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第7回 日本と中国の架け橋・JALのマーケティング戦略〈前編〉 知られざる中国インバウンドの主役 バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費 第7回 日本と中国の架け橋・JALのマーケティング戦略〈前編〉 知られざる中国インバウンドの主役 バーリンホウ(八〇後)のニューリッチ消費

訪日インバウンドと訪中アウトバウンド、その双方のお客さんを日夜運んでいるのが、日本航空(JAL)です。中国からのインバウンドはどのように変わったのか、迎える日本人はどのように対応すべきか、また中国の人に喜ばれる“おもてなし”とは何か。JAL中国地区総代表として北京に駐在する米澤章氏に、「八〇後」以降の若い中国人に向けたマーケティング戦略のキモを伺いました。今回から2回に分けてお送りします。

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訪日中国人は個人旅行が団体を超えた

: “爆買い”が終わったといわれる訪日インバウンドですが、日本と中国の架け橋となっているJALが、中国の、とりわけ「八〇後」世代に対してどのようなマーケティングを行っているのか、日本の自治体や企業担当者は興味を持っていると思います。訪日インバウンドの新しいトレンドを、JALはどのように実感されているのでしょうか。

米澤: まず日中両国の相互交流をみてみますと、2015年に初めて訪日中国人が訪中日本人の数を上回りました。そしてそれからわずか2年後の17年は、訪日中国人の数が訪中日本人の3倍になっています。これは驚異的な伸びと言ってもいいでしょう。我々JALは中国の航空会社よりも日本人比率が高くなっていますが、それでも16年に中国人のお客さまの比率が上回りました。今のお客さまの比率は日本人45%、中国人55%となっています。

: 中国からの訪日客はもともと団体旅行から始まっていますが、現在、団体と個人旅行(FIT)の比率はどれくらいなのでしょうか。

米澤: JALをご利用の中国人旅客を見ると、大部分が個人旅行となっており、団体旅行の方は10%程度です。個人旅行が増えた要因は、09年以降個人観光ビザが緩和されたことが第一に挙げられます。09年当時私は上海支店長でしたが、上海から日本に個人観光客を乗せた第一便を見送ったときには、新しい時代の到来を感じました。その後、沖縄県・東北六県の数次ビザが発給されるようになったこと、中国のオンライン旅行会社が発展したこと等が、個人旅行の増加を強く後押ししました。

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JAL中国地区総代表として北京に駐在する米澤章氏

:私が初めてお会いした時は、上海支店長でしたね。

米澤: 上海支店長を務めたのは2008~10年で、当時も発展著しい上海でしたが、この10年間の中国の発展も目覚ましく、久しぶりに上海に来たら別の国のようでビックリしましたことを覚えています。特に大きく驚いたのは3つです。

①外灘を久しぶりに訪れたら、10年前は浦東の空に聳え立っていた上海環球金融(森ビル)が、随分と低くなってました(笑)。周りにもっと高いビルが建っていたのです。これほど短期間で街並みが大きく変わるのは日本では考えられませんね。

②次に外灘のレストランで食事をして、現金で払おうとしたら嫌な顔をされました(笑)。今では、中国は現金をほとんど持たない、電子決済が世界で一番進んだ国となりました。

③最後は街を歩く人の服装がとてもおしゃれになりました。最近は東京にも負けないと感じます。通りを歩いても、マンションの窓から干してある下着がおしゃれになったと思います(笑)。

効果の大きいSNSマーケティング

袁: JALの訪日インバウンドの主力ターゲットはずばり「八〇後」なのですか。

米澤: はい、「八〇後」、そして「九〇後」ですね。この世代の訪日増加は間違いなくSNSの影響でしょう。訪日した方がSNSで発信することで、同世代の方も日本に興味を持ってくれます。最近の特徴としては、5回、10回とリピートした方が増えていることです。「大都市から地方へ」、「モノからコトへ」という中国人観光客の流れは、この訪日リピーターが牽引しています。

袁: 興味深いですね。ところで、「八〇後」に代表される富裕層の訪日スタイルに変化は見られるのでしょうか。いまおっしゃったリピーターもその一つなのでしょう。

米澤: 「八〇後」の富裕層・中間層の訪日個人旅行には、大きく分けて三つのスタイルがあります。一つは親御さんを連れてくる家族旅行、二つめは自分のお子さんを連れてくる家族旅行、そして三つ目が一人旅です。最近出た統計を見ると、10回以上リピートしている中国人の数が増えており、その多くは一人旅だということです。一人旅においては、SNSで発信したいというのが大きな動機で、彼らは他人が未だSNSで発信していないものを見つけるために、日本の隅々まで研究しています。

袁: JALとしては、「八〇後」世代をターゲットとしたSNSのマーケティング対策をどう考えているのでしょう。

米澤: 我々としては、JALをご利用いただいた方がSNSで発信したくなるような仕組みを研究しています。例えば昨年、中国で人気のドラえもんを機体にペイントした航空機を飛ばしました。中国では機体ペイントが珍しいこともあり、きっと話題になるだろうと期待しましたが、多くの皆さんが空港で写真を撮りSNSで大量に発信されました。他社をご利用の方もたくさん発信していただいたので、そこは我々の期待以上でした(笑)。

袁: ドラえもんは、先ほどの三つの個人旅行スタイルでいうと、やはりお子さんを連れてくる「八〇後」をターゲットにしたものでしょうね。

米澤: もちろんそうです。そもそも現在の個人旅行では、お子さまを連れてくる「八〇後」が最大のターゲットといっても過言ではないでしょう。

押し付けでない“日本的”サービスが大切

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袁: 中国ではブロガーなどKOL(Key Opinion Leader)の存在も重要だと思います。この点での対策はされていますか。

米澤: はい。KOLにJALを体験してもらい、発信してもらう。これはとても大切なことです。但し、リピーターが増えている現状では一般的な情報では満足してくれません。日本に詳しい「在日中国人のKOL」にディープな日本情報を発信してもらうなどの工夫が必要です。
また、KOLファンの目が肥えてきたのも最近の特徴です。例えば、JALの機内食をPRするために「客室乗務員の訓練」をKOLに実際に体験してもらうなどの工夫が必要です。そしてKOLの方が「機内食を美味しく出すためにこんなに工夫をしていたんだ」と理解して初めて、KOLファンにも納得してもらえるのです。

袁: 実際の体験ですか。それはフレッシュな試みですね。機内食といえば、JALの機内食は中国人にも評判がいいと伺いました。

米澤: 中国の方は、とくに機内食を重視されます。JALは機内食で味にこだわるのはもちろんのことですが、更にSNS映えのする見た目を意識して提供するようにしています。中国の方の好む盛り付けを研究したり、中国語入りのメニューカードを携帯で写しやすいサイズにするなどです。

袁: JALのデザートも好評ですね。逆に、中国人向けの機内食で失敗した経験もあるのですか。

米澤: それは、過去にいろいろとあります(笑)。例えば、中華料理を提供したことがあるのですが、これは大失敗でしたね。特にリピーターの方がJALに求めているのは“日本らしさ”ですから、我々の強みをしっかりと活かさなければなりません。一方、逆に“日本過ぎる”ものでも失敗しました。日本らしさを追求して「郷土料理」を提供したことがあるのですが、中国の方が今まで見たことがなかった食材を使ったところ、お叱りを受けたことがあります。日本的なものは求められているのですが、それが行き過ぎると失敗となります。中国の方の好みの変化は早いので、これからも常に研究していきます。

袁: そうですね。中国のみなさんにとっては、JALに乗った瞬間から日本に行った気分になっているはず。そこで触れるもの、機内食はもちろんギブアウェイなどもそうですが、それが日本を感じさせるものでなかったら、きっと残念に思うでしょう。JALが機内でのおもてなしやサービスでほかに実施していることはありますか。

米澤: いまJALには約200人の中国人CAがいますが、中国人CAに日本文化を徹底的に理解してもらっています。中国人CAの訓練期間の三ヶ月は日本に住んでもらい、その間に「茶道」の授業を入れるなどして、日本文化に対する理解を深めています。中国人CAが中国語を駆使して日本流のおもてなしを提供できる、それが大事なのです。中国人CAが中国流サービスをしてはいけません。これは先程袁さんが仰った「JALに乗ったらそこはもう日本」という考え方に通じるところだと思います。

袁: だからこそ、機内食で中国人に麻婆豆腐を出してはいけないと(笑)。

米澤: 絶対にダメです(笑)。中国人の文化をしっかり理解した上で、日本的なものを提供していく。そこが中国の方をおもてなすときの基本です。

 とはいえ、日本的なものの押し付けもいけません。中国人が好きなもの、嫌いでないものをきちんとセレクトして提供していくことが大切です。

(次回に続く)

袁 静(えん・せい)

株式会社行楽ジャパン代表取締役社長。『行楽』発行人。

北京第二外国語大学、早稲田大学大学院修了後、日経BP社に勤務し、日本で10年を過ごす。中国に帰国後、北海道の魅力を多くの中国人に知ってもらおうと、2009年に『道中人』を創刊。2011年、北海道観光への貢献が認められ「VISIT北海道観光大使 」に任命。2011年、九州をテーマに『南国風』を創刊。2013年『道中人』と『南国風』を合併し、中国初の和風モダンをキーワードにするトラベルライフスタイル誌『行楽』を創刊。201311月に鹿児島県観光への貢献が認められ、「薩摩大使」に任命。北海道知事、鹿児島県知事、佐賀県知事など各都道府県知事をインタービューするなど、中国での日本の観光PRにて活躍し、日本との関係は深い。近書に『日本人は知らない中国セレブ消費』(日本経済新聞出版社刊)。

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