ブランド・ジャパンの使い方

第5の経営資源―ブランドを活かすための“自己モニタリング”

2016.11.07

ブランディング

「自分のことは自分が一番分かっている」そうかもしれません。しかし、「自分は他者と比べてどう見えているか?」「自分は見られたいように、見られているか?」といった問いにはいかがでしょうか。

このような自己モニタリングの結果は、他人が持つ認識とずれていることもあるものです。そして、この自己モニタリングの精度が低いと、人は社会の中でうまくコミュニケーションができなくなります。ですから人は、周囲の人からの反応を察し、常に軌道修正を試みながら円滑なコミュニケーションに努めるわけです。これは、ブランドマネジメントの観点でも同じことがいえるでしょう。

「百獣の王」ことタレントの武井壮さんが、過日、テレビ番組でとても興味深いお話をなさっていました。陸上・十種競技の元日本チャンピオンである彼が選手時代に基本としていた練習は、自分の体を自分の思う通りにコントロールする能力を鍛えるトレーニングなのだといいます。意外と人は、自分が思う通りに自分の体をコントロールできない、つまり、自分の体の状況を自分自身ではそこまで正確にはモニタリングできないらしいのです。

正確な自己モニタリングが基礎力となる

別々な十の競技を満遍なく練習することは難しい。だからこそ、まずは自分の思い通りに正確に体を動かせるようになることが、各競技の個別練習を単に重ねるよりもはるかに効率が良く、その上で各競技のコツを掴むことが大切なのだそうです。考えてみれば、体育館やダンス教室の壁には、大きな鏡が設置されていることが良くあります。頭の中にある「自分はこう演じているはず」や「他人からはこう見えているはず」は、“鏡”があってはじめて正確に認識できるものとなり、その精度を高めることが、競技の基礎力として必要なのです。

このことは、企業のブランドマネージャーにとっても大切な視点といえます。軸足はどうしても自社に置くことになりますし、企業の歴史や規模、売上高、業界内の常識なども影響して、世間一般の人が抱くものとはやや異なった、ある種のステレオタイプで自社や競合他社のブランド・イメージを認識してしまうことも多いのではないでしょうか。長年同じ組織にいる方は、さらにこの傾向に拍車がかかります。しかしそれでは、自社ブランドが置かれている状況を正確に把握しながら「次の一手」を的確に打つことは難しいでしょう。

正確な自己モニタリングが基礎力となる

ケーススタディ
強み・弱みを把握し、競合との棲み分けや注力点を見極める

今回は、前回取り上げたビジネス市場(BtoB)編上位の中から日常生活になじみ深いいくつかの企業を取り上げ、世の中の“鏡”である「ブランド・ジャパン」に写し出された各社のイメージパターンを比較します。世の中のビジネスパーソンが各社をどのように認識しているか、また、自分が抱いていたイメージ像とはどの程度ギャップがあったか、ケーススタディとして確認してみましょう。「他社ですら…、いわんや自社をや」です。自己モニタリングの精度を上げるためには客観的なデータが欠かせないと気づいていただけると思います。

図1 には、手始めに通信大手2社のイメージパターンを示しました。端的にいえば、保守派か革新派か。こちらについては、それほど驚くことは少ない“想定内”の結果かも知れません。おそらくは両社自身とも、この棲み分けを是としながら、自社の強みに磨きを掛けることで存在意義を高める戦略を採っているように感じます。

図1 「NTTドコモ」と「ソフトバンク」のイメージパターン
【図1】「NTTドコモ」と「ソフトバンク」のイメージパターン
(「ブランド・ジャパン2014」BtoB編より)

次に、コンビニ業界(図2)です。2013年度で比較すると、「セブン-イレブン」の売上は3兆8千億円弱と、業界第2位のローソン(1兆9千億円強)のほぼ倍あり、店舗数も1万6千店強と、ローソン(1万2千店弱)の約1.25倍。イメージパターンは両者とも似ていますが、他を圧倒する「セブン-イレブン」の強さの柱は「先見力」にあることが分かります。一方で「ローソン」は、人材力を強みとして持っていることが分かります。

図2 「セブン-イレブン」と「ローソン」のイメージパターン
【図2】「セブン-イレブン」と「ローソン」のイメージパターン
(「ブランド・ジャパン2014」BtoB編より)

さて、次は飲料・ビール業界の「サントリー」と「キリンビール」です(図3)。このあたりから、もしかするとイメージ像が少しぼんやりしてくるのではないでしょうか。売上高で見ると、2013年度は「サントリー」が約2兆円(サントリーHD)、「キリンビール」が約2.3兆円(キリンHD)と、「キリンビール」が優勢です。しかし、「ブランド力」という観点では形勢が大きく逆転し、「信用力」でわずかに「キリンビール」が優るものの、全体としては「サントリー」の圧勝。「サントリー」は、特に「人材力」に優れていることが分かります。

図3 「ブランド・ジャパン 2014」BtoB編における「サントリー」と「キリンビール」のイメージパターン
【図3】「ブランド・ジャパン 2014」BtoB編における「サントリー」と「キリンビール」のイメージパターン
(「ブランド・ジャパン2014」コンシューマー市場(BtoC)編より)

では最後に、食品・調味料業界の「味の素」と「キユーピー」を見てみましょう(図4)。両社ともマヨネーズを製造するという点で共通しますし、比較的似たようなイメージが持たれているだろうということは想像に難くありません。しかし、この2社を売上高で比較すると、2013年度は、「味の素」が約1兆円であるのに対し、「キユーピー」はその半分の約5,000千億円。2倍の開きがあるにも関わらず、「ブランド力」で見た場合、比較的肩を並べているという状況を、どれだけ鮮明にイメージできたでしょうか。また、更に細かく見た場合、「味の素」は「先見力」と「活力」で、「キユーピー」は「親和力」で、それぞれ微妙な差を付けていることが見てとれます。「ブランド力」は、事業規模や業績が単純に反映されるものではありませんが、「キユーピー」が持つ「ブランド力」には大きな可能性が眠っているといえそうです。

図4 「ブランド・ジャパン 2014」BtoB編における「味の素」と「キユーピー」のイメージパターン
【図4】「ブランド・ジャパン 2014」BtoB編における「味の素」と「キユーピー」のイメージパターン

第5の経営資源を活かすために

このように、「ブランド・ジャパン」を用いると、世の中の人々がそれぞれのブランドに対して抱くイメージ像を的確に把握することができます。これまで自身が持っていた認識とのギャップに驚いた方もいらっしゃるかもしれません。また、各ブランドの輪郭がハッキリと見えるからこそ、より現実に即した議論を進めることが可能になり、そこから競争力を生む強みや克服すべき弱みがリアルに見えてくるのです。

「ブランド」は目に見えないもの。しかも、その源泉は社内にありながら、実体であるイメージ像は、社外の人々の頭の中・心の中に形づくられます。ヒト・モノ・カネ・情報に次ぐ、第5の経営資源として「ブランド」が注目を集めるようになってきましたが、実体が社外にあるものなので、自社が持つ“資源”として認められにくい性質があります。一方で、その源泉は社内にあるため、自社ブランドの状況は自社の社員が良く理解しているはずだという誤解も生まれてしまうでしょう。つまり、「ブランド」とは、他の経営資源よりも意識的に自己モニタリングをしなければ、増やすことも、有効活用することも難しい経営資源なのです。

就職活動の手始めは「自己分析」だった方も多いのではないでしょうか。「次の一手」を考える前に、まずは正確な自己モニタリングを行うための環境を整えることをお勧めします。

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