情報融合学環に続き、共創学環を創設―“走る学長”が描く、熊本大学の進化論

熊本大学

2025.07.03

大学広報

  • 吉田健一

    ブランド本部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長 吉田 健一

江戸時代の藩校や明治時代の第五高等学校などを源流とする熊本大学。2024年には熊本大学として75年ぶりに、学部に相当する組織「情報融合学環」が誕生し、さらに2026年に「共創学環(仮称)」の開設も予定しています。半導体産業の集積地となりつつある熊本県下唯一の国立大学である熊本大学は今後どのように進化し、地域の産業や経済にいかにして貢献していくのか、小川久雄学長に展望をお伺いしました。聞き手=ブランド本部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長 吉田 健一 文=林 愛子

2021年に第14代学長に就任されて以降、様々な施策に取り組んでこられました。情報発信にも積極的で、まさに「走る学長」という印象を受けています。

小川 ご存じの通り、大学を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。本学は、夏目漱石や小泉八雲、池田勇人や佐藤栄作らを輩出した第五高等学校(五高)から数えて138年、医学部や薬学部の源流である藩校から数えれば269年という長い歴史をもつ総合大学ですが、地域に根ざし、国際的に存在感を発揮する大学であり続けるにはスピード感をもって行動することが重要です。私はもともと循環器内科の医師で、外科以上に身体を動かす仕事でしたから、迅速な行動が身に付いているのでしょう。

情報発信については学長就任当初からこだわってきた点で、2030年までを見据えた熊本大学の中長期的なビジョンとして「地域と世界に開かれ、共創を通じて社会に貢献する教育研究拠点大学」の実現を掲げました。それと同時に「常に情報を発信し続ける大学/常に外から見える大学/常に外からの声に耳を傾け、発展し続ける大学」という3つの方針を打ち出しています。

文学部、教育学部、法学部、理学部、医学部、薬学部、工学部という7学部に情報融合学環が加わったことで、2024年から8学部体制となりました。情報融合学環は熊本大学初の情報系の組織であり、学部相当の組織の新設としては75年ぶりだそうですね。

小川 久雄 学長

熊本大学
小川 久雄 学長

小川 そのとおりです。熊本県は半導体関連企業を中心とした産業集積が急速に進み、国内外から注目されていることを受けて、本学では新たな教育組織を立ち上げました。

情報融合学環は、データサイエンス(DataScience)について文理融合型のカリキュラムで学び、社会のDX課題を解決する人材を目指す「DS総合コース」と、半導体を含む製造DX課題に向き合いデジタル産業をけん引する「DS半導体コース」からなります。志願者数が3倍後半と、多くの学生が集まったのは、御社にもお力添えいただきましたが情報発信に注力したこと、熊本に半導体産業が集まっていること、そして「女子枠」を取り入れたことも影響していると分析しています。選考には文理選択型入試を採用し、データサイエンスを学びたい学生が挑戦しやすい環境を整備しました。

また、2024年には半導体技術者・研究者の育成に特化した国内初の学士過程である工学部「半導体デバイス工学課程」を開設しました。さらに、2025年春には情報・半導体産業を担う高度情報専門人材を育成するために、大学院の自然科学教育部に「半導体・情報数理専攻」を設けました。地方大学は少子化の影響で学生集めに苦労しているなかで、いずれも人気が高く、優秀な学生が集まっています。

情報や半導体の分野を強化したきっかけは、やはりTSMC(台湾積体電路製造)の熊本県進出でしょうか。

小川 その影響はありました。TSMCの熊本県進出が決まったのは私が学長に就任した2021年秋のことで、それからの本学の動きが早かったです。2022年には産業技術総合研究所にいらした青柳昌宏卓越教授を招へいして、半導体研究教育センターを設置。翌2023年には半導体研究教育センターを含む学内関係組織を統合する形で「半導体・デジタル研究教育機構」を設置。そして2024年に情報融合学環等を開設しました。一連の施策をすべて本学が単独で行ったわけではなく、県や関係機関と連携して進めた取組みもありますし、国からの支援も受けています。

概算要求や補助申請を通して予算を確保できれば、優れた研究者を招へいできます。良い教育者がいる大学には良い学生が集まってきますから、良い研究成果が生まれ、さらに優秀な人材が集まってくる……そんな好循環を実現できると考えています。また、予算を獲得できたことで施設整備も進み、半導体の研究に欠かせないクリーンルームを設置したほか、企業等とのオープンイノベーションによる共同研究を行う研究棟「SOIL(ソイル:Semiconductor Open Innovation Laboratory)」、情報融合学環等で使用する講義室・演習室等を備えた教育棟「D Square(ディースクエア)」を建設することができました。さらに、2025年度の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」にも採択されました。本学の半導体教育に関する取り組みと、半導体分野の将来構想については、先日、文部科学記者会にて記者発表を行いましたが、今後も、地域社会を巻き込みながら、より一層のスピード感をもって事業を推進しています。

どの大学も人材や予算の獲得は悩みの種です。熊本大学ではなぜうまく回っているのでしょう。

小川 熊本県や近隣県には1980年代の「日の丸半導体」時代に活躍した方々が独立して興した半導体関連企業が多く、総じて技術水準が高いと言われています。東京大学が本学に分室を設置したり、九州大学が熊本県も交えて包括的な連携協定を締結したりしているのは関連企業が充実していて、産学連携を推進しやすい環境だからでしょう。

日本の科学力の低下は深刻で、もはや一大学の努力で回復できるものではありません。再浮上には企業を巻き込む必要があるのです。東大や九大は研究の最前線ですが、半導体関連企業の集積地にある本学は産学連携の最前線だと言えます。また、私個人としても、前職の国立循環器病研究センターで産学連携を推進した経験と、そこで培った産業界とのネットワークという強みを持っています。企業との共創には企業と大学の双方にとってメリットがある、Win-Winの関係性を作ることが重要。そこに経験値が生かされています。

国からの運営交付金は減る一方ですから、「稼ぐ大学」であるために企業との連携は重要ですね。

小川 本学は地元企業との連携によって研究費を増やしていますが、それでも十分とは言えず、図書館や体育館などのアセットのネーミングライツを売り出しています。企業には採用活動や事業活動のPRにつながるというメリットがあり、これまでの成約数は10件を超えました。その第1号は肥後銀行様です。金融機関との連携は異例に思われるかもしれませんが、前職の国立循環器病研究センターでは大企業よりも優れた技術を持つ中小企業とつながりを作ることが難しく、銀行にご紹介いただいていたので、今回もその点を意識して取り組んでいます。

企業との共創がますます広がりそうです。2026年には「共創学環(仮称)」を新設されると伺いました。

吉田 健一

大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一

小川 冒頭にお話した方針「外からの声に耳を傾ける」なかで、「熊本大学には経営学部がないから、経営を学ぶには県外に進学させるほかない」という話がありました。そこから、地域で活躍する人材を輩出するためには本学に経営を学べる環境を作り、マネジメント力を持った人材を育成する必要があると考え、2026年春に新たな教育組織として「共創学環(仮称)」を創設するべく準備を進めています。

情報融合学環は理系に軸足を置いた文理融合のカリキュラムであるのに対して、共創学環では文系の側から文理融合を図り、データサイエンスも含めた学際的な教育を実践します。また、地域では自治体や企業と連携してローカルな課題解決に取り組む人材が求められる一方で、県内では半導体産業の活況でグローバル化が進んでいますから、国際的なコミュニケーション力も必要になっています。共創を掲げる大学は複数ありますが、本学の共創学環は経営・マネジメントにローカル・グローバルの視点を盛り込んでいる点が他大学にない特徴です。

「地域と世界に開かれ、共創を通じて社会に貢献する」というビジョンを体現するようなコンセプトですね。

小川 本学では2023年から、熊本県立大学、東海大学と連携し、地域が求めるグローバルDX人材・半導体関連人材の輩出を目指す「地域活性化人材育成事業~SPARC~“くまもとの未来を拓くグローバルDX人材育成プロジェクト”」を推進しています。経営やコミュニケーション、データサイエンスなどを学ぶことは就職にも有利に働きますから、SPARCの枠組みを活かして、文系理系を問わず学びの機会を提供したいと考えています。

また、グローバル化に関しては受け入れ態勢の強化を図っています。日本人と違って、海外の学生や研究者は家族同伴で来日するケースが多く、彼らの子どもたちの教育が課題になっています。都市部のようにインターナショナルスクールが多い地域ではありませんから、本学では教育学部附属小学校に国際クラスを設けました。国立大学の附属校としては初の試みで、中学校でも開設を予定しています。その学び舎となる国際棟を現在建設中で、2026年に完成予定です。こうした環境整備も、国内外から優秀な学生を集める上で大切な取組みだと考えています。

想像以上に多くのお取り組みを実現しておられるのですね。そこであえてお伺いしますが、今後に向けて何か不安要素はありますか。

小川 ずばり資金面です。昨年は人事院勧告による人件費の引き上げを達成できず、悔しい思いをしました。今年度は何とか達成したいところです。また、大学病院はこれまで収益に貢献する部門でしたが、医療を取り巻く環境の変化から、国立大学病院42病院中25病院が赤字となるほど厳しい状況にあり、本学も例外ではありません。

こうした不安要素の解消にはやはり企業との連携が重要。産官学連携を促進するために2023年4月に開設したオープンイノベーションセンター(OIC)が、いよいよ本格稼働し始めましたから、ここでの共同研究が活性化すれば、ある程度の目途がつくでしょう。また、本学には国立大学唯一の爆発実験を行える衝撃実験棟があり、多くの企業経営者に関心を寄せていただいていますから、そこでも新たな取組みが生まれるかもしれません。

新たな共創のテーマになりそうですね。

小川 企業の方々と話していて気付いたのは、うまくいっている企業ほど内部留保を活用して多角経営をしているということ。本学としては今後も半導体関連の分野を伸ばしていく方針ですが、そこに留まらず、半導体を使った産業という視点が必要だと思っています。例えば、医学と半導体を組み合わせた医工連携のプロジェクトかもしれませんし、文学部と共同で古文書をAIで読み解くような取組みもよいでしょう。産業でも研究でも、ユーザーがほしがるものを提供できるところは強い。いろいろな分野に手を伸ばし、派生も含めて挑戦していくことが、結果として経営基盤の盤石化につながるのだと思います。

ブランド本部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長
吉田よしだ 健一けんいち

慶應義塾大学経済学部卒業後、IT企業を経て、日経BPに入社。日経BPコンサルティングに出向し、2001年より始まった日本最大規模のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年よりプロジェクト・マネージャーを務める。
企業や大学のブランディングに関わる調査、コンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に『リアル企業ブランド論』『リアル大学ブランドデザイン論』(日経BPコンサルティング)がある。

※肩書きは記事公開時点のものです。