2016年に創業50周年を迎えた神戸の菓子メーカー、エーデルワイス社。その50周年記念誌は、同社のロゴマークであるエーデルワイスの花をエンボス加工した白いケース入りで、アートブックのように仕上げられている(104ページ、オールカラー)。
ケーキや焼き菓子などの商品を美しくスタイリングして撮影した写真、社員や販売員の笑顔などを満載し、「世代を超えて愛され続ける本物を通して、夢のある豊かな生活に貢献」するという同社の理念を誌面で余すところなく伝える。
社史1万8,000点を収蔵する神奈川県立川崎図書館主催の「社史フェア2017」で利用者投票第3位を獲得するなど、社内・社外のみならず一般読者層からも高評価を得た。文=大塚 葉(日経BP総研 コミュニケーション研究所 上席研究員)/平野優介
未来をつなぐ、50周年記念誌に
優美なケーキや焼き菓子が特徴の「アンテノール」、格式高いベルギーチョコレートで有名な「ヴィタメール」など洋菓子とパンの7つのブランド(当時)を持つメーカー、エーデルワイス社は、代表取締役会長の比屋根毅氏が1966年3月29日に兵庫県・尼崎市で創業し、2016年3月に創業50周年を迎えた。
「最高の味、本物のおいしさ」を創業以来、追求し続ける同社。創業30周年記念誌「遥かな夢を求めて――エーデルワイスグループ30年「技術の歴史」――」や、40周年を機に発行された会長の著書『仕事魂』(致知出版社)などにもその確かな足跡をうかがうことができる。
しかし、50周年記念誌に際しては、ブランドを取り巻くステークホルダーの結束を高めることや、経営のバトンを次代へつなぐこと、30周年記念誌からの20年間をアーカイブすることなど様々なミッションを抱えつつも、常に自らを革新してきたエーデルワイス社らしく、“これまでを超えるもの”が強く求められた。
同社が、50周年記念を迎える数カ月前のことである。
一所懸命に、心を込めて
エーデルワイス社への50周年記念誌プレゼンテーションにあたり、日経BPコンサルティング編集チームが心を注いだのは30周年記念誌との違いをどう出すか、だった。
30周年記念誌でも取り上げている「エーデルワイスの歴史」「品質へのこだわり」などは今回も掲載したい。
また、30周年記念誌に収録されていて外せないコンテンツがある。ワールドケーキフェアや全国の洋菓子コンテストでの受賞作品や受賞者の膨大なデータだ。ケーキづくりの高い技術を誇るエーデルワイス社は、創業以来、数々のピエス・モンテ(ディスプレー用の大きな装飾菓子)などを制作し、様々なコンテストに出品している。
30周年記念誌では、10ページを割いて掲載している。これらの情報を入れたうえで、50周年記念誌はどのように構成していくか――。
感謝の気持ちと「たくさんの笑顔」をキーワードに
「記念誌の読者ターゲットは、百貨店やお取引先、エーデルワイスグループのOB・OG、従業員とその家族、業界や地域など、これまでご指導、ご支援いただいた方たちです」
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編集チームは、エーデルワイス社からのこのメッセージについても実現を図るため、検討を重ねた。
「エーデルワイスの商品を扱う店舗に行くと、店員さんがいつもにこやかに対応してくれるね」「インターネットで製品を検索すると、誕生日祝いのケーキを前にして微笑む子どもの姿が見られるよね!」。そんな何気ない会話の中から一歩ずつコンセプトを固めていった。
“つくる人、届ける人、いただく人の皆が笑顔になる菓子”。
浮かび上がってきたのは、そんなフレーズだった。そこで編集チームは「エーデルワイスの社員、職人、販売員など、多くの笑顔」を提案のキーコンセプトの一つとした。
会長から社員へ、未来へつなぐバトン
さらにもう一つ、編集チームがプレゼンテーションのキーコンセプトに据えたのが、「エーデルワイスの未来」だった。
創業者の比屋根毅氏は、社長として36年間同社の経営に携わっていたが、2002年に息子の比屋根祥行氏に代表取締役社長の座を譲り、代表取締役会長に就任した。
「父から子へ、エーデルワイスにかける会長の思いと、それを受け継ぐ社長の覚悟をビジュアルに伝えたい」。
この想いを源泉に編集チームは一つのアイデアに行き着いた。それは、最初のページに会長が右を向いた写真とメッセージを入れ、最後のページで社長が左を向いてメッセージを入れるもの。最初と最後で父と子が向きあうデザインになる。会長から社長へ、未来につなぐバトンを手渡すイメージだ。
50周年記念誌プロジェクト、始動
2016年1月。エーデルワイス社、日経BPコンサルティング編集チームの想いが合致。ついに50記念誌プロジェクトが動き始めた。記念誌のサブタイトルは「笑顔のその先へ」。編集チームがプレゼンテーションしたものが、そのまま生かされた形だ。
「ビジュアル重視で文章は少なめ、めくるたびに新しい世界に行けるような見開き単位のデザインで、読んでいて楽しい誌面にしてほしい」というのが会長からのオーダーだった。
そこで記念誌のサイズは、縦23cm×横23cmの正方形にし、中面は厚めで質感豊かなアート紙を選定。洗練されたアートブックのような仕様に決めた。ソフトカバーを採用し、「社員のバイブルに」との要望も実現すべく、開きやすく持ち運びやすい形とした。さらに白いケースに入れ、上質感を醸成した。
エーデルワイス社が有する7つのブランドを訴求することも、大きなミッションの一つとなった。
実は、同社はそれまで各種ブランドをエーデルワイス社と関連付けるPR展開をあまり行ってこなかった。だが、創業50周年を迎えた2016年3月29日、日本経済新聞朝刊(全国版)に全面広告を掲載し、ブランド周知の方向に経営の舵を切っていた。
そこで50周年記念誌でも、同社が持つ7つのブランドイメージ訴求に力を注いだ。冒頭で各ブランドのケーキや焼き菓子を取り上げるときは、側にワインや花、カトラリーなどを配した食卓において撮影。ハウススタジオを借り、専門のスタイリストとフォトグラファーがスタイリングと撮影するなど、細部にまでクオリティーを求めた。取材、執筆を担当するライターも“食”に強い人材を起用し、コンテンツの充実を図った。
ブランドイメージを絵コンテで確認
さらに撮影前には、エーデルワイス商品本部マーケティング部のブランド担当者と編集チームが、絵コンテをもとに何度も綿密な打ち合わせを行い、ブランドイメージを損なわないよう注意を払った。
例えば、ヨーロッパの洋菓子技術と精神を受け継ぐアンテノールは、新鮮なフルーツの載ったケーキを、ピンクのバラ、ピンクのシャンパン、イチジクの実とともに撮影した。
「木の素材感はNG、大理石の素材感はOK。子どものお誕生日会というよりはファミリーのバースデーパーティー」といったように詳細なコンセプトメーキングを行い、撮影後もイメージにそぐわない写真は撮影をし直した。
記念誌をデジタルアーカイブの礎に
編集チームが制作で最も苦労したのが、ケーキフェアやコンテストでの受賞データの編集だった。受賞年月や受賞者の名前など、当時の記録は紙のみ。これを基に一からデータを作成、照合することとなった。しかし、原本となる資料のコンテスト名や受賞者名が違っていたり誤字があったりと、作業は難航した。
この一方で、記念誌制作が始まると同時に、エーデルワイス社は同社の公式Webサイトもリニューアル。各ブランドも整理して掲載し、それぞれのオンラインショップへのリンクなども充実させ、企業のイメージアップを図った。
こうした動きの中で、今回の記念誌制作を通じて得られたデータは、同社の記録を未来へとつなぐデジタルアーカイブの礎ともなっていった。
「誰のために」「何のために」想いを届けるのか
周年事業で想起される最もポピュラーな取り組みは過去の振り返りだ。その試みの多くは社史や動画の制作という単発のアウトプットで表現される。しかし、エーデルワイス社は違う。これまでも折に触れて、創業の想いを、次代につなげる取り組みを熱心に行ってきた。比屋根毅会長の著書『人生無一事』(致知出版社)には、次の一節がある。
「五十年経って、やっと根が生えた。花咲くのはこれからだ」
そして、その一節には、こんな言葉が続く。「ぜひとも立派な花を咲かせたい。世の中の役に立つ会社にならなくてはならないのはもちろんだが、頑張っている社員が報いられる会社にしなくてはいけない」
エーデルワイス社の「お客様に本物を届けたい」という真摯な想いがここからも読み取れる。そのためには人を育てる。時間をかけて種を蒔き、50年、100年へと創業の想いをつなげ、連綿と受け継がれる文化を育て上げていく。50周年記念誌は、その一つのツールにすぎない。
※当記事は「社史・周年史が会社を変える!」(著・大塚 葉/発行・日経BPコンサルティング)を再構成したものです。