ビジネスシーンにおけるデータエビデンスの重要性
「これまでの経験からすると…」「私の直感では…」──。これらの言葉は、これまでの日本企業の意思決定において、ある種の“美徳”とされてきました。しかし、現代のビジネス環境はVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と呼ばれるように、過去の経験が通用しづらい時代に突入しています。
今、求められているのは、客観的なデータや事実に基づく「エビデンスベースド」な意思決定です。本記事では、エビデンスがビジネスにおいてなぜ必要なのか、どのような種類があり、どう活用すべきかについて考察します。
経験や勘に潜む“落とし穴”──認知バイアスの罠
人は誰しも、判断や意思決定の際に「認知バイアス」の影響を受けます。例えば、成功事例ばかりを集めリスクを見落としてしまう。競合の価格に引きずられて自社商品の価格を設定してしまう。などビジネスシーンにおける意思決定には数多くのバイアスが影響しています。
これらの「認知バイアス」は、時に致命的な損失や機会損失を招きかねません。だからこそ、バイアスから距離を取り、客観的な根拠──すなわちエビデンス──を持って意思決定を行うことが重要なのです。
【認知バイアスの例】
- 新規事業企画の際に、成功事例ばかりを集めてしまい、リスク要因を見落とす。(確証バイアス)
- 新商品の価格設定で、競合商品の価格に過度に影響され、自社の商品価値に見合った価格設定ができなかった。(アンカリング効果)
- ひとつの大きなクレームに過剰に反応し対応策を講じたが、他の大多数の顧客ニーズを軽視してしまった。(利用可能性ヒューリスティック)
- 使いにくい古いシステムや設備を、導入コストが高いことを理由に使い続け、業務効率の低下や大きな障害を起こしてしまった。(サンクコスト効果)
- 競合他社の動向や評判を分析せず、自社の優位性を過信してしまう。(楽観主義バイアス)
ビジネスにおける“エビデンス”とは何か
エビデンス(evidence)とは、医学や学術の世界で「根拠」として重視されてきた概念ですが、ビジネスにおいても「判断の正当性や信頼性を裏付ける情報」として活用されます。ファクト、ソース、プルーフなど、呼び方は様々ですが、要するに「納得させられる材料」であることが求められます。
ビジネスの文脈では、エビデンスは大きく以下の二つに分けられます。
記録としてのエビデンス | 契約書、議事録・発言録、メール履歴、仕様書など、トラブル回避や事故防止のために証跡として残すもの |
---|---|
意思決定を支えるエビデンス | 統計データ、調査データ、専門的助言、計測データなど、判断材料として裏付けとなる客観的な「データ」や「情報」 |
特に後者は、その出所に応じて「一次情報」「二次情報」「三次情報」に分類されます。信頼性の高い一次・二次情報を中心に、多角的にデータを組み合わせて活用することで、より高精度な意思決定が可能になります。
【意思決定に活用されるエビデンス(情報)の種類】
定量 | 定性 | |
---|---|---|
一次 | 自身(自社)が主体となって収集した情報 | |
|
|
|
二次 | 第三者(他社)が主体となって収集した情報 | |
|
|
|
三次 | 一次・二次情報を加工や編集した情報/発信源がわからない情報 |
データの“活用”が未来を変える──求められるデータリテラシー
「データがある」ことと「データを使える」ことには大きな隔たりがあります。エビデンスを使いこなすには、単なる読み取りを超えた「データリテラシー」が不可欠です。これには以下の四つのスキルが含まれます。
- 読解力: データの性質や意味を正しく理解し、必要な情報を見極める力
- 分析力: データを整理・比較し、意味のある傾向を導き出す力
- 活用力: 分析結果をもとに、課題解決や戦略立案に活かす力
- 説得力: データを根拠に、社内外の関係者を納得させる説明力
これらの力を身につけることで、感情や思い込みに流されない「エビデンスベースド」な意思決定が実現します。
認知バイアスと向き合い、エビデンス思考を育むために
私たちが人間である限り、認知バイアスを完全に排除することはできません。しかし、バイアスの存在を自覚し、データという“鏡”を通じて自身の判断を客観視する姿勢は養うことができます。
そのためには、個人のリテラシー向上だけでなく、組織としての支援体制も重要です。データ分析チームの組成や、外部の専門家との連携を視野に入れながら、意思決定プロセス自体を見直すことも有効です。
まとめ──“勘”から“根拠”へ、ビジネスの進化を後押しするエビデンス
変化のスピードが加速する現代において、「根拠のない意思決定」はもはやリスクでしかありません。だからこそ、データを活用した合理的かつ説得力のある判断が、組織の成長と持続可能性の鍵を握っています。
経験や勘を否定するわけではありません。しかし、それらを補完し、より良い方向へ導いてくれるのがエビデンスです。
今後の意思決定の場面では、ぜひ「これは本当に根拠があるのか?」という問いを、習慣として自身に投げかけてみてください。その一歩が、組織にとっての大きな進化につながるはずです。
ブランド本部 ブランドコミュニケーション部 部長
伊藤 憲
大学卒業後、広告代理店勤務を経て2005年より調査業務に従事し、企業のマーケティングリサーチ、国・自治体の各種調査を担当。
2019年日経BPコンサルティングに入社し、企業や大学などのブランドコミュニケーション活動支援を行う。
「大学ブランド・イメージ調査」のプロジェクトマネージャーを務める。
※肩書きは記事公開時点のものです。