サントリーのサステナビリティ経営

「水と生きる」を掲げ、自然と社会をつなぐ接点になる

  • 石原 和仁

    ブランド・ジャパン プロジェクトマネージャー石原 和仁

「ブランド・ジャパン」では、2021年から新たにSDGs17ゴールに貢献している企業活動の認知度を設定した。サントリーホールディングスは、この指標のうち「安全な水とトイレを世界中に」4位、「海の豊かさを守ろう」3位、「陸の豊かさも守ろう」5位、「気候変動に具体的な対策を」19位を獲得している。社会との約束に「水と生きる」を掲げ、環境経営に取り組む同社のサステナビリティ推進部にサントリーのサステナビリティ経営について聞いた。
聞き手=石原 和仁

「やってみなはれ」と「利益三分主義」が源泉

サントリーグループの理念として「水と生きる」を掲げ、長年にわたってサステナビリティ活動に取り組んでいます。これまでの流れをお聞かせいただけますか。

北村 暢康氏

サントリーホールディングス
サステナビリティ経営推進本部
サステナビリティ推進部長
北村 暢康氏

北村 まず企業の行動を規定する我々の企業理念体系についてご紹介しましょう。今から122年前の1899年に創業者の鳥井信治郎が大阪で鳥井商店を開業し、ぶどう酒の製造販売を始めたところからサントリーの歴史は始まりました。

当時のぶどう酒は日本も含めて東洋ではなかなか手に入らない西洋の酒でした。西洋の酒を東洋の日本で作ることに誰もが反対しました。けれども鳥井信治郎は、当時はまだ豊かではなかった日本でもいずれ西洋の酒を楽しむようになるという思いからぶどう酒づくりにチャレンジしたのだと思います。

誰もやらなかったことに挑む。常識を疑い視点を変え、考えぬいてひたむきに行動する。失敗や反対を恐れず、ひたすら挑戦し続けるという鳥井信治郎の「やってみなはれ」というベンチャー精神は、今でも当社の原動力となる価値観です。

もう一つは「利益三分主義」です。かつて近江商人が「売り手良し、買い手良し、世間良し」という「三方良し」の思想を基本としていたように、鳥井信治郎も自社の成長だけでなく、取引先や社会と利益を分かち合い共生していくことを常に考えていたのです。

サントリーグループが目指すサステナビリティ

水と生きる

こうした行動基準と価値基準を基にサントリーは120年以上にわたって経営を続けてきました。

高度経済成長期の1973年には、自然と共に生きる企業として「愛鳥活動」を始めました。野鳥は「環境のバロメーター」であり、野鳥がすめる環境を守る活動を始めたのです。その時のスローガンが”Today Birds, Tomorrow Humans”でした。今日、鳥に起こる不幸は、明日、人間の身に降りかかるかもしれない。今日、鳥に起こる幸福は、明日の人間を幸せにするかもしれない。そんな想いでこの活動を続けています。

こうした自然環境と社会とともに成長するという共生の活動に取り組む中で、1989年に私たちの使命として「人と自然と響きあう」を制定しました。当時はまだ「サステナビリティ」という言葉は一般的ではありませんでしたが、当社は農作物や水資源を商品という価値に変えることで、人や社会との接点を築く自然と社会(人)との中間にいる企業です。双方を響き合うことができるような企業であり続けたいという思いは、サステナビリティに通じる理念だと考えています。

こうした理念を実際の事業に落とし込み、SDGs(持続可能な開発目標)と紐づけて、4つの重点取り組み領域を設定しました。ゴール6「安全な水とトイレを世界中に」が「2030年度環境目標(水)」、ゴール3「すべての人に健康と福祉を」が「人々の健康への貢献」、ゴール12「つくる責任 つかう責任」が「持続可能なサプライチェーン」、ゴール13「気候変動に具体的な対策を」が「2030年環境目標(CO2)」と設定しています。

この4つの重点取り組み領域をさらに細かく商品や事業ごとに整理して当社に関連する「水」「CO2」「原料」「包材」「健康」「人権」「生活文化」という7テーマごとに当てはめ、サステナビリティ・ビジョンを組み立てました。

最後の生活文化については、SDGsのゴールとは直接は結びついていないのですが、当社は生活文化企業を標榜しており、企業活動を通じて心身ともに豊かな社会の実現に貢献していくという使命を、SDGsとは別に打ち出しています。

サステナビリティに関する7つのテーマ

「人と自然と響きあう」社会の実現

「水」「CO2」「プラスチック」を重点に目標設定

2030年に向けてサステナビリティ目標を設定していますね。

北村 7テーマの中でも、特に注力すべき「水」「CO2」「プラスチック」について目標を設定しました。

水と生きる企業として「水」については、全世界の自社工場での水使用を15%削減、半数以上の自社工場で水源涵養活動を実施、水リスクの高い主要原料で持続可能な水利用を追求、水に関する啓発プログラムを累計100万人に展開するというものです。

全世界で喫緊の課題である「CO2」については、自社工場・事業所等からの直接排出50%削減、全てのバリューチェーンからの排出30%削減、SBT(科学に基づいた中長期の削減目標)の設定をしています。

飲料事業を生業とする当社の社会的責任として「プラスチック」については、ペットボトルに関してリサイクル素材または植物由来素材100%に切り替え、新たな化石由来原料の使用ゼロを実現します。

化石由来原料の新規使用ゼロの実現

リサイクルの流れ

水については、国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上を育むために、全国の工場の水源涵養エリアでサントリー「天然水の森」活動を展開し、全国21ヶ所、総面積は約1万2000haまで拡大しています。

また、水の保全やスチュワードシップ(管理する責任)の規格認証をグローバルに推進する権威ある機関「Alliance for Water Stewardship(AWS)」の「AWSアジア・パシフィック」と連携協定を締結し、日本での水のサステナビリティ推進にむけてAWSの浸透と啓発のリーダーシップを担う企業に就任しています。AWS認証は奥大山ブナの森工場(鳥取県)が2018年に日本で初めて取得し、2019年には九州熊本工場(熊本県)が取得しました。

次世代環境教育の「水育(みずいく)」では、「サントリー天然水」のふるさとで自然体験プログラムを実施していて、2004年に開設してから2020年までに約2万7000人の親子が参加しました。

また、首都圏や京阪神などの小学校に出張授業を行っていて、2020年までに2128校、約16万4000人の児童が参加しています。

こうした国内での知見を海外でも展開しています。特にベトナムでは教育訓練省の協力のもと多くの地域で「水育」を実施し、タイ、インドネシア、中国にも取り組みを広げています。

気候変動対策にも力を入れています。

北村 気候変動対策には大きく分けて、気候変動の影響を軽減・抑制する「緩和的対策」と、気候変動に対して備える「適応的対策」があります。企業の事業領域によって、気候変動のリスクやチャンスは異なり、その取り組み内容も変わってきます。

当社はグローバル企業として、まず緩和的対策では温室効果ガス(GHG)の排出削減に取り組みます。

国内では2021年5月に北アルプス信濃の森工場(長野県大町市)を稼働させました。再生可能エネルギーの使用とJクレジット制度を活用することでCO2の排出ゼロを達成した工場です。

また2022年までに日本と米欧の飲料・食品および酒類事業に関わる全ての自社生産研究拠点63カ所で、電力を100%再生可能エネルギーに切り替えることを目指すことを発表しました。内部炭素価格制度を年内から順次導入し、2030年までに脱炭素を促進する1000億円規模の投資を実施する予定です。これらの取り組みにより2030年時点に想定されるGHG排出量から約100万トン削減できる見込みです。

当社の事業活動に係るGHG排出量は年間約700万トンです。このうち直接排出(スコープ1)と間接排出(スコープ2)の合計が100万トンで、サプライチェーンにおける取引先など他社の排出(スコープ3)は600万トンに達します。

飲料事業では原料と包材に関連した排出が7割くらいを占めますので、GHG排出削減には取引先との協働が重要であり、議論を進めています。

一方で適応的対策に関しては、飲料メーカーとして原料調達のリスクに適応する戦略を検討しています。

例えばコーヒーは「2050年問題」に直面しています。地球温暖化で環境変化が続くと、2050年にはコーヒー栽培に適した土地が大幅に減ることも予想されています。また、ワインに関しては原料のブドウ栽培の適地が北上し、収穫できる地域が変わってきます。

お客様への商品供給の継続を実現するため、気候変動にいかに対処するか、主要原料についてワーキングチームを立ち上げ検討を進めています。

CO2排出量で商品を購入する時代になる可能性も

海洋プラスチックごみ問題についてはどう取り組んでいきますか。

北村 海洋プラスチックごみが地球規模で環境汚染を引き起こしているという危機感は昨今高まっています。日本沿岸に漂着した海洋ごみについて実態を調べた環境省の調査(2018年)の内訳(重量比率)でいうと、58.0%が自然物で、プラスチックごみは23.3%でした。その23.3%の41.8%が漁網やロープ、10.7%がブイで、飲料用ペットボトルなどは7.3%です。海洋ごみに占める飲料用ボトルの比率自体は低いのですが、企業としてきちんと責任を持って対応する必要があります。

消費財メーカーがきちんと対応していくことで、消費者に対して伝えられることも大きいと考えています。GREEN DA・KA・RAブランドの「やさしい麦茶」は2021年4月のリニューアルに際して100%再生素材を使い「またあえるボトル」という名称にしました。これは、ペットボトルをペットボトルにリサイクルし循環の輪をつなげていく水平リサイクル、ボトル to ボトルの考え方を、商品を通じて伝えていこうという考え方に基づいています。

サントリーは2019年5月に「プラスチック基本方針」を制定しました。使用するプラスチック製容器包装が有用な機能を保持しつつも、地球環境にネガティブな影響を与えないよう、多様なステークホルダーと問題解決に向けた取り組みを推進していきます。

その上で2030年までに、グローバルで使用する全てのペットボトルを、リサイクル素材と植物由来素材に100%切り替え、化石由来原料の新規使用ゼロ実現を目指します。

また、植物由来原料100%使用ペットボトルの共同開発に取り組んできたアメリカのバイオ化学ベンチャー企業アネロテック社の技術を活用して環境負荷の少ない効率的なプラスチック再資源化技術の開発に挑戦する共同出資会社アールプラスジャパンを2020年に設立しました。日本のプラスチックのバリューチェーンに関わる企業が世界的な社会課題であるプラスチック問題を解決するために参加し、現在30社が出資しています。

エシカル消費という考え方がありますが、消費財メーカーとしてどう受け止めていますか。

北村 今はまだエシカル消費は大きな流れになっていないかもしれませんが、時間の問題だと思います。消費者の価値観が変わり、当たり前の行動様式になるときが急に訪れるかもしれません。

海洋プラスチックごみ問題に大きな注目が集まってきたのも昨今のことですし、脱炭素も急速に動き出しています。いずれ消費者が商品を選ぶ際、CO2の排出量で購入するかどうかを判断する時代になるかもしれません。

今後の環境経営に関連してESG投資や情報開示に関してはどのように考えていますか。

北村 金融機関からは財務部門を通じて環境対応の長期ビジョンについて問い合わせがあります。清涼飲料事業を担うサントリー食品インターナショナルは上場していますので、市場で株主からの評価を受けています。財務面だけでなく、営業でも取引先から問い合わせがありますので、環境対応を進める必要があると実感しています。

ただ、企業経営では環境対応だけをしていればよいというわけではなく、きちんと売上と利益も上げていくことの両立が重要ですので難しい舵取りが必要だと思います。

※肩書きは記事公開時点のものです。

ブランド本部 ブランドコミュニケーション部 コンサルタント
石原 和仁

大学ではバイオテクノロジーを専攻。卒業後は、飲料メーカー、リサーチ会社、マーケティング会社を経て、日経BPコンサルティングに入社。2015年より日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」のプロジェクトマネージャーを担当。様々な企業のブランディング業務(調査、体系づくり、PDCA設計、ブランドメッセージ制作など)に従事。

 

※このプロフィールは、掲載時点のものです。最新のものとは異なる場合があります。

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