくても出産できる人は今よりずっと増えるでしょう。

ただしこの問題は、若くして出産した女性が、復職後に安心してその後のキャリアを積めるような制度の整備も同時に進めないことには、状況は改善しません。

男性も含めた“ホルモン研修”の実施と婦人科検診の勧奨を

このように、「女性ホルモンの基礎知識を持つこと」で女性が適切な行動や対策をとることができ、損失を減らすことができるのです。それでは、企業がすぐできることは何でしょう。それは、女性社員だけでなく男性社員も含めて、女性の健康に関する知識を伝える研修を実施することです。

健康診断の機会などを活用して、女性社員に婦人科の定期受診を強く薦めるのもいいでしょう。婦人科との接点があれば、生理や更年期、不妊に関する悩み相談もしやすくなり、早期に専門家に介入してもらえます。日本医療政策機構の調査では、働く女性で定期的に婦人科を受診している人は32%。そして、受診のきっかけになった情報源のトップが「会社の検診」(21.8%)だったことからも、その有用性は言えそうです。

企業の取り組みを後押しする動きも出てきています。

経済産業省が健康経営優良法人を認定する事業では、2016年から評価項目に「女性特有の健康問題への取り組み」を新たに加えました。現在は必ずしもこの項目を実施していなくても評価はされますが、今後はもっとこの項目を重視する認定基準にしては、との声も上がっていると聞きます。働く人の幸せのためにも、経済損失を減らすためにも、女性特有の健康問題にもっと目を向けてほしいと願います。

日経BP総研 マーケティング戦略研究所/メディカル・ヘルスラボ 主任研究員
黒住 紗織

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