過去を清算して再出発

不祥事を包み隠さず掲載した周年史―西武HD

2017.07.28

周年事業

  • 菅野2023

    コンテンツ本部 ソリューション1部 菅野 和利

周年事業で周年史を制作する企業は多い。過去の出来事を整理し、自社の歩みを社内外に伝え、自社の未来のために過去を生かす。これが周年史を発行する意義だ。それではいったい何周年で作るべきものなのだろうか。50周年だろうか、100周年だろうか。実は、わずか10周年で周年史を制作した企業がある。西武ホールディングス(以下、西武HD)だ。その10周年史の制作裏話から、周年史を作る真の意義を探っていく。文=菅野和利


2016年7月27日、グランドプリンスホテル赤坂跡地に「東京ガーデンテラス紀尾井町」がグランドオープンした。そのオープニングセレモニーで、日経BPコンサルティング取締役の斎藤睦は、まばゆいばかりの照明を浴びた1冊のハードカバーの周年史を読んでいた。斎藤がページをめくっているのは、出席者全員に配られた西武HDの10周年史『10th Anniversary Book』である。斎藤はChapter2に載っている警察の捜索の写真を見ながら、9カ月前の会議室でのやり取りを思い起こしていた。

「過去の過ちを後世に全て残したい――」

再出発のために過ちを全て出す

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西武HDの10周年史『10th Anniversary Book』

埼玉県所沢市にある西武HD本社で周年史制作コンペのオリエンテーションが開かれたのは、秋晴れの2015年10月7日のことだった。そこで西武HD広報部がテーマに挙げたのは「再出発」。西武HDは2016年に設立10周年を迎える。2004年の総会屋への利益供与事件、証券取引法(現・金融商品取引法)違反から存続の危機に陥ったグループを立て直すため、西武HDが発足したのが2006年。2014年には、上場を果たしていた。

持株会社である西武HDが誕生してから10年、その間に相当の苦労があったのは想像に難くない。広報部としては、この10年でようやく再出発までこぎ着けたことを社外に知らせて、毀損したブランドを取り戻したい。また、様々な社員の努力の結果、上場のみならず、グループ一大プロジェクトの東京ガーデンテラス紀尾井町の開業に結び付けたことを社内で共に分かち合いたい。そういう周年史にしたいという。

不祥事があったにせよ、そこまでは通常の企業が考えることと大きくは変わらない。オリエンテーションに参加していた斎藤は、その後の広報部の発言に驚く。

「過去の過ちを後世に全て残したい」

通常、周年史ではポジティブイメージを全面に出す企業がほとんどだ。ネガティブイメージを積極的に出す企業はほとんどない。広報部は過去の過ちを全て掲載する意図をこう続けた。「不祥事から再出発までのスタート台に立つには、どれだけ大変かを伝えたい」

斎藤は目の前に座る西武HD広報部の覚悟をひしひしと感じた。確かに少しでも何か隠していると思われたら、常に過去の負のイメージを引きずることになる。過去を隠さない姿勢は最大のリスクマネジメントともいえる。不祥事後の修羅場をくぐり抜けてきたからこそ、隠さない姿勢の重要性に広報部は気づいているのだろう。

オリエンテーション後、すぐに日経BPコンサルティング社内で企画ミーティングが開かれた。過去の過ちを出すとしても、西武HD発信の体裁では都合のいいことしか載せていないと読者に思われる可能性がある。ある編集メンバーが言った。ぜひ第三者の視点を入れよう。それならと、別の編集部員が続けた。「日経ビジネス」のような特集記事にしてはどうだろうか。しかも、ジャーナリストに書いてもらおう。そこまですれば、自社目線ではなく第三者の視点から不祥事を記述して過去の清算を表現できるかもしれない。

過去を表現する方針は決まった。しかし、過去の清算だけではテーマの「再出発」に不十分だ。新生西武を読者に感じてもらいたい。

斎藤と編集メンバーたちは、この10周年史を単に過去を説明する記念誌にはしたくなかった。20年、30年先を見据えた周年史にしたいという気持ちがあった。かつて西武のイメージは、西武鉄道があり、西武ライオンズという球団があり、プリンスホテルがあり、住民に愛される企業でもあった。街、住民があっての企業であり、街とともに成長し、街をつくってきた企業といってもいい。確かに不祥事によってブランドは損なわれたが、過去も、今も、未来も、西武は街とともに歩み続ける。周年史に入れるコンテンツは、街とともにある西武を感じさせるものにすることで編集チームの意見は一致した。そして、街と西武が一体となっているイラストを扉にした「西武グループのいま」と、街とともに西武が成長してきたことを写真で読み解く「写真で見る西武ヒストリー」の2つのコンテンツを企画した。

覚悟には覚悟で応える

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警察の捜索の写真まで掲載したChapter2「再生への軌跡、この10年を振り返る」(出典:『10th Anniversary Book』P16、17 左下写真:朝日新聞社、右上写真:読売新聞/アフロ)

コンペでは、周年史に第三者視点を入れる提案が西武HDの意図と一致し、満場一致で日経BPコンサルティングが制作会社に決まった。早速、編集チームはジャーナリストと取材を進め、制作に必要な資料の探索に取り掛かった。

西武HDは10周年だが、西武グループの中には創業100年を超える企業が存在する。過去資料がどこにありそうか、編集チームは西武HDに聞いて資料を探し始めた。あるグループ企業の倉庫では、膨大な書籍やファイルから西武ヒストリーに使えそうな資料を探した。それでも必要な写真が手に入らない。新聞社や一般の方にも当たって当時の写真を手に入れた。また、全グループ企業の沿革を調べていたら、年号がどうしても合わない箇所があった。国会図書館で戦前の新聞を漁り、その企業が出稿していた広告から正しい年号を導き出したこともあった。

秋が過ぎ、冬を感じる間もなくあっという間に桜が咲いた。時間はいくらあっても足りなかった。当時のことを斎藤はこう語る。「あのころは寝ても覚めても西武だった。おそらく西武の誰よりも西武のことを考えていた」。過去を清算して再出発する契機にしたいという西武HDの覚悟には、やはり覚悟を持って応えなければならない。斎藤は「西武社員のつもり」で取り組んだという。

2016年7月、「1点のミスもなく」(西武HD広報部)、無事に配布できた10周年史は、社内、社外ともに高い評価を得た。過去の過ちを全て掲載した特異な10周年史は、2017年には専門誌『広報会議』にも取り上げられた。編集チームは発刊後の夢として、10周年史を西武沿線の図書館に置いて、新生西武を住民にも広く知ってもらいたいと考えている。

何のために周年事業をするのか

ここまで、あえて過去の不祥事を掲載して再出発の決意を社内外に示した西武HDの10周年史を紹介してきた。周年史というものは発行自体が目的ではない。単に50周年だから、100周年だからという理由だけで作るなら、得られる効果はそれほど高くない。周年史はあくまで目的をかなえる手段の1つだ。これが日経BPグループの考える周年史である。

今回の西武HDの周年史は、その考えがしっかりと具現化されている。西武HDの場合は、過去を清算して再出発することが目的だった。過去の不祥事によって100年の西武の歴史がゼロになる可能性があった。しかし、この10年の活動で、次の100年に歴史をつないでいくことができた。だから西武HDは、わずか10周年ながら、このタイミングで「再出発」の象徴となるものを発行する意義があった。

これから周年を迎える企業は「周年を機に何をすべきか」をまず考えたい。企業によってすべきことは当然変わる。「ブランドの再構築」「社内カルチャーの変革」「自社ファンの育成」など、目的は様々だ。次に、その目的をかなえるために「ベストな形は何か」を検討する。企業によって、事情によって、どんなものを作るべきか、その形は変わるだろう。「目的は何か」「目的をかなえるベストな形は何か」。この2つが明確になれば、社外、社内へ圧倒的な発信力を伴ったものができあがるはずだ。それは必ずしも周年史という形である必要はない。