IT経営のIRを阻む課題に求められる対応 ――関連ガイドラインの認知や部門連携の不足が浮き彫りに――

2018.06.12

マーケティングリサーチ

  • 村中 敏彦

    ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント 村中 敏彦

経産省が2018年5月末に発表した「攻めのIT経営銘柄」の最新情報では、IT経営の浸透ぶりがうかがえた。その一方で、IR関連ガイドラインの周知不足や、社内関連部門同士の連携不足といったIT経営のIRを進めるための課題も浮き彫りになってきた。

企業のIT経営(ITを積極的に利活用した経営)とその情報発信を促進する取り組みの浸透ぶりが、経済産業省が東京証券取引所と共同で選定する「攻めのIT経営銘柄」の2018年5月30日の発表で確認された。

これまで筆者は、「IT経営のIR」(IT-IR)の動向を、このコラムの記事として3回にわたって解説している。本稿ではこの流れを受けて、2018年5月末時点の最新状況を概観する。前回の記事は、2017年6月の「IT経営のIRを促進する環境の整備進む」を参照していただきたい。

IT経営銘柄の応募企業は順調に増加

「攻めのIT経営銘柄」は2018年5月末発表分で4回目を迎え、応募企業数が順調に増加している(図1)。対象となる上場企業が約3500社ある中で、応募企業は初回から134%増加(2.34倍に増加)して491社となり、応募率は約14%に伸びた。2016年から2017年にかけては35社増だったが、2017年から2018年にかけては109社の増加と、伸びは加速している。

図1 「攻めのIT経営銘柄」に関連した企業数の増加
指標 2015年 2016年 2017年 2018年 2018年の2015年からの増加率
応募企業数 210 347 382 491 134%
銘柄選定企業数 18 26 31 32 78%
銘柄選定企業が属する業種数 18 20 23 22 22%
「IT経営注目企業」として選定された企業数 0 0 21 22 -
経産省が主導する「攻めのIT経営銘柄」は、2018年5月30日発表分で4回目を迎え、応募企業数など各種の指標で増加している。

加えて、「攻めのIT経営銘柄2018」の選定企業レポートでは、「銘柄選定企業は優れた企業」だとする分析結果を公表している。経産省の分析結果によると、銘柄選定企業とその他の企業において、13の指標で特に大きな差が見られた(図2)。選定企業では70%以上が11指標、80%以上が10指標、90%以上が9指標と大半を占める。これに対して、その他の企業では、30%以下が7指標と半数近くを占める。

両企業の差が73ポイントと最も大きい指標は、図2のNo13の指標「最新のデジタル技術の活用など、実験的なITのトライアル投資について、他の投資と異なる意思決定プロセスや判断基準がある」である。意味内容としてIT-IRと関係が強いのはNo1とNo2の指標と言える。No2の「経営トップのメッセージとして、企業価値向上のためのIT活用、特に最新のデジタル技術の活用等について発信している」では、選定企業が100%、その他の企業が35%、両者の差は65ポイントと最大で、両者の落差は極めて大きい。

図2 「攻めのIT経営銘柄2018」選定企業と、その他の企業において、特に大きな差が出た主な指標
銘柄を評価する5本柱 No 指標(応募企業が回答するアンケート調査の設問項目) 指標の該当率(%) ※70%以上はオレンジ、30%以下は青で着色
攻めのIT経営銘柄2018 その他の企業 両者の差(「銘柄」-「その他」)
Ⅰ 経営方針・経営計画における企業価値向上のためのIT活用 1 経営方針および経営計画(中期経営計画・統合報告書等)の中に企業価値向上のためのIT活用、特に最新のデジタル技術の活用に関する方針等を含めている 100% 40% 60%
2 経営トップのメッセージとして、企業価値向上のためのIT活用、特に最新のデジタル技術の活用等について発信している 100% 35% 65%
3 経営層(役員会等のメンバー)が「企業価値向上のためのIT活用」ミッションに関する責任者として任命されている 100% 49% 51%
Ⅱ 企業価値向上のための戦略的IT活用 4 IT予算のうち、企業価値向上のためのIT活用に予算の一定の金額(または比率)を確保するとともに、その予算を増やすための取組みを実施している 94% 25% 69%
5 「ビジネス革新(新規事業創造やビジネスモデルの革新)に本格的に着手、効果が出ている 88% 20% 68%
6 既存ビジネスの拡充やビジネス革新等のため、他者とのデータ連携やデータ取引を実施している 94% 33% 61%
Ⅲ 攻めのIT経営を推進するための体制および人材 7 最新のデジタル技術等、ITを活用した企業価値向上のための取組みを検討する、事業関係者・IT関係者が一体となった専門組織がある、もしくは部門横断の検討体制を整備 100% 35% 65%
8 企業価値向上のためのIT活用を支える人材として、どのような人材が必要か明確になっており人材が確保できている 63% 11% 52%
9 「企業価値向上のためのIT活用」を推進する人材を評価する全社的な仕組みがある 69% 13% 56%
Ⅳ 攻めのIT経営を支える基盤的取組 10 経営層が情報セキュリティリスクを重視、役員レベルでの責任者を設置しリソースを確保している 100% 52% 48%
11 情報システムが経営・事業戦略上の足かせとならないように、計画的にシステムの確認・見直しを実施し、抜本的な刷新などシステムの柔軟性や俊敏性を向上させる対策を実施 97% 27% 70%
12 既存のITおよびデータが、新たに導入する最新デジタル技術とスムーズかつ短期間に連携できるとともに、既存データを活用できるようなアーキテクチャーとなっている 75% 16% 59%
Ⅴ 企業価値向上のためのIT投資評価および改善のための取組 13 最新のデジタル技術の活用など、実験的なITのトライアル投資について、他の投資と異なる意思決定プロセスや判断基準がある 94% 21% 73%
経産省が公表した「攻めのIT経営アンケート調査2018 分析結果」を要約した。

IR関連ガイドラインの認知の底上げが必要

このように「攻めのIT経営」が一段と浸透してきたのに対して、IT経営のIRに関する取り組みは、まだ活発とは言いがたい。これは、5月末の発表会でのやりとりと、前年の「攻めのIT経営銘柄2017」に応募した企業向けのアンケート調査結果から判断できる。

5月末の発表会の中で、攻めのIT経営委員会委員長を務める、一橋大学(CFO教育研究センター長 大学院経営管理研究科特任教授)の伊藤邦雄氏(基調講演者、パネル討論司会者、図3の左端)は、講演の中で、来場者に2つの問いを投げかけ、挙手を求めた。

図3 「攻めのIT経営銘柄2017」発表会のパネル討論の司会を務めた伊藤邦雄教授

図3 「攻めのIT経営銘柄2017」発表会のパネル討論の司会を務めた伊藤邦雄教授

パネル討論で司会を務めた「攻めのIT経営委員会」委員長の伊藤邦雄氏(写真の左端)は、2018年の銘柄に選定された先進企業や委員とともに、攻めのIT経営の実現手法や留意点について討議した。

1つめの問いは、経産省が2017年5月29日に発表した「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス - ESG・非財務情報と無形資産投資 -」(略称は「価値協創ガイダンス」)の全体像のチャートをスクリーンに投影しての認知の有無(この全体像については、2017年6月の「IT経営のIRを促進する環境の整備進む」の記事の図2を参照していただきたい)、2つめの問いは経産省が2017年10月26日に発表した「伊藤レポート2.0 持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資) 研究会報告書」の表紙をスクリーンに投影しての認知の有無である。

1つめの問いにおける会場来場者での認知者はごくわずかであったのに対して、2つめの問いにおける認知者は半数を超える水準だった。伊藤教授は来場者のこの反応を見て、「価値協創ガイダンスがまだまだ知られていないのは残念だ。IT・ソフトウェア投資について投資家と対話していくべきことを示したものだ。伊藤レポート2.0を知っているのに、価値協創ガイダンスを知らないというのは、おかしいなぁ」とコメントした。種明かしをすると、この2つめの問いで表紙を提示した「伊藤レポート2.0」には、1つめの問いで示した「価値協創ガイダンス」)の全体像のチャートが掲載されており、後者を理解しているならば前者を認知しているはずである。

「伊藤レポート2.0」という報告書のタイトルを知っていて表紙を見たことがある人の多くが、IR関連ガイドラインとも言える「価値協創ガイダンス」までは知らない、というのが実状であったと推測される。攻めのIT経営をさらに進化させるためには、IR関連ガイドラインの認知を広げ、IT経営について投資家と対話する必要があることの認知を底上げする必要があるだろう。

IR担当と情報システム担当の連携が不足

IT経営のIRに関する取り組みは、まだ活発とは言いがたいエビデンスの2つめとしては、前年の「攻めのIT経営銘柄2017」に応募した企業向けのアンケート調査結果を挙げることができる。

「攻めのIT経営銘柄」の応募に際しては、IR担当と情報システム担当の連携が重要と考えられる。しかしながら、両者が情報交換する機会は「ほとんどない」が43.3%と最多で、「応募の時に軽く」の22.3%と合わせると約3分の2は情報交換の機会が乏しい。

図4 IR担当と情報システム担当の情報交換機会
図4 IR担当と情報システム担当の情報交換機会
「攻めのIT経営銘柄2017」に応募して社名が公表された企業約360社のIR担当と情報システム担当に向けて2017年7~8月に実施した調査の結果。有効回収数は157件。調査主体は株式会社プロネクサスと日経BPコンサルティング。

この同じ調査の中で、「新規の作成」を検討したい情報コンテンツとしては、「IT経営の取り組み」が29.9%と最多、「内容の強化」を検討したい情報コンテンツとしては「中期経営計画」「コーポレートガバナンス」「CSRへの取り組み」という4割台の3項目に次ぐ4位にあった。この背景には、グラフで示していないが、「現在社外に発信している情報」として、「IT経営への取り組み」が14.6%と、図5と同じ6項目の最下位にとどまっていることがある。「IT経営への取り組み」の情報発信は、現状は低水準で、今後検討したい項目という位置づけである。

図5 「新規の作成」および「内容の強化」を検討したい情報コンテンツ
図5 「新規の作成」および「内容の強化」を検討したい情報コンテンツ
調査概要は図4と同じ。

では、IT経営についてIRサイトに公開する時期はいつなのだろうか。「公開するかどうか分からない」が43.3%で最多、「公開する時期は全く分からない」が31.2%とこれに次ぎ、「2020年まで」という回答は12.7%にとどまった。伊藤教授は「IT経営が企業価値向上に向けてどのように寄与するのか、そのストーリーを投資家に示す必要があるにもかからず、IRサイトに掲載する意欲が乏しいのは問題だ。もっと増やしていきたい」という。

IT経営のIRはIT経営に欠かせず、IT経営の適切な情報発信の実施は、攻めのIT経営銘柄の評価基準でもある。IR関連ガイドラインの認知の底上げ、IR部門と情報システム部門の連携の強化を通じて、IT経営のIRが進化することを期待したい。

図6 IT経営についてIRサイトに公開する時期
図6 IT経営についてIRサイトに公開する時期
調査概要は図4と同じ。
村中 敏彦

ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント村中 敏彦

1985年に京都大学法学部を卒業後、大手コンピュータ・メーカーでIT製品・ソリューションの提案や導入を担当するSE(システム・エンジニア)職に従事、大手化学メーカーの業務改革推進部門で事業システムの企画や全社業革事務局を担当。1992年に日経BP社に入社。「日経コンピュータ」などIT媒体の編集記者、新規媒体・事業開発、マーケティング調査を担当。同社コンサルティング局の分社独立に伴い、2002年に出向し、現在に至る。ICT/BtoB企業を主要クライアントとして、ICT/BtoB分野の記事やレポートの作成、顧客ニーズの分析やマーケティング戦略立案の支援を行う。

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