一方で、これらに関する国際的なガイドラインをキャッチアップしながら、活動を推進し、さらにステークホルダーに情報を発信してくことは、明確な共通のルールがないため困難を極め、頭を悩ませている企業も多いことでしょう。 そこで今回、CSR/CSV活動やその情報発信において先駆的な取り組みを実践し注目を集める伊藤園の常務執行役員 CSR推進部長 笹谷秀光氏に、CSR/CSV/ESGを取り巻く世界の状況、CSR/CSV/ESGに関する情報をどう発信すべきかについてお話を伺いました。 聞き手:古塚 浩一(日経BPコンサルティング カスタムメディア第一編集部長)
サステナビリティとは、
「世のため、人のため、自分のため」そして「子孫のため」
今や企業規模にかかわらず、CSRは経営において避けて通ることのできない要素となっていますが、現状、笹谷さんは、CSRが日本企業にとってどのような意味合いを持っているとお考えか、教えてください。
常務執行役員 CSR推進部長
笹谷 秀光 氏
笹谷 今、グローバル時代の節目が確実に来ていると思います。
ここ数年、サステナビリティ、すなわち持続可能性が話題になっていますが、これは私の言葉でいえば「世のため、人のため、自分のため」、それに加えて「子孫のため」という世代軸も入った概念です。たとえば最近、日本では富士山、和食など世界遺産や無形文化遺産が立て続けに認められています。これらには普遍的な価値があり、なおかつ次世代に残していくべきだということですね。そこに東京五輪・パラリンピックがきます。これはもちろん持続可能性を重視した方法で大会を運営し、成功させ、日本ならではのおもてなし文化も世界に広められるチャンスです。
これは大変いい流れで、日本は世界の注目を集める大事な時期にきています。さらにはICTやIoTも世界に引けをとらず、日本において飛躍的に進化していますから、ここまで揃うと日本ではグローバルに新を付けた「新グローバル時代」というパラダイムシフトが起こっているのだと思います。世界が注視する中で、もちろん企業には本業に根ざした新たなCSR戦略がなければやっていけませんし、そのためにも新しい時代に対応する力が求められます。CSRとは、社会的責任というより、まさに社会への対応力だと私は考えます。
SDGs、パリ協定、コーポレートガバナンス・コードが
策定された2015年はESG元年
CSRに大きく関連する国際的な取り決めもここ数年で多く登場しました。
笹谷 2015年9月、国連が国際社会共通の成長目標「持続可能な開発目標(SDGs)」を定めました。途上国の発展を促すことを目的として国連が定めたMDGs(ミレニアム開発目標)と異なり、先進国・途上国が力を合わせ、普遍的に実行しようという目標です。これは今後の世界の中で日本がうまく渡り合っていく、いわば羅針盤になると思います。企業としても、そこに記された17の目標の中で自分たちはどこに大きく本業で関与し、貢献していけるかを考えられます。私はぜひこのSDGsを活用すべきだと思いますし、実際に伊藤園でも活用しています。
さらに同年12月、COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で歴史的なパリ協定が合意されました。この年には日本でも、上場企業における企業統治の指針となるコーポレートガバナンス・コードというルールが金融庁と東京証券取引所で策定されました。つまり、SDGs、パリ協定、コーポレートガバナンス・コードと、企業に関わる3つの取り決めが2015年に登場したわけです。これは言い換えると、ESG(環境・社会・ガバナンス)のすべてのルールが決まったということです。そこで私は2015年をESG元年と呼んでいます。
そして、2017年はESG実装元年と呼びたいと考えています。言葉だけでなく、いよいよ実行の段階に入ったと。いわばサステナビリティ新時代の幕開けと理解していいでしょう。企業のブランディング、その発信がきわめて大事になる局面に入ったということです。
もちろん、それは絶好のチャンスである一方で、リスクでもあります。世界の考え方に合致しないと様々なトラブルが起こり得ます。そこで、協働で新たな価値を創造する力、私の言葉でいえば「協創力」が必要になるわけですし、それはハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授らによって提唱されたCSVの考え方にもつながります。
そのCSVやESGをはじめ、経営にまつわる新たな概念が次々と出てきています。
笹谷 私は農林水産省に31年勤務し、伊藤園に移って10年目になります。行政もビジネスも経験している立場ですから、行政側の考え方を企業に伝え、一方で企業はこういったことができるということを行政側に伝える、その橋渡しとしての役目が重要だと考えました。
この間、2010年にはCSRに関する基準となる国際規格「ISO26000」が発行されました。行政や国際文書は一般に読みにくいものが多く、企業人にはなかなか刺さりにくい。そこで私は2013年に、ISO26000の内容をわかりやすく解説する『CSR新時代の競争戦略 ISO26000活用術』という本を上梓しました。そのあとCSVの議論も盛んになり、それを反映して2015年には『ビジネス思考の日本創生・地方創生 協創力が稼ぐ時代』という本もまとめ、自分なりの頭の整理も進みました。
ISO26000やCSVに、伊藤園ではどのように向き合っているのですか。
笹谷氏(右)の「発信型三方よし」の話に聞き入る聞き手の古塚(左)。
笹谷 私自身は伊藤園に来てから経営企画部長を務め、ISO26000を組み込んだ中期経営計画(2012〜14年)の立案に携わり、CSR報告書もISO26000に書かれている「組織統治」「人権」「労働慣行」「環境」「公正な事業慣行」「消費者課題」「コミュニティへの参画及びコミュニティの発展」という社会的責任の7つの中核主題に沿った構成に一新しました。これは社内のメンバーといろいろやり取りしていく中で、当社の社会課題に対する感度が非常に高いことを実感したゆえに、おのずとその方向性へと向かったものです。
当社の創業以来の社是は「お客様を第一とし 誠実を売り 努力を怠らず 信頼を得るを旨とする」ですが、この中にはお客様、つまりすべての関係する方々からの信頼を大事にするという意味が込められています。ISO26000だけでなく、CSVの考え方も社是に素直に通じるものなので、当社としてはすんなり入っていけたと思います。
横文字だけでは伝わらない
CSRとは、言うならば社会への対応力
こういった新しい概念は、理解するのが難しいという声もあります。
笹谷 いかんせん、CSR、CSV、ESG、SDGsと横文字が多いですね。横文字ばかりだと、わかったようで意外とわかりにくい。CSRは企業の社会的責任と訳されますが、先ほども言ったように本来は社会への対応力ととらえるべきです。つまり企業は単なる社会貢献ではなく、本業を活用して対応力を身に付けなければいけない時代になっているということです。そこにポーターが、社会課題にも着目してビジネスを行うことで、社会と経済の同時実現が可能な戦略を目指すべきだというCSVを打ち出したわけです。
私なりに考えたら、CSVの訳は「三方よし」がいいのではないかと思いました。近江商人の心得、「自分よし、相手よし、世間よし」の三方よしですね。ところが三方よしの本来の考え方には、徳は隠せ、良いことをすればわかる人にはわかるというものがあって、それはこのグローバル時代に通用しません。私もそこはいかがなものかと思い、考え直しました。やはり発信はしなければならない。だから単なる三方よしではなく、発信して三方よし、つまり「発信型三方よし」に切り替えれば、日本人にもわかりやすいのではないでしょうか。
日本ではおっしゃる通り、今なおいいことは人知れずひっそり行うことを美徳とするところがあります。私自身、企業は社会にとっていい行いをしたら、その行いを広げるためにももっと発信すべきと、日ごろから思っているのですが、「発信型三方よし」を企業で実践する際に重要なことは何ですか。
笹谷 イノベーションを起こすにはWIN-WINで結ばれる関係者の連携が前提です。そこで、連携のための活動の共通基盤、プラットフォームが必要になります。ひと昔前は「産官学」でしたが、これだけでは足りない。ここに、金(金融界)、労(労働界)、言(メディア)を加える。産官学、金労言。この新たな連携のためのプラットフォームを作り、浸透させていくべきだと思います。
金はいうまでもなくファイナンスが重要だからです。労も働き方改革につながってきます。そして、言は発信。発信をしないと仲間が増えません。伊藤園は茶産地育成などの事業に取り組んでいますが、単独でそうした事業を行っても、仲間が集まらなければイノベーションは生まれないのです。ですから私は、発信がきわめて重要だと思っています。
昨年末、地方創生まちづくりフォーラムのイベント「まちてん」で実行委員長を務めたのですが、そこで私も発信の重要性と、3つのコツを学びました。まず、物語性が大事。ストーリーになると頭に残りやすいんですね。次に、わかりやすいこと。横文字を並べるとわかりにくいのもここにつながります。そしてもうひとつが、戦略性。誰に、いつ、どのように訴えるか。この「物語性」「わかりやすさ」「戦略性」の3点です。今年も実行委員長を務め、facebookページでレポートを発信していきます(笹谷秀光のまちづくり最前線~【まちてん】実行委員長レポート~)。
やはり発信がきわめて重要だということですね。
笹谷 積極的に発信することで、たとえば当社の茶産地育成事業などの取り組みは、おかげさまで世界に評価されています。米フォーチュン誌の2016年9月1日号では「世界を変える企業50社」の18位に選ばれましたし、その前年には日経ソーシャルイニシアチブ大賞の企業部門賞をいただいています。2013年にはポーター賞も受賞させていただきました。発信の結果として、お客様からの評判だけでなく、さまざまな受賞などを通じ、企業の社会的評価も高くなってくるのを実感しました。
バリューチェーンで
「三方よし」を実践し、社会に共感を広げる
独自のDNAが根付いている伊藤園が、CSRコミュニケーションの顔となるCSR報告書を制作するうえで、もっとも力を注いだのはどのようなことですか。
伊藤園のCSRレポート 「S-Book サステナビリティレポート2016 特集編
笹谷 私たちの基本はあくまでも社是になります。「お客様を第一とし 誠実を売り 努力を怠らず 信頼を得るを旨とする」。このお客様第一主義を社員みんなに浸透させ、それぞれのセクションで徹底しています。茶産地を育成しているところではお客様は農家や行政ですし、製品は消費者ですし、製造では製造のパートナー、販売は販売店。このようにそれぞれの対象、いわばマルチステークホルダーを大事にしようという思いが、根底にあります。CSRのDNAがもともと根づいていた会社なのだと思います。そのことをCSRレポートでしっかり伝えることに、力を注がなければいけません。
そこで前回お話ししたように、2011年に最初のCSRレポートを制作するにあたって、ISO26000にある7つの中核主題を踏まえて体系化し、総合的にアプローチしました。すると、当社の様々な事業の関係性がよくわかるということで、その“見える化”が社内外で評価されました。レポートは年々進化させ、特に、今回のサステナビリティレポート2016はESGも考慮してSDGsの企業への応用をすべての側面で示したものですのでぜひご覧ください。
前回お話しされた「三方よし」の考え方はCSR報告書にどう盛り込まれているのでしょうか。
「バリューチェーンを通じて生み出す価値」
笹谷 キーワードはバリューチェーンだと思っています。お茶を例にとると、茶葉の調達、製造、商品開発、販売といった流れがあり、流れのそれぞれに価値創造への思いがこもっています。調達の段階であれば茶産地の育成事業をしたい。日本のお茶の約4分の1を使っている企業として、安定的な調達は最大のテーマですから、茶産地の育成も当社にとって重要な事業です。九州で耕作放棄地も活用し、行政や農家と連携して大規模な茶産地を育成しています。
栽培された茶は全量を買い取るので、これで農家の経営は安定します。異業種から参入されたパートナーもいるのですが、技術供与するので安心です。そして、耕作放棄地を使うので地域課題の解決につながり、環境保全の配慮もして、雇用の創出もできます。つまり「三方よし」になるわけですね。伊藤園は安定的で高品質な茶葉の調達、農家は経営安定、地域は地域活性化。まさに「三方よし」の構造が生まれていくわけです。
ポーターの言葉でいえばCSVですが、この構造があれば、伊藤園と組んでよかった、またやりたいとなりますし、ぜひ私も加えてほしいというパートナーも増え、事業の継続性が生まれていく。肥料産業や農協、研究機関など様々なクラスターが集まり、集積構造ができあがって、そこにまた刺激も生まれます。調達、製造、販売など様々なバリューチェーンの中に、ストーリーがあり、相互の調和がある。それを発信していくことが、まさに「発信型三方よし」。これは当社だけではなく、やはり汎用性のある理論だと思います。
消費者は商品に企業のどのような思いが
込められているかを知りたがっている
バリューチェーンの中でストーリーを生み出すことは、企業にとってハードルの高いことなのでしょうか。
「伊藤園統合レポート2016」。統合レポートとしては2年目。
笹谷 伝えるべきコンテンツがあればそれほど難しいことではありません。当社で例えれば、お茶のカテキンは健康性が高く、そこを突き詰めれば特定保健用食品(トクホ)の製品になり、消費者に喜ばれる。また、環境にも配慮し、大量に出る茶殻も農家に肥料やたい肥として使っていただく以外に、段ボール箱やあぶらとり紙などのリサイクルで活用しています。このように、バリューチェーンのあらゆるシーンで伊藤園ならではのストーリーが生み出されています。
ひとことでいえば、「茶畑から茶殻まで」。茶の生産から製品の製造、販売、そしてその後まで、様々なステークホルダーと共有できる価値を創造し、WIN-WIN関係を築いていけるのです。
伊藤園の本庄大介社長のメッセージ「世界の ティーカンパニーに向けて革新と共有価値の 創造により持続可能な成長を追求」。 (伊藤園統合レポート2016より)
なぜバリューチェーンが重要という話をしたかというと、たとえば消費者のみなさんは、企業が提供する製品がどのように出来上がっているのか、どのような思いが込められているのかを知りたがっているからです。同じような製品があっても、ストーリーを知っていれば、それならやはり社会や環境に貢献している製品を買いたいと思うでしょう。当社の場合はバリューチェーンのどこで何をしているのかを伝えることで、せっかくなら伊藤園の製品を選びたいと消費者に思っていただけるように情報を発信しています。同様にほかのステークホルダーのみなさんに対しても、わかりやすいバリューチェーンのストーリーは大きなアピール力を持っています。
創業者の本庄八郎会長は、三菱総合研究所 理事長の小宮山宏氏との対談で「関係者との協働により世界のティーカンパニーを目指して常にチャレンジして、五輪以降も見据えた『レガシー創造』にも取り組みます」と語る。(伊藤園統合レポート2016より)
笹谷 今は投資家のみなさんがESG(環境・社会・企業統治)をチェックしています。SDGs(国連が策定した国際社会共通の目標「持続可能な開発目標」)を踏まえて企業がビジネスチャンスをきちんとつかんでいるか、たとえばSDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」に照らして健康訴求の研究開発を実践しているか、その点で投資効果のある企業かどうかをしっかり見極めているのです。また人権や水問題など、リスク管理ができているかという目線も持っています。チャンスとリスクの両面の対応力を見るのがESG投資です。
統合レポートをなぜ作ったかというのも、まさにその流れの上にあります。財務データだけでは投資の判断材料として不十分。やはりそこは非財務データ、CSR活動もよく見ておかないと企業の持続可能性は判断できないということです。
このように、ESGのE(環境)やS(社会)課題にどう対応しているかというチェックにも役立つのがSDGsです。もう少し当社の活動で見ておきましょう。茶産地育成事業はSDGsの目標2「持続可能な農業」などに関連します。
販売では、「ルートセールス」でのきめ細かな顧客訪問を通じ、「お茶で日本を美しく。」などの世界遺産等保全活動(2015年日本水大賞・経済産業大臣賞受賞)や和食文化にも貢献しています。これはSDGsの目標4「教育」や環境に関連する活動です。同様に、28年続く「お~いお茶新俳句大賞」も、全国約2400校の学校教育でも活用され、英語俳句も人気が高まっており、目標4に関連する活動です。今回政府の推進する「beyond2020プログラム」に認証されました。
さらに当社では目標5の「ジェンダー平等」も重視しており、毎年定めるCSR社内表彰2016では女性活躍プロジェクトが受賞しました。
このとおり、伊藤園の主なCSR活動をバリューチェーンで整理して、17個の目標をマッピングしたのが先ほどの図です。
伊藤園は世界課題も踏まえて「世界のティーカンパニー」を目指しており、今回の新中長期計画では「お茶で、世界を、笑顔に。」というメッセージを発信しています。
統合レポートの経営とCSRをシンクロさせた
ストーリーが投資家の共感を呼ぶ
環境や持続可能性を意識している姿勢を明らかにすることも、統合レポートの大きな意義なのですね。
ステークホルダー向けのコミュニケーション ブック「伊藤園 お茶にまつわる 7つのストーリー」
2013年に伊藤園が発行したコミュニケーションブックでは 映画をモチーフに、伊藤園とパートナーのストーリーを7つ紹介。
笹谷 現在、企業にとって環境とサステナビリティは最重要のテーマです。そこで、伊藤園が持続可能な社会に向けてどのようなことを実践しているかをわかりやすく伝えるため、今回はSDGsとの関連性に重きを置いて説明しました。伊藤園の活動のすべてがSDGsと絡み、世界の課題と関係していることを強調したのです。たとえば「お〜いお茶新俳句大賞」は、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」と絡んでいます。このように身近なこととして伝えることが、消費者への訴求に加えて、社員のモチベーション向上やパートナーのみなさんとの相互効果をもたらします。
もちろんそこでもストーリーが大切になってきます。投資家のみなさんにも理解しやすいように、重要事項を適切に選び、経営とCSRをシンクロさせながらわかりやすく伝えないと、投資判断をするのが難しい。だからこそ、財務データと非財務データをまとめた統合レポートには大きな意義があります。
ストーリーの発信という点では、統合レポートとは別に、2013年のCSR報告書の一部を再編整理したステークホルダー向けのコミュニケーションブック「お茶にまつわる7つのストーリー」も制作されています。こちらは、7つのストーリーの名の通り読み物を中心に構成され、映画をモチーフにしたデザインも話題になりました。
笹谷 茶産地育成や品質管理、環境配慮、持続可能な開発のための教育、食文化への貢献など、文字通りお茶にまつわるバリューチェーンのストーリーをわかりやすく発信しようとの思いが形になったものです。2013年に発行したものですが、おかげさまで伊藤園がバリューチェーンの中で社会に提供する価値が具体的によくわかると大変好評で、現在も使い続ける定番資料になりました。ステークホルダーにより的確に訴えるため、統合レポートとは別の形でこのようなツールを用意しておくことも必要なのではないかと思います。
統合レポートを制作する上で、その他に留意すべきことはありますか。
笹谷 CSR報告書や統合レポートの制作にあたっては考慮すべきGRI(Global Reporting Initiative:サステナビリティに関する国際基準を提唱する非営利団体)ガイドラインやIIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)ガイドラインなど様々なガイドラインがあります。それぞれの会社の思いや戦略、文化、業種などによって異なりますが、ガイドラインをベースにカスタマイズし、関係者にわかりやすいものをつくり上げていく姿勢が大事です。
レポーティングには押さえておきたい重要なポイントがあります。まず、完全であること。そして、理解しやすいものであること。さらに、ステークホルダーの関心に敏感であること、正確であること、バランスが取れていること、時機を得ていること、などです。
企業として取り組むべき重要事項を選ぶ際も、当社の場合はステークホルダーの意見を様々なところで聞いているほか、投資家とのディスカッションや、お客様相談室、製造現場から上がってくる情報などを集約しています。昨年でいえばSDGsやCSVの最先端をキャッチアップしている専門家にも意見を聞き、検証、レビュー、見直しを行いました。
統合レポートを社員全員が読むことで
社内でもブランドの浸透が進む
統合レポートを制作して得られたメリットとしてはどのようなものがありますか。
笹谷 統合レポートは外部に対してだけでなく、社員全員のワン・ボイス化が進むメリットもあります。営業も製造も商品企画も同じものを使う。これはブランドの浸透という点で大切です。「伊藤園はこういう会社です」と社員が説明できる、これも当社の強みといえます。最近は「茶畑から茶殻まで」というメッセージが社員に浸透してきていることを実感します。
当社はイノベーションの会社です。お茶を初めて缶やペットボトルに入れるといったモノのイノベーションだけでなく、会社のあり方についてもイノベーティブなんですね。
今回の統合レポートでは、代表取締役社長の本庄大介が「革新と共有価値の創造により持続可能な成長を追求」するというメッセージを訴えていますし、創業者で会長の本庄八郎は、三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏との対談の中でも「関係者との協働により世界のティーカンパニーを目指して常にチャレンジして、五輪以降も見据えた『レガシー創造』にも取り組みます」と言っています。これが、今の伊藤園がもっとも伝えたいことです。
そして実際にイノベーションを起こすのが社員です。伊藤園にはお茶の専門家を育成する「ティーテイスター」という社内資格があります。今回、これが厚生労働省認定の社内検定になりました。認定マークを名刺などにも記載でき、企業価値向上と人材育成・スキルアップでの効果が期待できます。社員5,398人の約3分の1が有資格者で、製造・販売・商品企画などすべての分野にいますので、今後、イノベーションを起こし、お客様にストーリーを伝える上で大きな力になっています。
最後に、今後のCSRやESGに関する情報発信についてお聞かせください。
笹谷 当社の統合レポートはまだ進化の途中です。本業を入れ込んだCSR活動こそが企業の競争力の源泉になりますし、その結果がブランド力となります。今後のレポートでも「発信型三方よし」の精神を軸に、伊藤園の企業価値とブランドを正しく伝えていけたらと考えています。
取材を終えて
ESG投資が加速する中で、ESGに関する情報を財務情報と結び付けて投資家に伝えるべく、統合レポートの制作に踏み切る企業が増えています。一方で、IIRCガイドラインなどに準拠しながら、様々な項目を盛り込むことに力を注ぐあまり、各社が発行する統合レポートの内容が横並びになってきている現実もあります。
そのような状況の中、今回のインタビューにおいて笹谷氏が何度も口にした通り、伊藤園のCSRコミュニケーションは“ストーリー”を伝えることに軸を置いており、同社が発行する統合レポートやコミュニケーションブックは、投資家はもちろん消費者が読んでも、伊藤園のDNAが伝わり、さらに社員一人ひとりの想いにもふれることができ、他社のCSRコミュニケーションとは一線を画しています。笹谷氏が提唱する“発信型三方よし”は、バリューチェーンの中でどのように共有価値を創造し、さらに創造した共有価値をどうストーリーに仕立て上げ社会に発信すべきかについて、頭を悩ませる多くの企業にとって参考になることでしょう。
(古塚 浩一)
株式会社伊藤園 常務執行役員 CSR推進部長
笹谷 秀光 (ささや・ひでみつ)
1976年東京大学法学部を卒業、77年農林省(現農林水産省)に入省、81年~83年人事院研修でフランス留学、外務省出向(在米国大使館、一等書記官)。農林水産省にて中山間地域活性化推進室長、市場課長、国際経済課長等を歴任。2003年環境省大臣官房政策評価広報課長、05年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て、2008年退官。同年伊藤園に入社、知的財産部長、経営企画部長等を経て10年~14年取締役。同年7月より現職。
特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム理事、日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事。 著書に『脇創力が稼ぐ時代―ビジネス思考の日本創生・地方創生―』(ウィズワーク社、2015年)、『CSR新時代の競争戦略 ISO26000活用術』(日本評論社、2013年)。
※肩書きは記事公開時点のものです。
サステナビリティ本部 本部長
古塚 浩一
2018年、日経BPコンサルティング SDGsデザインセンター長に就任。企業がSDGsにどのように取り組むべきかを示した行動指針「SDGコンパス」の5つのステップに沿って、サステナビリティ経営の推進を支援。パーパスの策定やマテリアリティ特定、価値創造ストーリーの策定から、統合報告書やサステナビリティサイト、ブランディング動画等の開示情報をつくるパートまで、一気通貫でアドバイザリーを行うことを強みとしている。2022年1月よりQUICK社とESGアドバイザリー・サービスの共同事業を開始。ESG評価を向上させるサービスにも注力している。