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企業研究100年企業の源流(1)1917年創業

富士重工業が「SUBARU」に社名変更した理由

  • 文=里見渉
  • 2017年07月28日
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富士重工業が「SUBARU」に社名変更した理由

2017年4月、富士重工業は「SUBARU(スバル)」に社名を変更した。なぜ、社名変更をしたのか。
こんなエピソードがある。数年前、富士重工業の社員が海外企業と名刺を交換したところ、相手は富士重工業の名刺を見て「富士重工業?」と首を傾げた。「スバルです」と伝えたところ「スバルは富士重工業が造っているのか!」と驚いたそうだ。つまり、富士重工業という社名よりも、ブランド名のSUBARUの知名度が圧倒的に上回っていたということだ。

また、2017年は富士重工業の前身の中島飛行機製作所が創業した1917(大正6)年からちょうど100年目になる。同社の吉永泰之社長は「付加価値とは、ブランド力。SUBARUブランドに磨きをかけるタイミングは創業100周年を迎えた今しかないと思った」と社名変更に踏み切った理由を述べている。自動車メーカーとしての規模を追求しない同社にとって、世の中に提供できる付加価値こそが命綱であり、それを象徴するのが「SUBARU」というブランドネームだった。

株式会社SUBARU(スバル) Webサイト

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株式会社SUBARU(スバル)

https://www.subaru.co.jp/

この数年で知名度・人気が急上昇

日本でもスバルをこよなく愛する「スバリスト」は多い。以前から根強いファン層を獲得してきた。しかし、ほんの十数年前までスバルの知名度は国内でも低かった。それがここ数年で海外での人気が高まり、特に米国では品薄状態が続いているという。なぜ、このように海外での人気が急速に高まったのか。

そもそもスバル車は、WRC世界ラリー選手権などでも好成績を収め、高性能エンジンなどそのポテンシャルは秀でていた。人気が一気に広がった大きな要因は、主力車種の車体を米国市場に合わせて改良したことや、SNSや動画などを使って積極的にプロモーションを行っていることが挙げられる。

さらに日本での知名度を一気に高めた要因がある。自動運転ストップ「アイサイト」だ。テレビCMで流れた映像に驚愕した人も多いのではないだろか。アイサイトの自動運転ストップ技術は多くの人にインパクトを与え、同社の技術力の高さを証明するものとなった。

斬新な発想から生まれたアイサイト

このアイサイト、実は自動運転ストップが目的で開発されたものではない。「エンジンの燃焼を可視化する」ために開発されたものを「車の外部に向けても使えるかも」と発想を転換し生まれた。しかも、1999年に売り出したものの、当時はオプションで50万円という高値だったこともあり、売り上げはさっぱり。一時は開発もストップしてしまう。 その技術が今もなお生き続けているのは、密かに行われていた研究開発を「見てみぬふり」をしていた人がいたからだ。それが、当時の営業本部長で現在の社長の吉永氏である。そこには、自動運転ストップ機能は必ず人の役に立つという信念があった。吉永氏は同機能を経営戦略に組み込み、テレビCM、販売店でのデモ、社内の啓蒙活動などを実施し、アイサイトは一気にブレークした。

言うまでもなく、アイサイトの開発目的は衝突事故を防ぐことだ。同社の「人を守る」というこだわりの源流は、同社の前身である中島飛行機に遡る。日本の陸海軍の軍用機を開発・生産する航空機メーカーだった中島飛行機では、人の命を守ることが常に最優先されてきたのである。

終戦後、中島飛行機は解体され、富士重工業として自動車開発に取り組んでもその伝統は引き継がれた。当時のカリスマエンジニアの百瀬晋六氏は、まず人を乗せた車の絵を描き、そこにエンジンやハンドルを加えた。このように「人を中心に」考える伝統は染みついており、安全性の高いモノコック構造をいち早く取り入れるなど、安全に対する意識は昔から高かった。それは今も変わらないという。

カリスマエンジニア百瀬晋六氏の代表作「スバル360」
カリスマエンジニア百瀬晋六氏の代表作「スバル360」(出所:スバル車の歴史)

伝統と職人のこだわりが愛される理由に

高い安全性を確保するためには、あらゆる条件のもとで自動運転ストップ機能が正常に動作しなければならない。そのために同社がとったアプローチは実に泥臭い。開発を担当するエンジニアが自らテストドライブをし、データを検証しながらプログラムに修正を加えてきた。テストは道路事情が日本とは異なる海外も含めて行われ、昼、夜、夕暮れ時、雨、雪などあらゆる環境でデータが集められた。

こうして開発されたアイサイトは高い成果を上げた。人身事故率は約6割減、追突事故は約8割減ったのである。この事実はCMなどでも広く伝えられ、大きなインパクトを与えた。同時に、SUBARUのブランドとしての価値を数値で示し、その事実を裏付けた。人を中心に考える伝統と、それを追求する職人のこだわり。100年企業のSUBARUが愛される理由はそんなところに原点があるのかもしれない。

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  • 2017年07月28日
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