多くの周年事業では、周年史の制作や特設サイト、記念品制作、記念式典など多様なプロジェクトが同時に動く。しかし、それらは個別に進行し、連携が取りにくいケースも少なくない。今回は、周年史の制作と記念動画の制作を一気通貫に実施し、相乗効果を生んだヨックモックの記念式典動画の例を紹介する。文=平野優介
テーマは、「挑戦」
ヨックモックは、銘菓「シガール」で広く知られる洋菓子のメーカー。1969年に設立され、2019年に50周年を迎えた。
日経BPコンサルティングは、同社の周年史の制作をはじめ、50周年ロゴ、各種の社員向けノベルティ制作などのコンサルティングに携わってきた。そんな折、とある相談を急遽されることになる。
記念式典で公開する動画の制作だ。同社が重視したのは、式典の“オープニングを彩る映像”という位置づけへの理解と、ステークホルダーである式典来場者を飽きさせない仕上げだった。
テーマは「挑戦」。挑戦してきた歴史をひもとき、さらなる挑戦を伝えたい、というのがヨックモックの訴求したいメッセージだった。
周年史制作×動画制作が綿密に連携
担当となった日経BPコンサルティングの宇都宮朗が早速取り組んだのは、ヨックモックの思いを伝える資料を可能な限り集めることだった。
「ヨックモックの歴史を語る上で、これは外せない!」
「足りない素材は何だろうか」。
手書きのラフ構成案。何度も現地へ向かい、イメージを膨らませて、動画の基礎となる構成案を練り続けた。宇都宮は「自分自身にとっても挑戦だった」と話す
社内では、周年史制作チームと動画制作チームが綿密に議論を重ね、打ち合わせは数十回を超えた。こうした中で、周年史チームがそれまで集積した資料を基礎に、宇都宮は200近い素材を集めた。この中には、創業時の製造工場の紙焼き写真、さらには、現物しか残っていない初代シガールの梱包缶や過去のパッケージデザインなどもあった。
課題となったのは、「どう魅せるか」だった。一般的なムービー構成では、思いは伝わらない。ヨックモックを象徴する場所で、かつ、多くの人に知られている場所。これがどこかを宇都宮は考え続けた。
候補に浮上したのは、南青山の「ヨックモック青山本店」。1978年に建てられ、何度かの改修を経ているものの、鮮やかなブルーが印象的なタイルは当時から受け継がれている。実は「ヨックモック」という社名は、森と湖に囲まれたスウェーデンの町ヨックモックに由来する。欧州視察中だった創業者・藤縄則一氏がこの町を訪れ、その真心ある手作り洋菓子に感銘を受けたことが創業の原点となっている。スウェーデンの美しい湖水を連想させるブルーが受け継がれ、ヨックモックの本店としてその歴史を見続けてきた南青山本店。こここそが、次の50年に向けた同社のスローガン、「50年間の感謝を胸に、これからも私たちのお菓子にできること」を体現する“始まりの場所”と考えたからだ。
宇都宮はこの場所に何度も足を運んだ。動画のイメージを考え続け、次第に構成案ができ上がっていった。
青山本店にヨックモックの歴史を象徴する素材をレイアウトし、ワンカット撮影するというものだった。切れ目なくシーンが切り替わるため、視聴者に実際に訪問しているような体験をしてもらうことや、多くの関係者に出演してもらい、青山本店で育まれている空気感を映像の中で表現する。しかし、撮影手法として高い技術が必要となる。
「果たしてこれでいいのか」。構成案を考え続ける中で、宇都宮は何度も自問自答した。
ヨックモック青山本店でのロケハン(ロケーションハンティング)の様子。出演者に動線を説明する宇都宮(写真右)の手にも力が入る
しかし、高い撮影技術が必要で、それ自体が視聴者にも伝わりやすいワンカット撮影で臨むことが自分自身にとっても挑戦となる。この心を持って応えることが、ヨックモックが紡いできた歴史の連続性を表現し、その思いを次の未来へとつなぐことになるのではないか。
「途切れずに、描く」と、決心した。
撮影は長時間に及んだ。本店閉店後の23時に取材クルーが現場に到着し、撮影準備をスタート。準備が終わる頃には朝日が射していた。綿密に練りこまれた動線に沿って、途切れずに映像を撮っていく。わずかでも想定外の映り込みや見切れがあれば、映像として使えない。リテイクも数十回を超えた。
「思いをつなぎ、伝えるお手伝いをしたい」
動画は、その後、4月25日に開催された記念式典で公開され、多くの拍手によって迎え入れられた。高い評価を得た今回の動画は、社員用としても一部をリバイスして公開される予定となっている。宇都宮は、今回のプロジェクトをこう振り返る。
「映像に写る1つひとつの展示物の位置や、お菓子の角度を社員の方と相談しながら、何度も何度も調整して気が付いたら夜が明けていました。その中で、社員の方のお菓子に対する熱意や心意気に触れ、この思いに応えたいと改めて思いました。公開後も、どのように受け入れられるか不安でしたが、全力でヨックモックの社員の方に応えた結果が、あの温かい拍手だったと感じます。同社の記念プロジェクトは、まだ続いています。今後も心を込めた仕事を続けていきます」