「経営・プロジェクト思考を学ぶ」勉強会レポート(前編)
電脳交通が挑む移動DXとは? 近藤洋祐CEOが語る「DX」の進め方
暮らしに欠かせない「移動」と、それを支えるタクシー業界
こんにちは、電脳交通の近藤洋祐です。ご紹介いただいた「MaaSの雄」という形容が適切かどうかは別としまして、ありがたいことに、MaaSや移動・交通DXという文脈でご紹介いただくケースが増えました。本日は、私たち電脳交通の創業からこれまでの取り組みをご紹介する過程で、講演テーマである「DX」の進め方について、皆さんと学びを深めていきたいと考えています。よろしくお願いします。
電脳交通は、徳島県の小さなタクシー会社から生まれた会社で、SaaS(Software as a Service)型のクラウド型タクシー配車システムをメインプロダクトに、タクシー業界や地域が抱える交通課題の解決にチャレンジしています。クラウド型タクシー配車システムの展開は加速しておりまして、近い将来、全国47都道府県の事業者様にご利用いただけると思っています。私自身が、祖業である吉野川タクシーを経営し、乗務員として日々ハンドルを握ってお客様と向き合って営業を続ける中で、業界の課題──市場の縮小や従業員の高齢化、進まないIT化など──に対峙してきました。国内のタクシー市場は、直近30年間で40%ほどに規模が縮小していますが、斜陽産業だからと諦めるのではなく、どうすれば持続可能な業界にしていけるかを、現場に立ち続けて考え、動いています。
最初に、コロナ禍が示した「タクシー需要」について、興味深いデータをご紹介します。ご存じの通り、鉄道やバスなどの交通インフラ業界は、小売業界や飲食、旅行業界と同様に、コロナ禍で大きな影響を受けました。自由な往来・移動が制限されたので仕方がありません。でもそうした中にあって、タクシー業界は昨年対比60%ほどの落ち込みにとどまったのです。大きな要因の1つとして、高齢者の通院利用が挙げられます。期せずして、社会保障としての移動、「暮らしに欠かせない」移動というものがあって、その手段としてタクシーを選んでいただいたと理解しています。
これは底堅い需要とも考えられますが、一方で、人口の高齢化という社会課題は、タクシー乗務員の高齢化にもそのまま当てはまり、業界に内在する大きな課題です。現在、徳島県では65歳以上の乗務員が全体の70%を占めていて、全国トップクラスの高齢化が進み、予約・配車を司るコールセンターなどバックオフィス人材の高齢化も深刻です。
移動のニーズは確かにあるのに、このままでは移動を支える人材が枯渇してしまいます。いま目の前にある課題の解決、効率化への期待が高まっているのを強く実感しています。
出典:電脳交通
年500回の機能更新。業界を知る者だからこそのDX推進
タクシー業界のDXというと、「配車アプリ」を思い浮かべる方も多いと思いますが、実は配車アプリの普及率は2~3%なんです。98%の配車予約が今も電話や無線で行われています。普及している状況とは言いがたいアプリですが、電脳交通を創業した2015年以前、2010年代初頭はまさに勃興期にあたります。当時、こんな経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか──ユーザーがアプリを立ち上げて配車を依頼すると、「ただいま近隣のタクシーを探しています」という砂時計が回って、しばらくすると「案内できませんでした」とアナウンスが届く。「え、来ないのか」と落胆して再び「タクシーを呼ぶボタン」を押す──実はこれは、サプライサイドにDXという視点が欠けていたために起きた事象なんです。
どういうことかと言うと、ユーザーが配車を依頼すると、タクシー会社にメールが飛び、裏側に控える配車係がアナログ無線で乗務員に案内していたんですね。「自動改札機に切符を通したら改札機の中では人力で処理していた」といった場面を想像すると分かりやすいかもしれません。もちろん、今は違います。でも当時は、ユーザー視点(デマンドサイド)のDXが先行していて、サプライサイドのDX化が進んでいませんでした。ならば、私たちが勝負するのはココだと。業界をもっといい方向へと進ませるためにサプライサイドをDXしていく。そう目標を定め、身体の内側からインナーマッスルを鍛えるように、粛々と改善していくことを決めました。
そうしたタイミングで私が出会ったのが、現在もCTOを務めるエンジニアの坂東(取締役CTO兼Founder)です。彼がちょうど徳島にUターンした頃でした。ベンチャー企業にありがちな「美しい創業ストーリー」の1つに「ガレージ創業」がありますが、規模はぜんぜん違うのですが、まさに私たちもそうでした。坂東が開発したプロトタイプを私がタクシーに積んで、乗務員として業務に出る。30分後には吉野川タクシーのガレージに戻ってきて、「UIはもっとこうしたほうがいい」「これでは使いづらい」といったフィードバックをする。こうしたアジャイル開発を、ひたすら繰り返しました。高齢の乗務員がためらわずに使えるUIでなければいけませんし、何より、ファーストユーザーである私が納得するものづくりをしなければ、業界にもユーザーにも納得してもらえません。クレジットを貯蓄できなければ、需要開発もその先の未来も、「夢」の話でしかありません。
このニーズを実装するための瞬時・随時の機能更新は、電脳交通の哲学にもなっていて、今も非常に大事にしています。年間500回以上のアップデートを今も続けていて、自社で配車センターを運営しているため、現場目線で改善すべきポイントを整理して、開発チームと共有。細かな使い勝手の改善や「リモート配車」など全国のタクシー会社がほしい機能をいち早く実装しています。「DX」という観点では、顧客ニーズをいち早く実装すること、そのために開発を内製化している点も電脳交通の強みだと考えています。
もう1つ、高い拡張性も特徴です。各種のMaaSサービスとも連携していて、経営効率をアップするための「配車データ解析機能」や業務効率をあげるための「自動配車機能」などのサービスを実装済みです。今後も決済や配車アプリ連携、乗り合い機能など多くの機能を実装予定です。
マネタイズ戦略を練る上で大事にしたのは、規模の小さなタクシー会社が無理なく導入でき、しかも使い続けられる料金体系です。SaaS型のサービスもそのためで、BSに載せて資産計上すると立ち行かなくなる。業界規模は、毎年縮小し続けているわけですから。そうであれば、PLに載せてコスト計上できるほうが、はるかに使い勝手がいい。プライシングも同様です。徳島県のタクシー市場規模は、全国で最も小さいもので、その中で吉野川タクシーの保有台数は当時9台。「最小規模」の私たちが導入・継続できるプライシングであれば、裾野拡大は見込めると踏みました。
おかげさまで、導入台数は増えています。コロナ禍にあって今年度も昨年対比200~300%のペースで推移しており、解約率は1%以下。解約された数社も廃業に伴う解約ですので、リプレイスや不満足を要因とする解約は、実質ゼロです。
近藤氏は、拠点を構える徳島県からリモートで講演した
移動DXを進め、地域課題を解決する
現在の日本は、人類が初めて経験する「人口減少・超高齢社会」に直面しています。これに効く特効薬はどこにも──ハーバード・ビジネス・レビューにも──掲載されていなくて、もちろん「ケーススタディ」もありません。だからこそ、電脳交通はそこにコミットして、チャレンジしていきます。
業界のアップデートという点では、ダイナミック・プライシングの導入や、労務管理DXを検討しています。河野太郎行政改革担当大臣の発言を受けてのことです。業界には、いわゆるアイドルタイムがあり、12時~16時は利用者が少ない時間帯です。需給に応じたダイナミック・プライシングを導入できれば、さらに新しい事業の可能性も芽吹きます。たとえば、タクシー利用料を無料にして、小売企業や施設事業者と連携するビジネスモデル。移動の必然性をつくりだし、創客・送客することで事業者から対価をいただく、という事業も検討できます。
また、労務管理の分野も規制緩和が進む可能性があります。タクシー事業者(自動車運送事業者)には、運転者に対する運行管理が義務付けられており、乗務前後の対面での点呼が必要です。ITを駆使して、これを効率化していきたい。リモートでの点呼確認もそうですし、小規模事業者にとっては、運行管理者をアウトソーシングすることで人件費をスリムにできます。世界的な潮流として、ギグワーカーに対しても最低賃金の保障や労働時間の制約、健康保険の加入が義務付けられる傾向にあります。ライドシェアというビジネスモデルの「前提」に規制がかかる、という状況にあるわけです。日本のタクシー業界は、日本のタクシーならではの利便性や質の高いサービス提供が求められています。
その点で、電脳交通はタクシー業務に精通し、タクシー乗務員とつながっています。私自身、業界をサポートすることにコミットし続けています。これからも、プロダクトアウト型ではなく、業界とユーザーに寄り添うように、目線をしっかりと合わせながら、サービスを開発していきたいと思います。
出典:電脳交通
電脳交通 代表取締役社長 CEO兼Founder
近藤 洋祐氏
徳島市生まれ、メジャーリーガーを目指しアメリカ留学から帰国後、吉野川タクシーに入社、2012年に代表取締役に就任し、債務超過寸前の状態からV字回復を実現、2015年電脳交通を創業し代表取締役に就任。徳島大学客員教授。
マーケティング本部 コンサルティング部
石井 健介(いしい・けんすけ)
シニア通販誌で編集・商品開発を担当後、金融、住宅建築、化粧品など複数業界で編集、マーケティング支援に従事。リアルとデジタルを分断することなくコミュニケーショプランを企画・実行。2016年8月、日経BPコンサルティング入社