2017年度に新設された助成金に、厚生労働省の「人事評価改善等助成金」があります。これは人事評価制度を整備して従業員の生産性の向上や離職率の低下を図る事業主を支援する助成金です。人手不足が深刻化する中で、企業に年功序列の古い考え方から脱却させ、従業員の生産性の向上を促す政策は、基本的な方向として理にかなったものだと思います。
実際、小さな会社が成長し続けていくには、きちんと機能する人事評価の仕組みづくりが欠かせません。従業員数が30名を超えるくらいの規模になると、どんなに優秀な経営者でも、すべての従業員の働きぶりを把握して個別に指導するのは不可能になってくるからです。
写真 小規模企業の人材マネジメントについて著した「なぜか女性が辞めない小さな会社の人事評価の仕組み」(日経BP社刊)
そこで、会社の人事評価の仕組みを見直し、従業員からみても納得できる公平なものにして働く人のモチベーションを高め、人材マネジメントの面から会社の成長をしっかりと支えようということになるのですが、このとき間違った考え方にとらわれている会社がたくさんあると警鐘を鳴らす人がいます。2017年10月に『なぜか女性が辞めない小さな会社の人事評価の仕組み』(写真)を上梓した日本人事経営研究室社長の山元浩二氏です。
この書籍を企画して山元氏に執筆をお願いしたのは、実は私です。今の部署に異動する前、中小企業のオーナー経営者向けの雑誌「日経トップリーダー」の編集部に在籍していたので、小さな会社の人材マネジメントに役立つ本を出したい気持ちがありました。
山元氏に執筆を依頼したのは、人事評価制度のコンサルタントの草分けのような人だからです。山元氏は10年以上かけて企業の人事制度を研究し、その成果をもとに2002年に現在の会社を設立。それ以来人事評価制度の改革に取り組む小さな会社を400社以上支援してきました。
人事評価を賃金に反映させる前に必要なこと
山元氏は本書で「人事評価制度をめぐる5つの誤解」を論じています。その1つが、「評価は賃金に結びつけなければならない」という誤解です。会社の発展につながる人事評価制度を導入する以上、ほとんどの人は人事評価と賃金を連動させるのは当然のことだと考えているでしょう。厚生労働省の「人事評価改善等助成金」でも、きちんとした人事評価制度を取り入れて、年功序列によらない賃金制度と結び付けることが求められています。
しかし山元氏が人事評価制度づくりを支援した会社では、評価を賃金に反映させるのは「トライアル評価」と呼ぶものを数回繰り返した後のことで、最初から賃金に反映することはしていないというのです。どんな会社でも新しい人事評価制度を導入した直後は、評価の判断にバラつきが出るからです。
評価する側の管理職、すなわち職場のリーダーがしっかりとした評価スキルを身につけないうちに人事評価を賃金に反映させると、評価者が異動しただけで評価結果がくるくる変わり、賃金が上下してしまいます。これでは社員がやる気を失うのも当然です。
同じ間違いを繰り返さないために
人事評価は働く人の心の機微にかかわる問題です。机上の空論で人事評価制度を設計するのはやはり危険です。そのもう1つの例が成果主義です。
今ではあまり聞かれなくなりましたが、1990年代には成果主義が流行しました。それ以前の人事評価は、仕事の知識や経験に基いて社員の能力を評価する能力主義的なものが一般的でしたが、90年代の成果主義は仕事の結果を数字で評価して賃金や昇進に大きな差をつけるものでした。
「会社の業績に貢献した人には大きく報いたい」というところまでは良いのですが、成果主義は賃金や昇進のインセンティブを強く働かせすぎてしまうきらいがありました。薬の副作用が強すぎるようなもので、従業員が「結果がすべて」のように行動してしまう弊害が出てしまいがちなのです。
人事評価をめぐる間違った考え方があたかも「人事制度の常識」のように世間で受け入れられているのを、山元氏は長年つぶさに観察してきました。人事評価制度の見直しを考えている経営者のみなさまには、同じ間違いを繰り返さないために、本書をぜひご一読いただければ幸いです。
日経BP総研 中小企業経営研究所
加古川 群司