ANAとJFEが経産省のイベントでアピール

攻めのIT経営の先進企業はIT経営レポートを制作

  • 村中 敏彦

    ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント 村中 敏彦

攻めのIT経営の先進企業はIT経営レポートを制作
経産省が2019年4月下旬に開催した「攻めのIT経営銘柄2019」の発表会では、登壇した先進2社がIT経営のIR(IT-IR)への取り組みとして、IT経営レポートを発行していることをアピールした。

企業のIT経営(ITを積極的に利活用した経営)が浸透するだけでなく、IT経営のIR(IT-IR)が進んでいく。その兆しが、経済産業省が東京証券取引所と共同で選定する「攻めのIT経営銘柄」の2019年4月23日の発表会で現れた。

IT経営銘柄の最上位としてグランプリを選定

「攻めのIT経営銘柄」は2019年4月発表分で5回目(5年目)を迎え、経産省としてデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する政策、具体的には「DX推進ガイドライン」との連携を打ち出し、銘柄の最上位の位置付けとなる「DXグランプリ」の1社を初めて選定することとした。それに選ばれたのが「ANAホールディングス」(全日本空輸などの持ち株会社)である。

この「攻めのIT経営銘柄」への応募企業数は2018年発表分まで順調に増加してきたが、前年の491社から今回は448社へと約1割減少した。これと連動するように、選定された銘柄数も、前年の32から今回は29へと減少した。経産省では、「DXの推進を評価項目に取り入れたことで、参加への難易度が高くなったことが一因」と推定する。応募企業の取り組みの質を高めることと、裾野を拡大して普及させることの両立が難しいことを示唆している。IT経営とIT-IRを普及させるうえで、応募数の勢いが鈍ったことは気がかりではある。

なお、DXとは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義し、業種の枠を超えて、「デジタル時代を先導する企業」を「DXグランプリ」に選定すると告知して、上場企業の参加を募集していた。

一方で、IT-IRが進んでいく兆しが、発表会の後半のパネル討論で感じられた。「DXグランプリ」に選定されたANAと、5年連続で銘柄に選定されたJFEの2社が、パネル討論に登壇し、ANAとJFEの2社は、統合レポートとIT経営レポートで、IT-IRに取り組んでいることをアピールしたためだ。

図1 「攻めのIT経営銘柄2019」の発表会(2019年4月23日開催)での
パネル討論の模様

図1 「攻めのIT経営銘柄2019」の発表会(2019年4月23日開催)でのパネル討論の模様

パネル討論で司会(モデレーター)を務めた「攻めのIT経営委員会」委員長の伊藤邦雄氏(写真の左端)は、2019年の銘柄に選定された先進企業3社や委員とともに、攻めのIT経営の実現手法や留意点について討議した。

IT経営の先進2社がIT経営レポートをアピール

「攻めのIT経営委員会」委員長の伊藤邦雄氏は、グランプリ企業のANAに対して、「全社イノベーションへの取り組みが本格的で画期的であり、その実効性を高く評価した」と講評した。特に評価できる取り組みとして、ストレスフリーな顧客体験価値の提供、空港オペレーションの革新的な生産性の向上、自分が実際に移動しなくても現地にいる「アバター(分身)」を用いて物理的に物を動かしたり触ったりする技術などの面白い試みを挙げた。

ANAは統合レポートとIT経営レポートの一部を、発表会の来場者に投影して示したほか、統合レポートは自社のIRサイトで公表している。伊藤委員長は、グランプリ企業としてのANAについて講評する際に、「『攻めのIT経営に関するアニュアルレポートを作ってください』とかつてスピーチしたことを実践し、IT経営白書を作っていただき、嬉しく思う」とコメントした。

図2 ANAのIT-IRへの取り組み

これに対して、JFEは銘柄の制度が創設されて以降、5年連続で銘柄に選定されている常連企業である。ANAは2年連続2回目であり、選定回数で見るとANAを上回る。ちなみに、5年連続は、JFEのほかに、アサヒグループホールディングス(アサヒビールの持ち株会社)、ブリヂストン、東日本旅客鉄道、三井物産、東京センチュリーの5社である。

JFEは統合レポートもIT経営レポートもIRサイトで公表している。パネル討論に登壇したJFEスチール 常務執行役員IT改革推進部長の新田哲氏は、IT経営レポートの実物(紙媒体)を壇上で手に取って聴衆にアピールした。これは、JFEグループが考える「攻めのIT経営」について、顧客や株主・投資家をはじめとするすべてのステークホルダーに発信するものだ。

図3 JFEのITレポートの紹介

IT経営レポートの発行と公表の広がりに期待

ANAとJFEの2社のIT-IRの2種類のアウトプットを比べると、統合レポートは、企業が投資家に統合的に情報を開示するための経産省の指針「価値協創ガイダンス」に準拠している点では共通するものの、統合レポートとIT経営レポートの関係が異なる。

図4 攻めのIT経営銘柄2019の発表会で、
IT経営レポートの制作を公表した2社のレポートの概要

ANAは、IT経営レポートを非公開としている分、統合レポートの中でIT経営について強調しているように見える。ANAの統合レポートは126ページと分量が多いため、IT経営について紙幅をさく余裕をもてたとも言える。

これに対して、JFEは製造業としてモノの製造・販売や技術開発と事業戦略との関係を説明する必要性が高いためか、IT経営についての記述は相対的に少ない。JFEの統合レポートは94ページで、ANAと比べてコンパクトにまとめられており、IT経営について紙幅をさく余裕をもちづらかったのかもしれない。これを補うのが、IT経営とIT戦略に特化したIT経営レポートである。JFEは、統合レポートもIT経営レポートも公開しているので、両方を閲覧する人にも、片方だけの閲覧者にも、それぞれの閲覧目的に応じて、適切な分量と内容で情報を伝達できる。

企業はIT-IRを進めるうえで、統合レポートとIT経営レポートの関係を整理する必要がある。統合レポートの読み手はIT経営だけに関心をもっているわけではないため、IT経営についての記述分量をいたずらに増やすことはできない。IT経営レポートを独自に制作して公表することは、IT経営の意義をステークホルダーに示す絶好のツールとなるであろう。

IT経営に関する情報発信メディアとして「IT経営レポート」を発行すると、多様な読者に対して、資本市場ルート、社内ルート、社外ルートの3つの経路を通じて、「IT経営力の向上」と「ブランド力の向上」につながる効果が期待される。

図5 「IT経営レポート」の対象読者ごとの期待効果

 

社内ルートでIT経営力を高めるだけでなく、資本市場ルートで「攻めのIT経営」という新たな着眼点に着眼した銘柄選定と投資行動を促すためにも、IT経営レポートを発行し、IRサイト等で公表する動きが広がることが期待される。

村中 敏彦

ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント村中 敏彦

1985年に京都大学法学部を卒業後、大手コンピュータ・メーカーでIT製品・ソリューションの提案や導入を担当するSE(システム・エンジニア)職に従事、大手化学メーカーの業務改革推進部門で事業システムの企画や全社業革事務局を担当。1992年に日経BP社に入社。「日経コンピュータ」などIT媒体の編集記者、新規媒体・事業開発、マーケティング調査を担当。同社コンサルティング局の分社独立に伴い、2002年に出向し、現在に至る。ICT/BtoB企業を主要クライアントとして、ICT/BtoB分野の記事やレポートの作成、顧客ニーズの分析やマーケティング戦略立案の支援を行う。