サバイバル分析
「デジタルアーカイブ」は、企業の未来像を示す羅針盤
- 文=平野 優介
- 2020年09月11日
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周年事業の一環として「デジタルアーカイブ」を検討する企業もあるでしょう。しかし、その詳細を熟知した担当者が社内にいる企業は多くありません。そのため、いざ実現しようとすると、周年事業担当者は多くの課題に直面することになります。そこで、そうした課題と対処法について、デジタルアーカイブのプロフェッショナルである「特定非営利活動法人日本デジタル・アーキビスト資格認定機構」の井上透氏にポイントを伺いました。
関心高まる企業のデジタルアーカイブ
企業活動の中では、商品開発に向けた記録や販促用パンフレット、映像、各種社内文書、ロゴデータなど多様な資産が生まれます。周年事業を機に、これらをデジタル上にアーカイブし、未来につなげようと考える企業も多いのではないでしょうか。
しかし、大きな壁は、膨大な資料の収集・整理・保管を行い、体系的に分類、継続的に活用可能なデジタルアーカイブを構築していく「アーカイブ作業」です。こうした一連の流れをリードする存在として期待が高まっているのが、「特定非営利活動法人日本デジタル・アーキビスト資格認定機構」(以下、機構)が認定する「デジタル・アーキビスト」資格です。
デジタル・アーキビストは、各種資料をデジタル技術により活用するための企画・制作・運用に関する知識を持つ人材のこと。情報収集はもちろん、資料保存や管理、流通に加え、著作権といった権利処理の対応力も備えています。現在、特に企業関係の取得者が増加傾向にあります(2019年度現在、全国に約6000人のデジタル・アーキビスト有資格者がいる)。
その背景には、「ICTや各種デバイス、SNSなどに代表される新しいコミュニケーション手段の登場や、アーカイブ・コンテンツを二次利用することで新たなビジネスにつなげようとする、デジタルトランスフォーメーションに向けた企業の思惑があります」と同機構 常務理事の井上透氏は分析します。
■ Profile
井上 透(いのうえ・とおる)氏
岐阜女子大学教授、特定非営利活動法人デジタル・アーキビスト資格認定機構 常務理事、デジタルアーカイブ学会理事。元岐阜女子大学デジタルアーカイブ研究所所長、元国立科学博物館参与、元科学技術振興機構 GBIF 技術検討委員、国立諫早青少年自然の家所長を経て現職。専門は教育情報学、メディア論、博物館情報管理、デジタルアーカイブ、シソーラス。著書『デジタル・アーカイブ要覧』(共著、教育評論社、2007年)、『新版デジタルアーキビスト入門 デジタルアーカイブの基礎』(共著、樹村房2019年)、『デジタルアーカイブ・ベーシックス3 自然史・理工系研究データの活用』(共著、勉誠出版、2020年)など。
※肩書きは記事公開時点のもの。
「企業のデジタルアーカイブは、社史を単にWeb公開するものから始まり、ブランディングや社員エンゲージメントを高めるコンテンツ制作にも生かす方向へ領域が広がってきました。技術の進化によって、生産性向上を目指した業務標準化、技術継承を目的とした記録、開発秘話やオーラルヒストリー保存はもちろん、アーカイブ・コンテンツをビジネスに生かす実務利用型企業も増えつつあります。実際に私がコンサルティングした世界的な製造機メーカーでは、広報用映像を共有して社員間のコミュニケーションロスを少なくすることで生産性を高めました」
資料:井上透氏(一部加筆・修正)
「段ボール箱50個分」の資料整理も。企業デジタルアーカイブ構築上の壁
デジタルアーカイブ構築のプロセスは、(1)資料調査・分析、(2)整理、(3)保護、(4)活用のステップを経て行われるのが一般的とされます。
(1)では資料を把握し、最適な整理方法を策定します。(2)の目録作成では、資料を分類し、体系的にアーカイブするための基礎を構築。資料整理に取り掛かります。(3)の保護では、資料の修復・保護を行うとともに電子化し、(4)の活用でデジタルアーカイブを構築、その後の公開・各種活用へつなげます。
さまざまな活用が期待できる企業のデジタルアーカイブですが、「実際のプロジェクト推進にあたり、担当者は壁にぶつかる」と井上氏は指摘します。
「担当者が直面する大きな壁の1つ目は、『経営層との認識のずれ』です。特に問題となるのがデジタルアーカイブを構築する目的です。ここがずれたままだと、制作が進んで経営層に担当者が意見を求める段階で、プロジェクトが二転三転することになりかねません。制作着手の前段階から『デジタルアーカイブを何のために作るのか』というコンセプトを明確して、合意を得ておく必要があります」と話し、こう続けます。
「2つ目の壁が資料整理と保全です。分類し、体系的に整理するためには目録を作成する必要がありますが、これは専門知識を持つ方の遂行が望ましい作業です。過去に携わった事例では、『段ボール箱50個分』に及ぶ膨大な資料整理を行ったものもあります。さらに、保存状態の悪い資料を扱う際にも適切な処置が必要になりますから、ここでも専門知識が必要です」
また、「企業アーカイブに真摯に取り組む企業は、専門知識を持つスタッフを十全に配置し、数年がかりで資料収集・保全に取り組み、分類・整理したものをアーカイブに加えていく」と井上氏。例えば、大手自動車メーカーでは、社史完成後も編纂チームを解散せず、アーカイブを続けるケースもあるといいます。
「周年事業の担当者になったばかりで、こうした専門知識を持つ方はまれでしょう。どうしても情報とノウハウが乏しい中、不安を抱えたまま手探りでデジタルアーカイブ構築のプロジェクトを進めていくことになります。直面する多くの課題を解決して円滑にプロジェクトを進めるためにも、ぜひデジタル・アーキビストというプロフェッショナルを活用してもらえればと考えています」
デジタルアーカイブを未来への羅針盤に
「従来の社史・周年史制作は印刷物という特性から、“作ったら終わり”の10~20年に一度訪れる一過性のイベントになっていた企業も多いはず」と井上氏は語り、こう続けます。
「デジタルアーカイブでは、先人たちの思いや企業文化・資産を、技術活用によって共有化・見える化するだけでなく、新たに生まれた文化や資産を積み重ねることが可能です。例えば、難航プロジェクトの解決策を過去記録からひもといたり、実現しなかった挑戦的アイデアが新たなイノベーションのヒントとなったりするでしょう。デジタルアーカイブの構築とその活用は、単に記録を残すだけではなく、ビジネスに直接的なメリットをもたらす多様な可能性を秘めていると考えています」
*
技術の進化によって、ますます活用への期待が高まる企業のデジタルアーカイブ。周年事業をきっかけにぜひ取り組んでみてはいかがでしょうか。そして、その構築・運用、効果の最大化にあたっては、デジタル・アーキビストのようなプロフェッショナルが持つ知見を活用することも、重要な要素といえそうです。
【取材協力】特定非営利活動法人 日本デジタル・アーキビスト資格認定機構
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