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商談は誰とすればよいか ビジネスインサイトを発掘して事業に活用しよう(2)

BtoB事業者にとって「商談を誰とすればよいか?」は大きな関心事だ。法人顧客の購買・選定者に関するビジネスインサイトを、デプスインタビューやアンケートで発掘してみると、事業者の想定と食い違うことも多い。(1)主たる選定者、(2)稟議への関与者、(3)稟議プロセス、(4)キーパーソンの前職といったトピックについて、ITソリューションというBtoB商材で、ビジネスインサイトを発掘した事例を紹介することで、事業者にありがちな「誤解」を解いてみよう。

調査/分析 BtoB インサイト

 「ビジネスインサイトを発掘して事業に活用しよう」という連載記事の初回として、「(1)企業が動くホットボタン ビジネスインサイトに注目」では、「BtoB事業者がビジネスに活用することを念頭に置いて、対象者の本音を言語化し、知見として共有化したもの」を「ビジネスインサイト」と呼んで、その発掘と活用を推奨した。この第2回以降の記事では、BtoB事業者の関心事からビジネスインサイトを発掘した具体例を紹介する。

BtoB事業者の想定はビジネスインサイトによって覆される

 BtoB事業者にありがちな想定は、実際にビジネスインサイトを発掘してみると、覆され、訂正を余儀なくされることが多い。ありがちな想定はなぜ生まれるのか。それは、事業者のマーケティング/販売責任者(幹部)が法人顧客の声を傾聴できていないためである。その要因は4つに大別できる。

 要因の1つ目は、事業者と顧客が直接対話できていないことにある。製品やソリューションの開発・販売元の事業者が、代理店などの販売チャネルを通じて間接販売している場合、最終顧客と対話するのは代理店の担当者になる。代理店の担当者は、自社(代理店)の利害を考慮して、顧客の声を大元の事業者に伝えるバイアスがかかる。

 同様の事態が、幹部と担当者との間に生じることが2つ目の要因である。担当者は、自分(の所属チーム)の利害を考慮して、顧客の声を幹部に報告する。これは大元の事業者でも代理店でも起きることだ。代理店が介在する顧客でクレームが発生した場合、大元の事業者が支援しようとしても、代理店側は「自ら解決できる」と考えて、支援を断ることもある。

専門性を備えた中立的な第三者がビジネスインサイトを発掘する

 顧客の声が事業者に届かない第3の要因は、事業者と顧客が直接対話する機会があっても、顧客が自らの本音を事業者に開示しない傾向があることだ。「面と向かって、直接、不満点を口に出すのは、はばかられる」という意識が、本音の吐露を妨げる。トラブル発生時に顧客が苦情を伝えるような場面では、感情的で極端な反応が出て、普段感じている冷静な要望が届きにくい。一方で、「特定の事業者に対してだけ、社内事情を告白するのは、事業者を競争させるうえで良くない」と顧客が考えることもある。

 第4の要因は、顧客が自らの考えを整理して開示するスキルや経験が不足していることがある。顧客はたいていの場合、自身が意思決定に関与する案件について、経緯や結論を社内用語で説明することはできる。しかし、その個々の案件を相互に関連づけて、総合的・客観的に、社外の人に分かりやすく説明する機会は乏しいのが実状だ。

 そこで、BtoB事業者が法人顧客の声を傾聴できないという問題の解決策として、該当する商材や業界に関する専門性や傾聴のスキルを備えた中立的な第三者(調査・コンサルティング事業者など)に委託する方法がある。第三者の中立性、専門性やスキルを活かして、顧客の声を傾聴し、ビジネスインサイトの発掘につなげるのだ。

デプスインタビューとアンケートを組み合わせる

 BtoB事業者の大きな関心事として、
(1)商談は誰とすればよいか?
(2)顧客が自社の商材に注目するきっかけをどう作ればよいか?
(3)売り込み中/提案中の案件を成約させる決め手は何か?
の3点を挙げることができる。この3点は、筆者がBtoB事業者から、よく相談を受けるテーマである。

 この記事では、関心事の1つめのテーマ「BtoB事業者にとっての商談の相手」、つまり法人顧客側の「購買・選定者」に関するビジネスインサイトについて、筆者の経験を基に解説する。

 法人顧客の購買・選定者に関するBtoB事業者の主な関心として、(1)主たる選定者の所属部門や役職、(2)稟議への関与者、(3)稟議プロセス、の3つのトピックがある。さらに、BtoB事業者の関心は薄いが、デプスインタビューを数多く実施することで見えてきた重要トピックとして、(4)キーパーソンの前職を取り上げる(図1)。

図1「購買・選定者に関するビジネスインサイト」の発掘のあり方


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 購買・選定者に関するビジネスインサイトを発掘する手法は、デプスインタビューとアンケートに大別できる。デプスインタビューとは、対象者とインタビュアが1対1で面談し、対象者自身や所属する勤務先の実態を深く掘り下げて傾聴する調査手法である。ビジネスインサイトの発掘には、デプスインタビューが、より適している。アンケートは、デプスインタビューの質問項目を考えたり、デプスインタビューの際に対象者に提示する素材を作成したりするために活用できる。

BtoB事業者は、購買・選定者に関する想定を、デプスインタビューやアンケートで発掘したビジネスインサイトを踏まえて見直すことで、商談の相手を見極めることができる。

組織図を提示することで、想起内容を充実させる

 購買・選定者というテーマでは、インタビュー対象者に組織図を提示して、想起してもらうのが分かりやすい。この組織図には2種類ある。1つは対象者の勤務先の組織図。その詳しさは企業により異なるがWebサイトで公表されている場合がある。組織図は非公表でも、役員の所管部門・担務が公表されていることもある。これらを対象者に提示することで、対象者の勤務先に固有の部門名を用いてインタビューが可能となる。対象者に依頼できる関係にあれば、対象者自身に組織図を用意してもらうこともできよう。

 もう1つの組織図は、該当する商材の購買・選定に関連しそうな部門名(関連会社を含む)を描いた模式的な概念図である。インタビュアがそれを準備し提示することで、概念図と比べて同じ点、違う点を明確にできる。例えば、「概念図では経営企画室と情報システム部は別々の組織だが、当社は経営企画室のもとに、グループ経営部、情報システム部、新規事業開発部などあり、経営企画室長と情報システム部長は同じ役員が兼務している」と聴取する、といった具合だ。アンケート調査で、購買・選定に関与する部門をすべて回答してもらっておけば、それに基づいたやりとりが可能だ。

 購買・選定の具体例を想起してもらうには、対象者が関与した直近の案件や、金額の大きな案件を取り上げることが多い。一方で、例えば、事業者と勤務先の役員同士が交流していたなどの事情による、通常と異なるユニークな案件も参考になる。そうした案件について、所属部門や関連部門のキーパーソンの発言・行動の特徴や役割分担について聴取する。稟議書類の項目や閲覧ルート、委員会や審議会の役割、頻度、メンバーなども聴取する価値がある。対象者のキャラクター次第では、「実はどうなんですか?」とか、「委員会のあの場面での本音を、吹き出しに書くとすると、どうですか?」とか、実態に肉薄していく。

ITソリューションを題材として汎用性の高い経験則を提示   

 少し横道にそれるが、BtoCマーケティング経験者からは「グループインタビュー」を実施したいという打診をしばしば受ける。これは、複数名の参加者(5人程度)を会場に集めて、司会進行役が質問し、討議する座談会形式の調査手法である。しかし、BtoB事業では商材にもよるが、グループインタビューが適さないと、断念していただくことも多い。

 この理由として、(1)所属企業や参加意図が不明確な人がいる場では勤務先の実態の開示にブレーキをかける、(2)稟議に関与する多くの登場人物の関係を参加者が正確に理解して討議するのが難しい、(3)適任の候補者がそもそも少ないため複数名を同時に招集することが難しい、といったBtoBならではの事情があるためだ。

 筆者がビジネスインサイトの発掘を手掛けているBtoB商材は、多様なITソリューション(基幹系システム、セキュリティ、クラウド、データセンター、管理ツール、情報共有ツール、サーバー、SI業務全般など)、産業機械、建築資材などがある。このうち、個別案件の固有性にとらわれず、汎用性の高い経験則として提示できる商材として、実施例の多いITソリューションを題材として、ビジネスインサイトの発掘事例を紹介したい(図2)。ただし、ITソリューションでも、例えば、基幹系システムとクラウドでは、当然ながら、異なる点がある。個別の商材ごとの特殊性(投資規模、競合環境、商品のライフサイクルなど)によって、ビジネスインサイトが変わる部分がある点には、留意していただきたい。

図2「購買・選定者に関するビジネスインサイト」を、ITソリューション領域で発掘した事例


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BtoB事業者の購買・選定者に関する想定と、ビジネスインサイトとの食い違いを、
(1)主たる選定者、(2)稟議への関与者、(3)稟議プロセス、(4)キーパーソンの前職という4つのトピックについてまとめた。

購買・選定者は米国市場と日本市場では異なる

 「購買・選定者」に関する1つ目のトピックである「主たる選定者の所属部門や役職」として、BtoB事業者は「役員の指示のもと、部門長が起案し、経営陣が承認する」と想定しがちだ。外資系BtoB事業者のマーケター(特にBtoC事業者からの転職者)は、親会社が把握している米国BtoB市場での購買・選定状況をなぞらえて、そう思う傾向があるようだ。広告会社のマーケターも、依頼主のBtoB事業者のオリエンテーションをそのまま受け止める人もいる。

 しかし、発掘されたビジネスインサイトは、次のようなものである。米国市場と異なる点も多い。

CIO(情報システム統括役員)は、専門性の高い事項については情報システム部門の見解を追認している。特に、CIOが総務・経理など幅広い業務を管掌し、情報システムに疎い場合は、この傾向が強い。

情報システム部長は、企画チームや管理チームのリーダー(係長・主任クラス)に選定案を作成させ、理解したうえで承認する。実質的に発注先を決めているのは、30~40歳代の係長・主任クラスである。

新規事業開発やマーケティング情報分析に必要な製品の選定は、業務部門(データ利用部門など)が主導し、情報システム部門の関与が弱い。

稟議プロセスは規定通りに運用されていない

 次に「稟議への関与者」や「稟議プロセス」に関するBtoB事業者のありがちな想定はこうだ。「1000万円以上の投資案件の起案者、一次承認者、最終承認者はそれぞれ次の通りとする」などといった規定に沿って、起案した情報システム部門のほかに、投資規模に応じて、購買部門や経営企画部門が稟議に関与する」といった想定だ。

 これに対して、「稟議への関与者」に関して、発掘されたビジネスインサイトは、次のようなものである。

ITソリューションの選定に、購買部門は関与しない。購買に要する専門性が高く、購買する金額の規模が大きいため、専門部門として情報システム部門が位置づけられている。

経営企画部門が情報システム部門と融合して「情報企画部門」や「経営企画室情報システム部」となっている場合はその融合部門が重要な役割を果たしている。次長・課長や主任・係長クラスが「経営企画室兼情報システム部」と兼務の場合はその兼務者が稟議で重要な役割を果たしている。

委員会や審議会で検討する場合、同じ部門の委員でも、交代すれば、その専門知識の深さや個性により発言権が変わる。

 同様に、「稟議プロセス」に関して、発掘されたビジネスインサイトは、次のようなものである。

投資の決裁は、稟議規定の通りに杓子定規に運用されているわけでは必ずしもない。

起案者と承認者の間では、稟議書を回す前に、「この件はこう進めよう」と共通のシナリオで合意しておく。稟議関係者の各人の性格や人間関係の濃密さで、進め方が変わる。

最終承認者の役職が高い場合(例:社長)は、シナリオの事前合意が難しい。事前に観測気球を上げ、合意形成に向けた地ならしをしておくことで、承認のハードルを下げる。

 稟議への関与者や稟議プロセスは、「規定されたルールという表(おもて)の面」と、「実はこうなっている裏の面」の食い違いが、法人顧客ごと、商材ごとに異なり、インタビューの数を増やすほど、バリエーションが増えると、筆者は感じている。

「キーパーソンの前職」はBtoB事業者が気にすべき盲点

 「購買・選定者」に関する4つ目のトピックとして、「キーパーソンの前職」を挙げておきたい。BtoB事業者は、このトピックに組織的に強い関心をもっていないようだ。顧客のキーパーソンが異動してきた直後に、事業者の営業担当者が把握した場合でも、その営業担当者が交代すれば引き継ぎがきちんと行われない。

 しかし、この「キーパーソンの前職」は、購買・選定プロセスに関わる重要なトピックであることが、多くのデプスインタビューを通じて見えてきた。このビジネスインサイトは次のようなものである。

キーパーソンの意思決定スタイル(例:関係者の隅々までの合意形成を重視)には、直近の所属部門や役割だけでなく、最初に配属された部門、長年在籍した部門で求められた役割が影響している。

経営/ITコンサルティング会社や販売事業者から、顧客企業のCIOや情報システム部長、ITキーパーソンに転職した場合、その意思決定には、前職での業務(例:業種特性、担当する 顧客の特性、成功・失敗体験)が影響している。

 商談は誰とすればよいか――。ビジネスインサイトを発掘・活用することで、BtoB企業の商談が実り多きものとなることを、筆者は期待している。

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村中 敏彦
村中 敏彦

コンサルティング本部 調査部 シニアコンサルタント

1985年に京都大学法学部を卒業後、大手コンピュータ・メーカーでIT製品・ソリューションの提案や導入を担当するSE(システム・エンジニア)職に従事、大手化学メーカーの業務改革推進部門で事業システムの企画や全社業革事務局を担当。1992年に日経BP社に入社。「日経コンピュータ」などIT媒体の編集記者、新規媒体・事業開発、マーケティング調査を担当。同社コンサルティング局の分社独立に伴い、2002年に出向し、現在に至る。ICT/BtoB企業を主要クライアントとして、ICT/BtoB分野の記事やレポートの作成、顧客ニーズの分析やマーケティング戦略立案の支援を行う。

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