人生100年時代におけるウェルビーイング

はやりで終わらせないために企業がすべきこと

  • コンテンツ本部医療&健康コンテンツチーム

世界保健機関(WHO)設立時の憲章にうたわれている「ウェルビーイング」。人生100年時代といわれる今、いかにウェルビーイングな状態を保つかは男女を問わず重要な問題です。長年、女性活躍が叫ばれながらも、依然として実体が伴ってこなかった日本ですが、近年はフェムテックと共に女性のウェルビーイングに企業の注目が集まっています。「日本女性ウェルビーイング学会」代表の笹尾敬子さんに現状と課題を聞きました。 日本女性ウェルビーイング学会代表
笹尾 敬子さん

聞き手=鷹野美紀
文=浅井美江

ウェルビーイングに欠かせないのは
「社会的に満たされた状態」であること

最初に、笹尾さんが代表を務めていらっしゃる「日本女性ウェルビーイング学会(以下、JWW)」について教えてください。

JWWは、「つながることで社会はもっとよくなる」を合言葉に、女性の生命、生活、人生、健康を“当事者の視点”で捉える団体や個人が力を合わせて意見交換や活動を行い、社会に向けた発言や行動をしていくプラットフォームとして、2017年に設立されました。現在、ゆりかごから終活まで、まさに女性の一生を網羅する26の団体と22の個人が参加しています。

会の名称でもあるウェルビーイングは、1948年に世界保健機関(WHO)設立時の憲章にある概念で、「健康とは、単に疾病がない状態ということではなく、肉体的、精神的、そして社会的に完全に満たされた状態にある("Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.")。」と定義されています。注目すべきは「社会的」という表現です。心身はもちろんのこと、社会的にも満たされていることが重要です。諸外国では女性の生命と健康を一つの概念と捉え、積極的に国を挙げて支援をしていますが、日本は、残念ながらいまだにそれが整備されていません。女性活躍が叫ばれるようになってずいぶんたちますが、活躍のための支援がなかなか進んでいないのが現状です。

自身の体を知らなすぎる日本の女性

日本で女性のウェルビーイングが進んでこなかったのはなぜでしょうか。

大きな要因の一つに、女性が自分の体のことを知らなすぎるという実態があります。そもそも、女性の体は、好むと好まざるとに関わらず、基本的には子どもを産むようにできています。女性が一生で分泌する女性ホルモンの量は、わずかティースプーン1杯なのはご存じでしょうか。この量を考えれば、ほんのわずかなホルモンが女性の体に大きな影響を与えていることがわかると思います。初潮、生理、月経過多、妊娠、不妊治療、更年期など、女性の健康は、一生を通じて女性ホルモンの影響を受け続けているといっても過言ではありません。ここが、女性の社会的ウェルビーイングを考える上で、男性にはない重要なポイントとなります。

例えば生理にしても、寝込むほどつらいのに「しかたがない」とあきらめ、「みんな、こんなものだろう」と我慢してしまう。恥ずかしいから口に出せない。しかし、それほど重い生理は、すでに病気の領域です。治療法もきちんとあるのに、知らない女性が少なくありません。初潮の開始時期が早まり、出産回数が減っていることから考えると、昔の女性が一生のうちで生理の回数が50~100回ぐらいだったものが、現代の女性は、450回以上と5~10倍近くに増えているといわれています。昔の女性は初潮が遅く、一生のうちに5人から6人子どもを産んでいました。妊娠中と授乳中は生理がありませんし、寿命も短かったことから、現代女性と比べると圧倒的に生理の回数が少なかったのです。生理は、妊娠に備えていた子宮内膜がはがれることで出血が起こるものですから、そのたびに子宮に大きな負担がかかります。働く女性にとって、生理に伴う心身の症状は 、非常に重要な問題です。

今、低用量ピルは安全性も高まっているのですが、日本ではいまだにピルを否定的に捉えがちです。月経過多やPMS(月経前症候群)の女性は、毎月子宮に負担をかけて生理を迎え続けるのか、一定期間は低用量のピルを服用して子宮に負担をかけないほうがよいのか。個人が納得して選択できればよいのですが、残念ながら日本においては、まだまだ婦人科にかかるのは恥ずかしいという考え方があり、相談先が限られているのが実情です。女性の社会的進出が進まない大きな要因の一つに、男女の体の違いに起因する「女性の健康問題」があることを、女性のみならず男性に知っていただきたいと思います。男女平等がうたわれ始めてから、女性の健康にだけに注目し、女性のことだけに特化するのは平等に反すると勘違いされる企業や男性が、いまだに多いのが実情です。企業が、女性の活躍を後押しするために、必要な制度的ケアは何なのかを考えることは、決して男女平等に反することではありません。女性のウェルビーイングを向上させることは、男性のウェルビーイング向上にもつながります。決して女性だけがウェルビーイングであればよいというわけではなく、女性だけで解決する問題でもないと思っています。

女性がキャリアを積むためにいろいろな選択肢があるほうがよい

解決するにはどうすればいいのでしょうか。

女性の側も、もっと自分自身の体について学び、男女の体の違いや健康を保つために必要なことの違いを知ることが大切です。最近は女性の病気に特化した婦人科が増えていますから、相談しやすい婦人科のかかりつけ医を見つけることも重要です。ただ、どこを選べばよいのかわからないという方も多いと思います。こうした状況を把握して、福利厚生の一つとして企業側があらかじめ信頼できる婦人科医を選び、女性社員の健康維持に努めるという方法も考えられます。

また、企業研修に女性の体についての話を取り入れていくこともよい方法だと思います。この時、大事なのは男女が一緒に研修を受けること。ただ、男性全員というのはハードルが高いというのであれば、人事や総務など関係部署の担当者といったキーになる男性がまずは一緒に受けることも重要です。女性だけでなく男性も変わらないと組織が変わりませんから。

企業が女性の健康について知ることで、そのための施策にも選択肢が増えてくると思います。例えば不妊治療に対して、休暇や休職などの制度や治療費の補助を導入する企業も登場しています。こうした傾向は歓迎すべきことではありますが、そもそもなぜ不妊治療を受ける人が増えているかを考える必要があります。子どもを産むか産まないかはもちろん個人の判断ですが、女性には体の構造として妊娠適齢期があります。本来であればその時期に子どもを産んで育て、その後に仕事のキャリアを積めるようなキャリアプランがあれば、不妊治療を受けなくても済むケースが増えるかもしれません。しかしそういった選択肢がないため、「ある程度キャリアを積んでから産もう」と考えてしまう。そうこうしているうちに、不妊治療が必要な年齢になってしまうケースも多いのです。

不妊治療は精神的にも身体的にも経済的にも大きな負担がかかります。不妊治療をするために、妊活退職せざるを得なかったという女性も少なくありません。個人差はもちろんありますが、40歳を過ぎてからの妊娠や出産は体への負担も大きく、子どもの成長と自分自身の体力も考えなくてはなりません。ですから、そもそも不妊治療が増えている社会の状況にも目を向け、組織の中でできることに取り組み、結果的に少子化に歯止めをかけることも、社会の発展、ひいては企業の発展につながるという視点をぜひ持ってほしいと思います。

人生100年時代におけるウェルビーイングの在り方

近年はフェムテック関連の取り組みを始める企業もあるようです。

ここ数年はフェムテックという言葉で、女性の健康をフォローするテクノロジーやサービスにも焦点が当てられています。この動きは、女性に向けた商品やサービスを扱っている企業が中心ですが、フェムテックの背景にある概念がウェルビーイングの考え方であるといってもよいと思います。経済の中でも、女性の健康に焦点が当たるということは非常に重要です。今後は、健康経営や福祉など分野でも、ウェルビーイングという考え方がさらに取り上げられるようになり、ウェルビーイングに対する認識がもっと高まっていくと期待しています。

2019年に経済産業省が発表した「女性の生理に関する経済損失が約5000億円」という数値にも企業の関心が集まりました。日本の労働力がこれだけ減少している今、女性に頼らない限り社会活動が立ち行かないことは目に見えています。つまり、前述したような体の仕組みを持つ女性に、どういうサービスを提供し、どういうフォローをすれば働きやすくなるのかということを、企業や社会が真剣に考えなくてはならないのです。企業がきちんと女性の体のことを知って対策を講じることが、企業の発展にとっても重要です。

【出所】経済産業省「健康経営における女性の健康の取り組みについて」2019年

最近、ホリエモンこと堀江貴文さんが産婦人科専門医の三輪綾子さんと共著で、女性のヘルスケアに関する本を上梓されました。本を書くきっかけは、堀江さんが「女性の健康問題の解決なくして女性の社会進出が進むわけがない」と気づいたからだと明記されています。「これが『深刻な社会問題』とも『自分に関係ある問題』という認識も持っていない。僕がやりたいことは、『理解を示す』というレベルで終わりではない。社会を変える具体的なアクションを起こすことだ」という彼の言葉は、女性にとって大きな励みになります。この考え方は、企業にとっても非常に重要です。

だからこそ、ウェルビーイングを一時の流行に終わらせたくありません。本当の意味で女性が社会的にも健康で仕事でのキャリアを築くことができ、心身共に幸せに一生を過ごせるようになってほしい。「女性が我慢しないで済む社会の実現」こそが、女性のウェルビーイング、ひいては男性のウェルビーイングにもつながると思います。人生100年時代といわれる今、生まれてから死ぬまでいかにウェルビーイングな状態を保つかは、男女を問わず非常に重要な問題なのですから。

コンテンツ本部 医療&健康コンテンツチーム

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笹尾 敬子(ささお・けいこ) 氏

(一社)放送サービス高度化推進協会 常務理事
国立国際医療研究センター 理事
笹尾 敬子(ささお・けいこ) 氏

【個人的活動】
日本女性ウェルビーイング学会 代表(https://www.jww.tokyo/index.html
Woman50+ Network代表
(一社)国際女性支援協会 理事


女性総合職第1号として日本テレビ放送網に入社後、マスコミ初の女性警視庁クラブ詰め記者やニュースキャスター、報道番組部長、ティップネス取締役常務執行役員などを経て、2020年からは国立国際医療研究センター理事、放送サービス高度化推進協会常務理事に就任。「日本女性ウェルビーイング学会」には個人的な活動として発足当時より関わる。

※肩書きは記事公開時点のものです。

コンテンツ本部 編集2部
鷹野 美紀(たかの・みき)

パソコン誌、飲食店経営専門誌、マネー誌などでの記者経験を経て、オウンドメディアの編集者に。読者に少しでも多くの「へぇ~!」をお届けすることを目指し、現在は食品流通、医療、金融系の媒体を中心に担当している。

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