昨日までまったく意識していなかった企業が、今日から急に競合になる。そんな例の最たるものが、2016年4月1日から始まる電力小売りの全面自由化でしょう。8兆円ともいわれる規模の市場には、あらゆる業界から様々な企業が参入します。しかも、発電、送電、配電、売電といった電力供給の流れにおいて、必ずしも自社で発電しなくても売電ができる上に、送配電は、従来の各地域の電力会社が担うため、各家庭に供給される電気そのものはどの企業から購入しても同じで、契約する企業ごとに供給の安定性が変わるわけではありません。
ブランド力は5社が東電を上回る
では、業種の垣根が取り払われたとき、どのような観点が競争のポイントとなるでしょうか。「これまで通り」を選択する人や、安さやポイント還元、セット割なども考慮されるでしょう。ただ、インフラの選択には企業が持つ「ブランド」も関係するはずです。本稿では、業種の枠を超えて様々な企業が参入する電力小売りの自由化を例に、「ブランド」が持つ可能性を考えてみたいと思います。
図1は、「ブランド・ジャパン2015」のコンシューマー市場(BtoC)編にノミネートした1,000ブランドのイメージ評価の結果です。電力小売りの競争が最も激しい東京都に在住する一般消費者の回答に絞って示しました。図中には、同地域で電力小売りを始める主要な8ブランド(グループ企業を含む)のポジションが記してあります。日本最大規模のブランド価値評価調査である「ブランド・ジャパン」では、あらゆる業種のブランドが調査対象になっており、ブランド・イメージの評価軸も、業種にとらわれずに分析できるものになっています。ですから、業種に閉じた比較はもとより、これまでは考えもしなかった異業種のブランドとも、こうして即座に比較ができ、ブランド・イメージの強みや弱みを分析できるのです。
では、具体的に結果を見ていきましょう。図1の横軸は各ブランドの認知率で、縦軸はそのブランド総合力を表しています。
マーキングした8ブランドにフォーカスしてみます。まず、認知率(横方向)です。ジュピターテレコム以外の7ブランドは概ね90%以上であり、消費者との関係構築の土台となる、そもそも知られているかという点では、それほど差がないことになります。しかし、ブランド力という観点(縦方向)でみた場合、偏差値で20ポイント程度の開きが存在します。この縦方向の差はどうして生ずるのでしょう。私たちは、ブランドに対する消費者の意識深化5段階のうち、関心→理解→好感→ロイヤルティ(忠誠心)で生み出される価値の違いであると考えます(図2)。
ブランド力だけをみれば、既存の電力会社である東京電力よりも、ソフトバンク、エイチ・アイ・エス、東京ガス、KDDI、東急電鉄の5社は大幅に上回っていることが分かります。一方で、エネオスやジュピターテレコムも、東京電力と十分に争えるポジションにいるといえそうです。
キラリと輝くことができるのはどこか?
図1では、各企業間のブランド力の全体的な強さをざっくりと把握しました。続いて、先ほどの8ブランドが具体的にどのようなイメージを持たれているか、そのイメージ・パターンの違いを図3のレーダーチャートで確認しましょう。
一般消費者が評価する「ブランド・ジャパン」のコンシューマー市場(BtoC)編では、ブランド力が「フレンドリー(親しみ)」「コンビニエント(便利)」「アウトスタンディング(卓越)」「イノベーティブ(革新)」の4つの観点で整理されています( 調査詳細はこちら )。これらをチャートで表せば、その面積は、図1におけるブランド総合力の強さに概ね連動します。一方、そのチャートの形を見ていくと、ある観点では強さを発揮し、尖っているブランドが見えてきます。
まず、チャートの面積が大きく、ブランド総合力がともに高いソフトバンクとエイチ・アイ・エスは、イメージ・パターン(チャートの形)も似ており、「イノベーティブ」を最も強みとします。エネルギーから大きくかけ離れたモバイル通信や旅行代理店を本業とするこれらの企業が、こうした革新的なイメージを持っていることは、既存サービスに対するアンチテーゼを求める消費者意識とも重なり、新規参入するうえで追い風として働きそうです。また、格好良さや他との違いを表す「アウトスタンディング」においても、この両社が他を大きく引き離している点は、イメージ勝負の余地も大きい電力小売事業において、有利な差別化ポイントになり得ます。
一方、手元に届く電気の品質に違いはなく、イメージ勝負の余地も大きいとはいえ、毎日の生活を支えるインフラ事業として、品質感や利便性のイメージは、やはり、電力購入時の決め手となるかもしれません。こうした「コンビニエント」の観点で、既存の電力事業者である東京電力を抑え、最も強さを持っているのが東京ガスです。イメージ・パターンは東京電力と比較的似ていながら、「フレンドリー」と「アウトスタンディング」でも大きな差をつけ、優位に立っています。
しかし、「フレンドリー」に目を向けると、これらの8ブランド中で最も東京都民が支持したのは東急電鉄でした。渋谷・横浜間を主要路線とする同社の鉄道自体を日常的に利用する人が都民の大半を占めることはないながらも、東急グループとして、渋谷や二子玉川など沿線に話題のスポットとなる街づくりを展開する姿勢や、百貨店、ホームセンター、ホテル、文化施設、不動産仲介など、沿線以外に住む都民の生活にも幅広く入り込んでいる点が、特に親しみを感じるポイントでしょう。毎日使う電気にもこうした「フレンドリー」さが広がれば、ささやかな幸せが一つ増える、そんな気持ちになれるかもしれません。
大切なのは俯瞰すること
今回確認してきたように、業種のボーダレス化が進む中においても、ブランド・イメージの内訳を確認していけば、消費者に向けて訴求・活用すべき差別化ポイントを業種の枠組みを超えて見出すことができます。逆に、自社が持つイメージの強みをこれまで想像もしなかった異業種において発揮する道を見つけられるかもしれません。16年間変わらぬ指標で調査が続き、日本のブランドの“今”“すべて”を俯瞰できるのが、「ブランド・ジャパン」の最大の魅力です。