企業研究“伝統”を今のかたちにする和僑商店HD
事業承継のカギ、社員とDNAを共有する
- 文=内野侑美
- 2018年12月04日
- Tweet
企業再生に必要なのは、ビジネスフローの構築だけではない。マーケティングや仕組みづくりももちろん必要だが、企業DNAの承継が成功のカギといっても過言ではない。新潟県で老舗の酒蔵や味噌蔵、漬け魚屋など、多くの伝統企業の事業承継を行っている和僑商店ホールディングスの葉葺正幸代表取締役社長に、その秘訣を聞いた。
「心の豊かさ」を軸に、商品に新たな価値を生み出す
—葉葺さんが再生ビジネスに携わるきっかけは。
最初は「銀座十石」というおむすび屋からスタートしました。NSGグループという、地方での展開をメインの業務としている会社に入社し、そこで社長から「おむすび屋をやってみないか」といわれたのがきっかけです。最初の頃は、経験もなく、何をしてもうまくいかず苦戦しました。
―そんな中、どのように事業を軌道に乗せていったのでしょう。
さまざまなマーケティングの手法などを調べ、実践していきました。あるとき、内閣府が行っている“「心の豊かさ」と「ものの豊かさ」どちらが大切ですか”という調査を見つけました。数年前のデータでさえ「心の豊かさ」が大切と答える人が、6割を超えていたんです。そこで心の豊かさに軸をおいて商品開発を重ねると、徐々に売り上げが伸びていきました。以来、ものがあふれている時代に、心の豊かさという価値をどう付けるかに重きを置くようになりました。
―「心の豊かさ」とは。
商品の背景にある物語や、消費者がその商品を選ぶことでもたらされる社会貢献度ではないかと思います。銀座十石では、おむすびのプライスカードに一言を添えて販売しています。平日のランチにおむすびを買った会社員が「おもしろいおむすび屋さんがあるんだよ」と自宅で話し、休日にご家族で買いにいらっしゃったことがあるんです。なんの気なしにお話しされたのかもしれませんが、家族団らんの会話の中におむすびの話が出て、コミュニケーションを生んだことが重要だと考えています。
おむすび屋さんの話も、店頭のスタッフから「こんなお客様がいらっしゃいました」と報告を受けて知りました。従業員にとっても、お客様の暮らしにかかわっていると実感できることが、働きがいにつながっているのではないかなと思います。
従業員の働きがい、会社に対する意見・意識を引き出す
―従業員の働きがいを醸成する取り組みはあります。
当たり前かもしれないですが、実際にお客様が喜んでいる姿を「体験させる」ことだと思っています。年に2回、新潟の峰村醸造と今代司醸造所では、「蔵祭り」を開催しています。その中に「30秒で味噌盛り放題」というイベントがあり、最長で2時間待ちになっているんです。ここでお客様のサポートを行うのは、普段、製造など、直接お客様と触れ合わないスタッフです。お客様の笑顔にふれ、「ありがとう、楽しかった」と言ってもらい、仕事に対するモチベーションを上げるのです。
私が携わってきた酒蔵や味噌屋は、経営も大きく傾いていたところが多く、従業員は暇なのが当たり前になっていて、忙しくなることに抵抗を覚える方もいました。それは、自分の仕事が世の中にどうように貢献しているのかという、存在意義を認識できていないことに由来するのです。お客様に喜ばれることを体験することは存在意義を確認するには最善の方法だったと思っています。仕事とは、世の中に喜ばれることなんだ、という哲学。この哲学をきちんと伝えていかなければと考えました。
―哲学はどのように伝えていくのですか。
いきなり外部からきた若い人がトップに立つと、説得できないケースが多い。説得をしようとするのではなく、哲学をどう“つくっていくか”に注力すべきです。まずは、仕事に対する働きがいや、従業員の意識に対して、経営者はしっかりと耳を傾けます。いくつかの会社の事例を見てきて、従業員が会社の一員として、必要とされていると感じ、能動的に事業に参加する姿勢がみえてくると、哲学は浸透していくと思います。哲学は用意して押しつけるのではなく、もともと従業員が持っているものを引き出す作業といえるかもしれません。
承継・再生事業がスタートし、1年目に変化が見え、従業員も変化を受け入れられれば、楽しんでついてくるものです。しかし、実際に売り上げが上がり、2年目で維持できると気づいたときには、変化だと思っていたことがそうではなくなっています。
それぞれ異なる哲学、企業DNAを持った会社同士が集まった場合でも同じです。私も今道半ばですが、企業DNAの承継こそが重要だと感じています。
- 2018年12月04日
- Tweet
あわせて読みたい
連載「企業インタビュー」
- (1)しなやかさと愚直さで変化に適応する
- (2)100周年を迎えたキッコーマンが、グローバルで実践すること
- (3)西武グループ再生の核心
- (4)人材と技の力を守りながら未来に挑む
- (5)武田薬品工業の伝説の施設を覗いた
- (6)100周年を機に新社屋を産業観光の拠点に。伝統産業に新風
- (7)創業443年「伊勢角」の変わり続ける経営
- (8)事業承継のカギ、社員とDNAを共有する
- (9)輪ゴム会社がつくったおみやげ用クッキー
- (10)老舗企業にも変革の波、カリスマ経営者が行った改革とは
- (11)カップヌードル50周年記念ポーチを開封してみた
情報を受け取る
- 本サイトのコラム更新情報や調査データや分析結果を受け取ることができます。登録は無料です。
-
- ・関連セミナー情報
- ・企業研究・サバイバル分析報告
- ・調査データ
- ・周年事業関連情報
- など、豊富な関連情報をメールでお届けします。