周年事業ラボ>サバイバル分析>新規事業を「兼務」で立ち上げて頓挫

サバイバル分析経営者の誤解(8)

新規事業を「兼務」で立ち上げて頓挫

  • 日経BP総研 ビジョナリー経営ラボ 徳永太郎所長
    文=菅野和利
  • 2018年05月21日
  • Clipボタン
新規事業を「兼務」で立ち上げて頓挫

サッカーの世界一を決める4年に1度の大会が6月に始まる。今から観戦を楽しみにしている方も多いだろう。1980~90年代にサッカーを見ていた人たちの間で、鮮烈な印象を残した選手がいた。イタリア代表のフランコ・バレージである。それまでスイーパーやリベロと呼ばれる最後列に位置するディフェンダーが守りを固めていたのに対し、バレージはディフェンダーをほぼ横一列に並べるゾーンディフェンスで守った。リベロを置く守備はどちらかというとマンツーマンで相手を追いかけて攻撃を潰すのに対し、ゾーンディフェンスはフィールドのゾーンごとに守備を分担し、相手を意図的にあるゾーンに追い込んでボールを奪う。守備というと受け身のイメージがあった時代に、ディフェンダーから仕掛ける攻撃的な守備で一世を風靡したのだ。

前回の記事では、ビジョンが社員の熱意を取り戻すカギとなることを説明した。社員がビジョンの下で熱意を持って自立的に仕事に取り組む。経営者にとっては理想的な環境だ。しかし、ここから先の展開に経営者の誤解がある。それだけで事業が発展するわけではないのだ。

ビジョンを基に戦略を立て、新規事業を立ち上げた。社員に熱意もある。自立的に動いてもいる。成功は間違いなしと思えるも、いざ実行となるとまったくうまくいかないケースがある。日経BPのシンクタンクである日経BP総研ビジョナリー経営ラボの徳永太郎所長は「社員が熱意を持てば持つほど、縦割りの論理で自部門の利益を最大化しようとする」と語る。新規事業部門と既存事業部門が対立し、新規事業を立ち上げたメンバーは成果を出せず、プロジェクトは途上で頓挫する。批判的だった社員から「それみたことか」と冷笑される。多くの企業で見られる光景だろう。

どうすればよいか。「ゾーン」がカギとなる。今回はゾーンディフェンス、ではなく「ゾーンマネジメント」の話である。

4つのゾーンをきっちり分ける

新規事業を展開しようとする場合、新規部署をつくって他部署から社員を集めてくる。ただ、既存の仕事をこなしつつ、兼務で新部署に所属するケースが多い。新規と既存のリソースを共有してしまう。これが新規事業の立ち上げに失敗する大きな理由の一つである。

「キャズム(Chasm:新製品を市場に出す際に直面する深い溝)」理論の提唱で著名なジェフリー・ムーア氏は、新著『ゾーンマネジメント』でリソース共有の弊害を述べている。「既存のビジネスへの投資と新規事業機会への投資の間で板ばさみに」なってしまう。破壊的イノベーションの波に乗るためには、経営資源の迅速な投入が必要だ。イノベーションが成熟してしまった後に参入しても、得るものは少ない。何としても上げ潮に乗らなければならない。新規事業と既存事業のリソースを共有してしまったら、最も重要なスピードが犠牲になる。

ムーア氏は、このジレンマを解決する理論として、企業のマネジメントを4つのゾーンに分ける「ゾーンマネジメント」を提唱している。「パフォーマンス・ゾーン」「プロダクティビティ・ゾーン」「インキュベーション・ゾーン」「トランスフォーメーション・ゾーン」の4つである。

S1-08_fig01.jpg
ジェフリー・ムーア氏が提唱する「4つのゾーン」(出典:『ゾーンマネジメント』日経BP社のP45の図を基に作成)

パフォーマンス・ゾーンは収益の屋台骨となる既存事業で成果を出すライン部門。プロダクティビティ・ゾーンは総務やマーケティングなど生産性を上げる部門。インキュベーション・ゾーンは新規事業のタネを探すR&Dなど。そして、ゾーンマネジメントでポイントとなるトランスフォーメーション・ゾーンは、新規事業を拡大する特別な役割を担う。

ゾーンの流れとしては、インキュベーション・ゾーンで新規事業のタネを見つける。タネの一つを選び、トランスフォーメーション・ゾーンで新規事業として育成させる。うまく育成したら、パフォーマンス・ゾーンに移行して既存事業とする。

S1-08_fig02.jpg
新規事業のタネが育成され、既存事業に移行する流れ

ポイントは、ゾーンのそれぞれで求められる結果が違うことだ。例えば、新規事業を育成させるトランスフォーメーション・ゾーンでは、成果は2~3年単位の限定期間で結果が求められる。パフォーマンス・ゾーンのライン部門では会計年度ごとに精緻な結果を出さなければならない。

ゾーンごとにマネジメント方法が違うことから、兼務の弊害が出てくる。担当者が複数のゾーンを兼務した場合、ゾーン同士で綱引きが起こる。例えば、パフォーマンス・ゾーンのエース社員がトランスフォーメーション・ゾーンを兼務したとする。新規事業で扱う商材を既存の顧客に提案する。顧客は乗り気になる。しかし、顧客の予算は決まっている。どこから予算を持ってくるか。顧客は既存商品に対する予算を切り崩すかもしれない。パフォーマンス・ゾーンの売り上げが下がることになる。エース社員はどちらに肩入れするだろうか。ジレンマが生じる。

ゾーンをまたがって兼務するということは、守備も攻撃もすべてをやって広いフィールドを1人で走り回るようなものだ。10年に1人の天才であればできるかもしれないが、通常はどっちつかずになるのがオチだ。「兼務はできるだけしないほうがいい」(徳永所長)

4つゾーンには多様な人材が必要

4つのゾーンに求められる役割は違う。そういった意味でも多様な人材が必要となる。社内にトランスフォーメーション・ゾーンを担う人材がいない場合、外部人材をスカウトする手もある。その場合、新たに加わった人材にどのゾーンでどのような役割が求められているか、明確に説明する。

ゾーンの観点から、昨今話題になっている働き方改革を考えると、取り組みの本当の意味が見えてくる。働き方改革の真の目的は、多様な人材が自立的に動けるように社員を支えることだ。国籍や文化、介護中、育児中といった環境の違いを乗り越えて、各ゾーンで社員が成果を出せるようにするため、会社が積極的にサポートを行う。それぞれのゾーンで社員が自分に合った仕組みを「選択できることがポイント」(徳永所長)となる。

ビジョナリー経営ラボは米Chasm Instituteと組み、新製品や新サービスを市場に投入するGo to Market戦略の立案を支援するサービスを実施している。さらに「ゾーンマネジメントに関して経営幹部向けの講習会を行う予定」(徳永所長)。マンツーマン・ディフェンスのように何もかも兼務して疲弊している企業には、このゾーンマネジメントの発想方法が特に役立つだろう。

  •  
  • 2018年05月21日
  • Clipボタン

情報を受け取る

本サイトのコラム更新情報や調査データや分析結果を受け取ることができます。登録は無料です。
  • ・関連セミナー情報
  • ・企業研究・サバイバル分析報告
  • ・調査データ
  • 周年事業関連情報
  • など、豊富な関連情報をメールでお届けします。

情報を受け取るkeyboard_arrow_right

周年事業ラボ>サバイバル分析>新規事業を「兼務」で立ち上げて頓挫