IT経営のIRを促進する環境の整備進む ――「ITに絞り込んだレポート」への注目高まる――

2017.06.14

ブランディング

  • ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント 村中 敏彦

IT経営のIRを促進する環境の整備進む
経産省が2017年5月末に、「攻めのIT経営銘柄」の最新情報と、IRの新しい指針を発表したことで、企業がIT経営のIR(IT-IR)を推進する環境の整備が進んだ。銘柄に選定された企業はROE(自己資本利益率)などに優れた企業だとの分析結果も示された。IT-IRの媒体として、アニュアルレポートなどの既存ツールに加えて、「ITに絞り込んだレポート」への注目が高まりつつある。

企業のIT経営(ITを積極的に利活用した経営)とその情報発信を促進する取り組みが、新たな段階へと進んだ。経済産業省が東京証券取引所と共同で選定する「攻めのIT経営銘柄」とその関連情報が2017年5月31日に発表され、その2日前に経産省が発表したIRの新しい指針として、財務情報などに加えて「IT・ソフトウェア投資」を位置付けたためだ。

これまで筆者は、「IT経営のIR」(IT-IR)の動向を、このコラムの記事として2回にわたって解説している。本稿ではこの流れを受けて、2017年5月末時点の最新状況を概観する。2本の記事は、2016年6月の「企業はIT経営に関する情報発信メディアをもとう ―経産省が主導する「攻めのIT経営銘柄」が起爆剤に―」の記事、および2017年2月の「上場企業はIT経営のIRを強化する好機 ―攻めのIT経営銘柄が大幅増、情報ニーズも大―」の記事を参照していただきたい。

IT経営銘柄の応募企業、選定企業、公表対象企業が増加

「攻めのIT経営銘柄」は2017年5月31日発表分で3回目を迎え、応募企業数など各種の指標で、順調に増加している(図1)。対象となる上場企業が約3500社ある中で、応募企業は初回から82%増加して382社となり、応募率は1割を超えた。銘柄に選定された企業は初回から72%増の31社となった。この31社の属する業種は、上場企業全体で33区分ある中で、初回の18から23にまで増加した。経産省は、「攻めのIT経営」への認知自体が高まってきていることや、第4次産業革命といわれる大きな変革の中で、業種を問わず「攻めのIT経営」に取り組む企業が増えていると見ている。

図1 「攻めのIT経営銘柄」に関連した企業数の増加

指標 2015年 2016年 2017年 2017年の2015年
からの増加率
応募企業数 210 347 382 82%
銘柄選定企業数 18 26 31 72%
銘柄選定企業が属する業種数 18 20 23 28%
「IT経営注目企業」として選定された企業数 0 0 21 -
社名が公表された回答企業数 18 26 363 1917%

経産省が主導する「攻めのIT経営銘柄」は、2017年5月31日発表分で3回目を迎え、応募企業数など各種の指標で増加している。

加えて、「IT経営注目企業」として、今回初めて21社が選定された。これは、「攻めのIT経営」の裾野を広げていく観点で、銘柄選定企業以外で、総合的評価が高かった企業、注目される取組の実施企業、ジャスダック・マザーズ市場で最上位の企業について、経産省が独自に選定したものである。銘柄選定企業が自社のニュースリリース・サイトなどで、選定された事実を告知することは2016年までもあったが、2017年にはこの「IT経営注目企業」が自社サイトで告知する動きも始まった。さらに、「銘柄に応募すること自体がIT経営に積極的」との判断から、応募企業名を原則として初めて公表することとしたため、IT経営に関して公表される企業数は、銘柄選定企業数だけだった2016年までと異なり、一気に360社強へと増加した。

統合的な情報開示に関するIRの新指針でITを明記

統合的な情報開示においても、ITに目配りする新指針が、ほぼ同時期にまとまった。経産省が2017年5月29日に発表した「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス - ESG・非財務情報と無形資産投資 -」(略称は「価値協創ガイダンス」)という指針である。この新指針の目的は、企業と投資家が情報開示や対話を通じて互いの理解を深め、持続的な価値協創に向けた行動を促すことにある。企業経営者にとっては、投資家にIR情報を統合的に開示するための手引きとなる。

新指針では、財務情報やESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)情報だけでなく、「技術(知的資本)への投資」の一環として「IT・ソフトウェア投資」に関する戦略の情報を、「攻めのIT投資」と関連づけて提供することが位置づけられた(図2)。「IT・ソフトウェア投資」を、企業の成長や競争優位の源泉となる無形資産として捉え、技術力向上や収益獲得の方策を示すことが有益とされた。一方、「事業環境の変化リスク」の一環として、「技術変化の早さとその影響」においても、ITに関する視点が必要とされると言えよう。

図2 企業が投資家に統合的に情報を開示するための
新指針「価値協創ガイダンス(略称)」の中でのITの位置づけ

図2 企業が投資家に統合的に情報を開示するための新指針「価値協創ガイダンス(略称)」の中でのITの位置づけ

新指針では、財務情報やESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)情報だけでなく、「技術(知的資本)への投資」の一環として「IT・ソフトウェア投資」に関する戦略の情報を、「攻めのIT投資」と関連づけて提供することが位置づけられた。新指針は経産省が2017年5月29日に発表したもので、正式名称は「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス - ESG・非財務情報と無形資産投資 -」である。

従来のIR情報は、財務状況や業績を主なコンテンツとしており、近年は非財務情報として、ESG情報を充実させる動きが見られた。こうしたESG情報を含む統合レポートを発行する上場企業は、2015年の220社から2016年は279社に増加した(出所:「日本企業の統合報告書に関する調査」、2017年3月、KPMGジャパン 統合報告アドバイザリーグループ発行)。しかし、従来、統合報告書の中で、IT経営に関する情報は明確に位置づけられておらず、それを記述する企業も限られ、KPMGジャパンによる調査の対象コンテンツとも位置づけられていなかった。

「銘柄選定企業は優れた企業」と分析

「攻めのIT経営銘柄2017」の選定企業レポートでは、「銘柄選定企業は優れた企業」だとする分析結果を公表している。分析の視点は、(1)ROE(自己資本利益率)というスクリーニング要件と銘柄選定との関係、(2)回答企業のアンケート結果と銘柄選定との関係――の2つである。

1つめのROEとの関連では、選定企業ではROEが高い傾向が明確だ(図3)。「攻めのIT経営銘柄」は2017年選定分から、ROEに関するスクリーニング要件(3年平均)を、従来の「業種区分ごとの業種平均以上、または8%以上」から「マイナスでないこと」に緩和した。しかし、結果的には、ROEが8%以上の企業が65%と大半を占めた。さらに、回答企業全体について、選択式回答をスコア化して順位づけした位置による4区分ごとに見ても、スコア上位企業ほどROEが高い傾向があると分析された。逆に、ROEが8%以上の企業では各種の指標で肯定率が高いという。

図3 「攻めのIT経営銘柄2017」選定企業でROEが高い傾向

図3 「攻めのIT経営銘柄2017」選定企業でROEが高い傾向

「攻めのIT経営銘柄」は2017年選定分から、ROE(自己資本利益率)に関するスクリーニング要件(3年平均)を、従来の「業種区分ごとの業種平均以上、または8%以上」から「マイナスでないこと」に緩和した。しかし、結果的には、ROEが8%以上の企業が65%と大半を占めた。

経産省の分析結果によると、銘柄選定企業とその他の企業において、15の指標で特に大きな差が見られた(図4)。選定企業では70%以上が13指標、80%以上が12指標、90%以上が8指標と大半を占める。これに対して、その他の企業では、30%以下が10指標と大半を占める。両企業の差が7割台前半と高い指標は、図4のNo6の指標「最新のデジタル技術を活用している」など3つある。意味内容としてIT-IRと関係が強いと言えるNo1の指標「最新のデジタル技術の活用について、経営方針・経営計画に記載され、発信されている」では、選定企業が97%、その他の企業が34%、両者の差は63ポイントとなっている。このNo1の指標は、その他の企業でもある程度実施されているものの、選定企業との落差は大きい。

図4 「攻めのIT経営銘柄2017」選定企業と、その他の企業において、特に大きな差が出た主な指標

銘柄を評価する5本柱 No 指標(応募企業が回答するアンケート調査の設問項目) 指標の該当率(%) ※70%以上はオレンジ、30%以下は青で着色
攻めのIT経営銘柄2017 その他の企業 両者の差(「銘柄」-「その他」)
Ⅰ 経営方針・経営計画における企業価値向上のためのIT活用 1 最新のデジタル技術の活用について、経営方針・経営計画に記載され、発信されている 97% 34% 63%
2 最新のデジタル技術の活用を含む企業価値向上のためのIT活用計画がありスケジュールを含め具体化されている 100% 33% 67%
3 「企業価値向上のためのIT活用」ミッションの責任者は経営層 100% 45% 55%
4 責任者はビジネスとITにともに精通している人物を任命 87% 24% 63%
Ⅱ 企業価値向上のための戦略的IT活用 5 「ビジネス革新(新規事業創造やビジネスモデルの革新)に本格的に着手、効果が出ている 71% 16% 55%
6 最新のデジタル技術を活用している 90% 18% 72%
7 最新のデジタル技術活用を促す制度・仕組みがある 81% 17% 64%
Ⅲ 攻めのIT経営を推進するための体制および人材 8 事業関係者・IT関係者が一体となった専門部署・部門横断の検討体制がある 87% 26% 61%
9 最新のデジタル技術の評価や適用について、専門組織を設置し常時活動を行っている 90% 20% 70%
10 「ビジネス革新」の実現に向けて、エコシステム等の企業間連携を実施している 97% 23% 74%
Ⅳ 攻めのIT経営を支える基盤的取組 11 経営層が情報セキュリティリスクを重視、役員レベルでの責任者を設置 97% 41% 56%
12 全社的なデータ整合性を確保 58% 24% 34%
13 既存のIT・データと最新のデジタル技術が連携可能 55% 10% 45%
Ⅴ 企業価値向上のためのIT投資評価および改善のための取組 14 実験的なIT投資に関し、他の投資と異なる評価基準を持つ 81% 19% 62%
15 IT投資効果の最大化を目指し、PDCAサイクルを定義して改善に取り組む 100% 46% 54%

経産省が公表した「攻めのIT経営アンケート調査2017 分析結果」によると、銘柄選定企業とその他の企業において、15の指標で特に大きな差が出た。選定企業では70%以上が13指標、80%以上が12指標、90%以上が8指標と大半を占める。これに対して、その他の企業では、30%以下が10指標と大半を占める。

「ITに絞り込んだレポート」の制作に向けた動きが始動 

銘柄選定企業は、IT経営のIRを多様な媒体で実施していることが、経産省の選定企業レポートで分かる(図5)。ただし「ITに絞り込んだレポート」でIRを実施しているとされた銘柄選定企業は日産自動車であった。日産自動車は、ITに絞り込んだ年次レポートを発行し、企業価値向上のためのIT活用や、それを支えるIT基盤の刷新への取組、推進体制について公開している。日立製作所も、ITに絞り込んだ年次レポートを発行し、グループ企業としてのIT部門の戦略と現在をできるだけ定量的に示している。同社は2015年と2016年は銘柄選定、2017年はIT活用企業として選定された企業だ。

図5 「攻めのIT経営銘柄2017」選定企業における「IT経営におけるIR」の取り組み事例

業種 企業名 「IT経営のIR」を実施している媒体(経産省による銘柄2017選定企業レポートから抜粋)
中期経営計画/経営
方針、その説明会資料
アニュアルレポート 株主通信 統合レポート Webサイト シンポジウム ITに絞り込んだレポート
建設業 清水建設          
大和ハウス工業            
化学 住友化学            
ゴム製品 ブリヂストン            
鉄鋼 JFEホールディングス            
機械 日立建機            
電機機器 日本電気(NEC)          
富士通            
輸送用機器 日産自動車            
その他製品 トッパン・フォームズ        
海運業 日本郵船            
情報・通信業 ヤフー            
伊藤忠テクノソリューションズ            
卸売業 IDOM            
三井物産          
小売業 Hamee            
日本瓦斯            
銀行業 三菱UFJフィナンシャルグループ          
みずほフィナンシャルグループ          
保険業 SOMPOホールディングス            
その他金融業 東京センチュリー            
不動産業 レオパレス21            
LIFULL            
サービス業 セコム            

銘柄選定企業は、IT経営のIRを多様な媒体で実施している。ただし、ITに絞り込んだレポートで実施しているのは、日産自動車だけである。

ただし、公式に公表されていないものの、「ITに絞り込んだレポート」の制作に向けた動きが水面下で始動していることを予感させるやりとりが、2017年5月31日に開催された銘柄2017発表会のパネル討論の中で見られた(図6)。パネリストとして登壇した大和ハウス工業上席執行役員情報システム部長の加藤恭滋氏(図6の右から3人目)は、ITに絞り込んだ「IT-IRレポート」を制作中で完成間近と明かした。

攻めのIT経営委員会委員長を務める、一橋大学(CFO教育研究センター長 大学院商学研究科特任教授)の伊藤邦雄氏(基調講演者、パネル討論司会者、図6の左端)は、大和ハウス工業の加藤氏から、講演会場控室で完成間近の「IT-IRレポート」の見本を提供されたことを受けて、パネル討論の話題とした。伊藤氏が「このようなITに絞り込んだレポートを作っている企業は、会場にどれぐらいいますか」と問いかけたところ、その時点で会場に残っていた300人程度のうち、4人が挙手した。これを受けて、伊藤氏は「まだ少ないようですね。こうしたレポートの作成状況を、次回は審査項目に加えることもありかな」と含みをもたせた。

図6 「攻めのIT経営銘柄2017」発表会のパネル討論

図6 「攻めのIT経営銘柄2017」発表会のパネル討論

パネル討論に登壇した大和ハウス工業上席執行役員情報システム部長の加藤恭滋氏(写真の右から3人め)は、ITに絞り込んだ「IT-IRレポート」を制作中で完成間近と明かし、攻めのIT経営委員会委員長の伊藤邦雄氏(写真の左端)と、「ITに絞り込んだレポート」の意義などについて語り合った。

実際問題として、統合レポートの中に、ESG(環境、社会、ガバナンス)に加えて、IT経営のことを盛り込もうとしても、全体のバランスや、関係部門と調整する作業負荷を考慮すると、IT経営について詳しく書き込むことは難しい。もし、ITに絞り込んだIT経営レポートの有無や内容を、銘柄選定の考慮点とした場合は、攻めのIT経営の普及と活性化に役立つことは間違いないだろう。IT-IRの新しい動向として、「ITを含む統合レポート」、そして「ITに絞り込んだIT経営レポート」のあり方や実例に注目したい。

村中 敏彦

ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント村中 敏彦

1985年に京都大学法学部を卒業後、大手コンピュータ・メーカーでIT製品・ソリューションの提案や導入を担当するSE(システム・エンジニア)職に従事、大手化学メーカーの業務改革推進部門で事業システムの企画や全社業革事務局を担当。1992年に日経BP社に入社。「日経コンピュータ」などIT媒体の編集記者、新規媒体・事業開発、マーケティング調査を担当。同社コンサルティング局の分社独立に伴い、2002年に出向し、現在に至る。ICT/BtoB企業を主要クライアントとして、ICT/BtoB分野の記事やレポートの作成、顧客ニーズの分析やマーケティング戦略立案の支援を行う。