少子高齢化が進み、多くの企業が人材不足に悩まされています。企業は普通の採用活動をしていても、人が採用できない時代。そこで、日経BP総研 中小企業経営研究所では、客員研究員の村尾隆介氏の監修の下、「すごい採用プロジェクト(以下、すごサイ) 」を発足しました。2年の試験実施期間中に、「すごサイ」で採用活動をした企業は、大きな成果を上げています。どのような取り組みをして、どのような成果が生まれたのか、中小企業のブランド戦略を手掛ける村尾隆介客員研究員(写真1)のインタビューを通してご紹介します。
村尾さんは、中小企業のブランドづくりに力を入れています。改めて「採用ブランディング」とは何か、ご紹介ください。
写真1 村尾 隆介(むらお・りゅうすけ)氏
小さな会社のブランド戦略を手掛けるコンサルタント。スターブランド社の共同経営者・フロントマン。14歳で単身渡米し、ネバダ州立大学教養学部政治学科を卒業後、本田技研に入社。退社後、食品の輸入販売ビジネスで起業。事業売却を経て現職。その成功ノウハウを、小さな会社やお店に提供している。日本に中小企業のブランディングブームを起こした第一人者。『今より高く売る!小さな会社のブランドづくり』(日経BP)など著書多数。中小企業経営研究所・客員研究員として、すごサイ(すごい採用プロジェクト)を監修。 主査 奥田順子氏
村尾 ブランド力を高めることは、「ブランディング」や「ブランド戦略」、「ブランドづくり」など、いろいろな表現があります。ビジネスの現場で「ブランド」という言葉を聞いたときに、頭に思い描くイメージは、人によってさまざまですよね。ある人は会社全体のブランドのことを思い浮かべるかもしれないし、ある人は商品やサービスのことだと考えるかもしれません。価格を下げずに価値を上げていくことだと考える人もいるでしょう。
ただ、採用活動においてのブランディングと言った場合には、学生や転職者に対して、より魅力的な会社に映るようにすること、これに尽きます。商品やサービスではなく、あくまでも会社全体の見せ方です。ありのままを見せたら、正直まずい会社もたくさんあります。そこを、整えていくのが「採用ブランディング」なのです。とはいえ、あまりに現状とかけ離れた華やかな見せ方をしてしまうと、入社した後の離職につながりますので、そのさじ加減が難しいところです。
本当の姿を見せつつ、整える技があるということですね。
村尾 学生が見たい部分がどこなのか、という視点が大切です。学生を市場と捉えたときに、プロダクトアウトではなく、マーケットインの考え方をするということです。例えば、学生が見たいと思っているのは、社員がお昼ご飯をどんなところで食べているか。そのため、会議室はさておき、皆が休憩する場所やお昼ご飯を食べる場所はきちんと整えておいた方がいいのです。
また、繁忙期がどれくらい忙しいかも気になっています。通常スケジュールの1日の仕事は、ホームページやパンフレットでどこの会社もよく見せています。ただ、繁忙期がどれくらい忙しいかは、入社するまで分からないことが多い。ここのギャップがあると、早期離職につながります。そのため、繁忙期の1日の動きや、会社がどんな雰囲気になるのかを伝えることは非常に大事で、これが1年から3年といった短いスパンで新卒社員を辞めさせない1つのポイントになります。
社食はきれいに整える、一方で、繁忙期は飾らずにありのままを見せる。この、よく見せる部分とありのままを見せる部分の見極めが大切です。
プレゼンで「かっこいい社会人」を演出
村尾さんに監修いただいた「すごサイ」の取り組みの第一歩は、採用のためのチームづくりでした。
村尾 会社の各部署から1年間会社の採用を担当するメンバーを選出してもらいます。5~7人の採用チーム「リクルートチーム」にするのが適切です。各部署の入社1年~5年目の若手社員を中心に構成、そこにこのチームをまとめる30~40代の中堅社員にリーダーとして入ってもらいます。リーダーは人事の責任者でかまいません。ただし、リーダーは社長との窓口役も担います。
一つ、気を付けてほしいのが、男女のバランスです。男性だけで構成すると女性が応募しづらくなりますし、先進的な会社だと見られるためにも、女性がチームに加わることは重要です。
リクルートチームの具体的な採用活動についても、紹介してもらっていいですか。
村尾 リクルートチームは主に、就職説明会や就職セミナーでのプレゼンテーションを担当します。会社全体についてはリーダーが説明し、各部署のメンバーが、それぞれ自分の仕事を説明します。このプレゼンによって会社の見せ方が大きく変わってきます。「すごサイ」では、PowerPointの資料の作り方や演出の仕方について学んでもらいます。
ちなみに、こちらからは何も言わず、自分たちの仕事を5分間で説明してもらうと、たいてい皆さん、最初は時間をオーバーしてしまいます。なぜ5分で説明しなければならないかといえば、就職活動セミナーなどで各社に与えられる時間は15分程度の場合が多く、会社全体の説明と各部署の話をすることを考えると、1人の持ち時間は5分くらいに設定しておくと収まりがいいんです。
「すごサイ」では、プレゼンの方法などをテキストに従って自ら学んでもらいますが、学習を終えた時点で、皆さんに集まっていただき発表会を実施します。この場で、村尾さんから参加者にアドバイスをしてもらいます。そこではどこに重点を置かれていますか。
写真2 採用プレゼンの良しあしを評価する採点シート。これによってプレゼンの改善点が見つかる。
村尾 手の動きや足の動きなど、細かいところから全て見ていきます。参加者皆さんにも見てもらいます。良かった点、悪かった点、話の入り方、終わり方など、見てもらうすべての方々に10項目ほどの採点シートを付けてもらいます(写真2)。この採点を参考に、改めて練習をしてもらえば、練習を繰り返すたびに点数はどんどん上がっていくはずです。
発表の際には、質疑応答の時間も設けます。採用現場の臨場感を出すために、聞いている参加者には、学生になりきってもらい、「〇〇大学〇〇学部の〇〇です。御社は残業がありますか?」などと大真面目に質問してもらいます。プレゼンは練習すれば完璧になりますが、質疑応答は何を聞かれるか分かりません。そのため、瞬時に判断し、冷静に回答できるように練習します。
これだけ厳しい練習をすれば、本番は簡単です。社長や役員に話すより、学生に向けて話すほうがはるかに簡単ですから。
200人強の規模で約20人の新卒社員を採用
写真3 中小企業でも堅い業界でも、「すごサイ」で学んだ社員は採用活動の際、かっこいい社会人として、学生にアピールできるようになる。写真は、タカヤのプレゼン風景。
「すごサイ」では、プログラム創出のための試験実施期間中に、実際に成果を出した会社がありました。
村尾 岩手県盛岡市にあるタカヤさんという建築会社は従業員規模で200人強の会社ですが、リクルートチームを形成しプレゼンを強化したことで、2017年度に17人の日本人と2人の外国人を採用できました。建築会社なので、土木部門の社員などは普段、現場監督をしています。はじめはPowerPointを見たことも触ったこともないという状態でした。ですが、3~4カ月ぐらい一生懸命練習を繰り返すことで、皆さん大変成長しました。
また、このリクルートチームのプレゼン力向上が、結果的に会社全体の能力向上に貢献しています。彼らが現場に戻ったときに、営業は営業力が上がり、現場監督もコミュニケーション力が上がっています。毎年メンバーを入れ替えるようにしていますので、プレゼンの上手な社員がどんどん会社に増えていくことになります。これは確実に本業にもプラスになっています。
就職説明会などで上手にプレゼンすることが採用に結び付く理由を、学生視点でどのように分析されていますか。
村尾 説明会で、入るつもりはなかったけれど、時間が余ったのでたまたまそのブースに寄ってみたという学生が、自分たちより少しだけ先輩の社員たちが、かっこ良くプレゼンするのを見て、「わ、すごいな!この会社」と言ってエントリーシートを出すことはよくあるんです。もしくは、他の会社から既に内定を受けているけれど、友だちの付き合いで来てみたら、すごくかっこ良かったので、内定を蹴って入社を決めたという学生も多いですよ。
学生は、実はやりたいことや入りたい業界が明確に決まっているわけではなく、「かっこいい社会人像」を見せることで、気持ちが変わることも多いということなんです。
話が戻るようですが、中小企業では本業が忙しい中、リクルートチームのメンバーに参加してもらうのは簡単ではありませんでしたね。
村尾 そうですね。はじめは皆さん嫌がります。「こんな忙しいのに、残業代は出るの?」という話にもなります。そこで最初に皆さんには「これは、会社の未来を創る仕事です。本業が忙しいのも分かる。でも、もっと大事なのがこの採用の仕事なんです。どれだけいい商品やサービスを売っても、人がいなくなったら会社の将来はたちまち行き詰まる。未来の後輩を入れる仕事に、誇りを持ってもらいたいし、喜ぶべきだと思ってほしい」と伝えています。
タカヤさんでは今、リクルートチームを卒業するメンバーが、次の年の新しいメンバーにビデオメッセージを送っています。「去年、チームに参加したとき最初は嫌だなと思ったけど、1年間でこんなに貴重な経験をしました」というメッセージが送られます。先輩から後輩へ、タスキが渡されるのです。これはかなり感動的です。押し付けられて採用活動をしてもいい成果は生まれません。確かに最初は難しいかもしれません。なので、採用は会社の中で偉大な仕事なのだ、という意識付けを数年かけてやっていくことが大事です。
日経BP総研 中小企業経営研究所
田中 淳一郎