説明する日本語にむしろ注意
ICTの業界関係者は、こうした状況にもはや慣れっこだ。SaaSが登場してしばらくすると、PaaS、IaaSと3兄弟のように続き、SaaS/PaaS/IaaSと「セット商品」になって、あちらこちらに記載される。
筆者も業界関係者の一人として、「また新しい言葉が出てきたな」と思う程度で、受け流すことが多い。BYOD(Bring Your Own Device)のように「DIYの親戚みたいで、ストレートなメッセージですね」と思ったり、BI(Business Intelligence)のように「おしゃれな表現だけど…」と思ったりと、様々な印象を抱くものの、言葉自体はそのまま受け入れてその本質的な意味合いを探ることを重視する。
実は今回の原稿で伝えたいのは、こうした3文字略語自体でなく、ICT業界における表現全般の課題についてである。中には、それほど違いがないコンセプトに新たな3文字略語を付けたことの弊害もある。ただ、もっと気になるのは、ICT業界における説明自体が、相当注意をしないと、理解しづらいものになってしまっているという点だ。
話を分かりやすくするために、3文字略語ではなく「クラウド」で考えてみよう。クラウド自体は、業界用語から飛び出して「ビジネス用語」になってきた感がある。「クラウド」を手がける企業が自社サービスをどのように説明するか。
例えば、A社が「弊社のクラウドサービスは、信頼性が高く拡張性もあります」と主張したとしよう。当然ライバルのB社は「信頼性、品質、拡張性に加え、オプションも充実」などと言いそうだ。少し違うタイプのC社はコストパフォーマンスを最初に持ち出しつつ、「柔軟性が高く信頼性も確保しています」と補足するかもしれない。
こうしたメッセージや説明を聞いてどう思うだろうか。真面目な人は、表現の微妙な差異を認識してくれるかもしれないが、「同じようなことを言っているなあ」と思ってしまう人も多いのではないだろうか。
業界こぞってクラウドを大合唱することには、そのワードを浸透させるメリットはあるものの、サービス説明まで似通って判別不能になってしまうと、もはや何が何だか分からなくなる。ちょうど、絵の具を混ぜれば混ぜるほど、黒色に近くなってしまうようなものだ。
具体的な表現で、対比させ、理解できる指標で語る
なぜそうなってしまうのか。それはICT業界では、特にコンセプトやサービスに関して、説明に使う用語自体の抽象度が高いからだ。新しい考え方、自社サービスの特徴を語るときに、抽象度の高い言葉、多義的な言葉をどれだけ重ねても、理解は深まらない。
こうした分かりづらさは、広報や宣伝の文字表現に限った話ではない。弊社がマーケティング面のコンサルティングや調査などを手がける際も、商材の特徴を引き出すのに苦労することがある。下手をすると、突き詰めた結果が「企業の経営課題を解決する製品/サービス」などという共通の内容に陥ってしまうこともある。
では、分かりにくい世界に埋没しないためにはどうすればよいか。筆者個人の見解として、ポイントを4点ほど紹介したい。
1つ目は、「より具体的な言葉を使う。不用意に言葉を増やさない」である。先ほどのクラウドサービスで紹介した事柄だ。ある事柄を説明するに当たって、説明に使う方の言葉がより抽象的だと頭に入らない。たくさん言いたいことがあって、あれもこれもと言葉を増やしたり、重ねてしまうのも要注意だ。むしろ絞った方が伝わりやすいこともある。
2つ目は、「対比させる」ことだ。何が新しいのか、他社とどう違うか、顧客はそれだけを知りたがっていると考えてもいい。分かりやすく整理・分類し、どういう位置(ポジション)にあるかを示せれば、顧客に曇った表情をされずに済む。
3つ目は、「顧客に理解できる指標を基に語る」ことだ。自社製品やサービスの仕様を羅列するのではく、分かり易い指標でその価値を伝えたい。指標は顧客が関心を持てるものでないと意味がない。一般には、個別の性能指標よりも導入効果などの方が伝わりやすい。
4つ目は、詳しく説明すべき個所では、「説明を端折らない、説明に論理性がある」ことである。顧客は最後まで納得できる説明を受けて、初めて意識を新たにする。
以上、よく考えてみれば当たり前の事柄かもしれない。製品やサービスを分かりやすく伝え、ターゲット顧客に識別させるにはどうすればよいか。筆者自らが支援する業務の中で意識することが多いテーマだが、業界にありがちな表現を再考することで一歩前進できることもあるだろう。
チーフコンサルタント
松井 一郎
1992年京都大学大学院理学研究科修了。同年日経BP社に入社。日経コンピュータ編集部にてICT分野の取材・記事執筆を行う。コンサルティング局マーケット予測部を経て、同局の別会社化に伴い日経BPコンサルティングに出向。2013年より現職。ICT業界を中心に、マーケティングコミュニケーション領域のコンサルティング、調査、制作支援などを多数担当。日経コンピュータ顧客満足度調査をはじめ記事執筆なども手がける。