日本では、かつて障がい者スポーツは厚生労働省の所管であり、福祉やリハビリの要素が強く、健常者のスポーツとは扱いが異なっていた。その後、2014年に障がい者スポーツは文部科学省の所管に移管される。当時、テレビのキー局はオリンピック期間中、現地に特設スタジオを設け、競技中継や試合結果を伝えるが、オリンピックが終了すると、テレビクルーは日本に引き揚げてしまうということもしばしばだった。2015年に内閣府が行った調査によると、関心、観戦意向ともに、パラリンピックはオリンピックを10ポイント以上も下回る結果となり、国内でパラリンピックはそこまで注目されていなかった。
図1 両大会への関心
図2 両大会への観戦意向
出所:ともに2015年 内閣府「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」より作成
しかし最近では、「オリンピック・パラリンピック(オリパラ)」と併記されることも多くなり、徐々にパラリンピックの存在が国民に認知され始め、その関心が高まりつつあるように感じる。東京都が2018年に実施した「都民のスポーツ活動・パラリンピックに関する世論調査」によると、パラリンピックの認知度は96.4%に達した。2014年に同じく東京都が実施した「都民のスポーツ活動に関する世論調査」での認知度は87.3%であり、9.1ポイントの上昇がみられた。こうしたデータもパラリンピックへの関心の高まりを裏付けている。
東京2020パラリンピック競技大会の成否は、将来のパラリンピックやパラリンピアン、障がい者スポーツ界全体の未来を占っている。2012年に開催されたロンドンパラリンピックは、大会史上初めてチケットが完売した。同大会はオリンピックを協賛した全ての企業が、パラリンピックにも協賛した初めての大会でもあった。2016年に開催されたリオデジャネイロパラリンピックでは、南半球での開催という地理的に不利な条件がありながらも約210万枚のチケットを売り上げ、前回のロンドンパラリンピックの約278万枚に次いで、史上2位の売り上げを記録した。こうした追い風が吹く状況の中で、直近の2大会から渡されたバトンを2024年のパリパラリンピックにしっかりとつなぐことができたなら、東京2020パラリンピック競技大会はその役割を果たしたと言えよう。
そこで日経BPコンサルティングでは、ビジネスパーソンを中心に、パラリンピックに関する意識やチケット申し込みの意向などを尋ね、東京2020パラリンピック競技大会を1年後に控えたタイミングでのパラリンピックへの注目度を明らかにすべく簡易調査を実施した。
パラリンピックチケット抽選申し込み時期の認知度は4割台半ば
図3 パラリンピックチケット申し込み時期、認知状況
調査期間中、パラリンピックチケットの抽選申し込みは2019年夏(詳細時期未定)に実施されるということだけが発表されている状態だった。この「2019年夏に実施される」ということを「知っていた」のは全体で44.7%。2019年5月にパラリンピックに先んじて実施されたオリンピックチケットの抽選に申し込んだ人に限ると、認知率は66.5%と高くなったものの、オリンピックチケットの当落発表日の盛り上がりから考えると、やや物足りない印象を受ける。
パラリンピックチケットの希望者は13.9%
図4 パラリンピックチケット申し込み意向
全体では、パラリンピックチケットの抽選に「申し込みたい」は13.9%、「申し込みたいとは思わない」は86.1%となった。オリンピックチケット抽選申し込みの有無別でみると、「申し込みたいとは思わない」はオリンピックチケット抽選の申込者でも51.3%となった。オリンピックチケット申込者の半数はパラリンピックに興味を示しておらず、オリンピックとパラリンピックで盛り上がりが分断されてしまっていることがうかがえる。
ロンドンパラリンピックの放送を担当した英テレビ局「チャンネル4」は、オリンピックを1番手、パラリンピックを2番手と考えることはせず、パラリンピックを1番手と考え、「(オリンピックよ)前座をありがとう」という広告をオリンピックの直後に提供し、パラリンピックを盛り上げる一助を担った。こうしたアイデアは、東京パラリンピックを盛り上げるためのヒントとなるだろう。
開会式の観戦希望が最も高い
図5 観戦したい競技(直接、間接問わず)
注:競技名は、大会公式ホームページに準じる
直接、間接を問わず、東京2020パラリンピック競技大会で観戦したい競技があると回答した方に対して、具体的な競技名を尋ねた。その結果、「開会式」が最も高く(55.4%)、2位の「閉会式」(38.2%)とは17.2ポイントも差をつけた。3位の「陸上競技(トラック&フィールド)」(36.6%)までを含めた上位3競技は、いずれもオリンピックスタジアムで開催される競技となった。パラリンピックは障がい者スポーツでしか味わえない魅力を発見する機会となるにもかかわらず、その他の22種類の競技はおおむね25%以下となっており、大きな関心を集めることができていない。
例えば、視覚障がい者の水泳では、ゴールタッチやターンのタイミングを伝えるべく、コーチがタッピングバーと呼ばれる合図棒を用いて選手に合図を送るなど、健常者の試合にはない選手とコーチの共同作業がある。車いすバスケットボールでは、障がいの重さに応じて選手に1.0から4.5の持ち点が付与される。コート上の5人の持ち点の合計が14.0を超えてはならないため、チーム編成に持ち点という要素が加わり、健常者のバスケットボールとは戦術も変わる。パラリンピック競技は同じ競技のカテゴリーであっても、全く別のスポーツとしての魅力を備えている。
健常者も目隠しをしたり、車いすに乗ってプレーしたりすることでパラリンピック競技を楽しむことができる。パラリンピックは、性別や障がいにかかわらず誰もが同じ空間で楽しめる「ユニバーサルスポーツ」の普及や、スポーツの枠を超えて共生社会の推進に貢献できる。障がい者スポーツを自分とは無関係のものと考える国民は少なくない。観戦希望者が増加し、パラリンピックのレガシーをより大きなものとするためには、広告やメディアを通じて、国民がパラリンピックをより身近に感じることができる取り組みが必要だろう。
パラリンピックやパラリンピアンの支援は、企業の好感度向上施策となる
図6 パラリンピック大会、パラリンピアン支援企業イメージ
【パラチケット申し込み時期認知状況別】
【パラチケット申し込み意向別】
パラリンピックやパラリンピアンを支援する企業に抱くイメージを尋ねた。回答者に対しては、いま現在、支援に取り組んでいる企業名などの提示はしていない。全体では「好感を持てる」が44.5%と最も高く、特にパラリンピックチケット抽選申し込み意向別で、「申し込みたい」が6割を超え、全体を大きく上回った。「パラリンピックチケット抽選申し込み意向別」では、値の差が大きくなる傾向があるが、「パラリンピックチケット抽選申し込み時期認知状況別」では、抽選申し込み意向ほどの差は見られなかった。つまりパラリンピックやパラリンピアンの支援による企業イメージ向上施策は、パラリンピックを競技場で直接観戦したいという思いを持つコアファンには有効であるということが明らかになった。
競技用の車いすやオーダーメイドの義手や義足など、健常者スポーツにはない出費の影響もあり、パラリンピアンは多額の活動資金を必要としている。東京2020パラリンピック競技大会がきっかけとなり、できるだけ多くのコアファンが誕生し、企業が支援に積極的になるような流れを生み出せることは、パラリンピアンの活躍の支えとなるだろう。
ブランド本部 調査部
轟 翔太(とどろき・しょうた)
大学でスポーツビジネスを専攻。その際、パラリンピックをはじめとしたパラスポーツ(障がい者スポーツ)について学ぶ機会を持ち、共生社会について関心を持つようになる。
調査・コンサルタント会社に入社後は、官公庁をクライアントとし、福祉やスポーツの分野を中心に調査実施支援や計画策定支援を行う。現在はBtoB、BtoC企業のマーケティング支援に従事。