間違いだらけのサステナビリティサイト

サステナビリティサイトでは誰に何を伝えるべきか?

  • 山内 由紀夫

    サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント 山内 由紀夫

サステナビリティサイトでは誰に何を伝えるべきか?
「CSRサイト」が急速に「サステナビリティサイト」に置き換わる動きがあります。本来「サステナビリティサイト」に必要な要素とは、どのようなものなのでしょうか? 今回は企業のサステナビリティサイトについて考えてみました。

CSR、サステナビリティを巡る世界の動き、日本の動き

「CSR」という言葉が、いかにして「サステナビリティ」と言う言葉に置き換わっていったのか、まずはその経緯を見てみましょう。1960年代以降、戦後の混乱期を終えた社会は経済的な成長を目指し、企業もしのぎを削りあうような競争を繰り返しながら、世界経済の成長を牽引してきました。その一方では、こうした「経済至上主義」「株主資本主義」による企業活動が、さまざまな環境問題、社会問題をひき起こすこととなりました。これらの課題は次第に深刻化し、欧州においては2000年ごろからCSR(企業の社会的責任)に関する議論が深まり始めます。この頃の議論においても、生産過程での環境配慮の必要性や、従業員の労働環境に関する諸問題、あるいは社会貢献活動といった企業の「内部的課題」に加え、地域社会における雇用拡大や地域経済への貢献、地域住民の健康への配慮、さまざまなステークホルダーとの良好な関係維持の必要性といった「外部的課題」についても議論がなされていたように思います。

サステナビリティ(持続可能性)という言葉が聞かれるようになったのもこの頃で、オランダに本部を置くNGOのGRI(Global Reporting Initiative)が「持続可能性レポート」のガイドラインであるGRIガイドライン(第1版)を発行したのが2000年。このガイドラインでは企業を「経済面」「社会面」「環境面」の3つの側面から評価する「トリプルボトムライン」の考え方が反映されました。

GRIガイドラインの発行を受けて、日本においても環境省の「環境報告ガイドライン」とGRIガイドラインを併用する動きが見られ始め、さまざまな企業でCSRの部署を設置する動きもありました。ただし、この頃には「本業を通じたCSR」についての議論はそれほど多く見られず、どちらかと言うと本業で稼いだ利益の一部を社会のために費やすといった、利益を獲得した後の「善行」のような話が多かったように思います。この頃の企業は「利益を増やすことだけでなく、環境、社会の課題解決に貢献するようなことも必要」といったメッセージを多く発信していたように思います。

2010年代に入ると、グローバルでCSRの基本理念や実践課題が国際的に合意されることになり、CSRに対する企業の取り組みが一気に加速します。2010年には組織の社会的責任の指針としてISO26000(社会的責任のガイダンス規格)が発効され、社会課題に取り組む際の基本的な考え方や7つの中核主題(組織統治、人権、労働、環境、公正取引、消費者、コミュニティ参画)が示されました。2015年には国連・持続可能な開発サミットにおいてSDGs(持続可能な開発目標)が採択され、社会のサステナビリティ課題に対する共通認識がグローバルで形成されることとなりました。

社会のサステナビリティに対し、企業が主体的に貢献すべきであるという考え方も徐々に醸成されるようになり、2006年、国連は「責任投資原則(PRI)」として、投資分析と意思決定のプロセスにESG(環境、社会、ガバナンス)の考え方を組み込むべきと主張しました。2011年にハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授とマーク・R・クラマー氏は2011年に発表したCSV(Creating Shared Value)で、企業が社会のニーズや課題に取り組むことによって経済的価値を生み出すことの重要性を説きました。まさにこの頃から、「善行としてのCSR」の発信から、サステナブルな事業活動を通じて、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化を図る企業へと経営を進化させる「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」の議論、すなわち現在のような「サステナビリティ経営」の発信へと急速に置き換わっていきました。

サステナビリティ経営の説得に必要な「2つの要素」

サステナブルな社会を実現していくための重要な手段として、社会は企業の資金や知恵・技術・イノベーションといった価値の提供を望んでおり、それを受け、企業として自社が社会に対し、そうした価値の提供が可能な企業であることの発信が、今まさに求められています。

幅広いステークホルダーに対して自社のサステナビリティ経営を説得するためには2つの要素が必要です。それは「事業を通じた環境・社会価値の創出」と「経営の持続可能性」です。

事業を通じた環境・社会価値の創出

自社が環境・社会に対して価値を提供するビジネスを行っていること。さらに顧客に対しても価値を提供できており、それにより自社も経済的価値を享受できていることの明示も必要です。また事業活動の過程や事業活動の結果として環境・社会にもたらす負の影響(負のインパクト)について包み隠さず示すことや、それを低減していくための考え方の開示も、ステークホルダーに対して説明責任を果たすうえでは極めて重要です。

環境・社会課題について、企業にとってはサステナブルな事業活動を通じて事業機会につながることも、逆に事業リスクとなることもあります。サステナビリティ経営の説得という意味では、こうした「機会」と「リスク」が将来の企業価値にどのような時間軸で、どの程度の影響をもたらす(可能性がある)かについても、分かりやすく示す努力が必要です。

経営の持続可能性

これには、まず自社が長期的な視点を持って経営をしていることの説得が必要です。自社の「社会的な存在意義(パーパス)」や「長期的に目指す姿」が全ての社員に浸透し、共感できていること。またガバナンスやリスク管理、内部統制、人的資本の向上に向けた仕組み・取り組みなど、「経営を持続させるための仕組み」が存在し、機能していることの明示が必要です。

環境・社会課題を意識し、その解決策を経営戦略に組み込んで組織的に取り組んでいる企業はサステナブルな企業であると評価されることも多いため、「SDGsに取り組む企業」「国連グローバル・コンパクトに署名する企業」であれば、それを示すことも重要です。また、ESG外部評価機関の高い評価を受けて主要なサステナビリティ・インデックスに組み込まれているような企業であれば、それも臆せず積極的にアピールすべきです。ただし、そうした外部評価はあくまで自社のサステナビリティ経営の結果として受けるものであり、外部評価の向上を目的化してしまうのは本末転倒であることを肝に銘じるべきです。

またサステナビリティに関する重要課題(マテリアリティ)を特定している企業であれば、これらのサステナビリティ経営は、それをベースに説得することが、情報の受け手にとっては最も分かりやすいと思います。ただしその際には、環境・社会マテリアリティ(自社が環境・社会に及ぼす影響度の大きい重要課題)、財務マテリアリティ(自社の企業価値に重要な影響を及ぼす環境・社会課題)の両側面について説明する「ダブル・マテリアリティ」の考え方を踏まえることが重要です。

なおサステナビリティ情報開示については、グローバルではISSB(国際サステナビリティ基準審議会)がサステナビリティ統一開示基準策定に向けた動きがあり、国内では金融庁が「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案をまとめており、これからはこうした議論も注視し、取り込んでいくことも必要となります。

CSRサイトからサステナビリティサイトへ

CSRの考え方や取り組みを紹介する「CSRサイト」も、サステナビリティに関する議論の深まりの中で、近年はサステナビリティに関する情報を開示する「サステナビリティサイト」に急速にとって換わりつつあります。多くの企業が企業サイトの主要パートとして設置していた「CSRサイト」は、主要なステークホルダーとのコミュニケーション活動の紹介を軸に据え、自社の顧客や取引先との関係強化や、従業員へのアピールのために自社の「環境貢献」「社会貢献」を伝えるものが多かったように思います。こうしたアピールにより、自社のイメージアップ、企業ブランド価値の向上を強く意識するものであったと感じています。

「サステナビリティ経営」の取り組みを自社の企業サイトで示すことを多くの企業が検討を始めましたが、CSR方針をサステナビリティ基本方針に置き換える程度の改修で「CSRサイト」を「サステナビリティサイト」に置き換えた企業が少なからず見受けられます。こうしたサイトから企業のサステナビリティ経営の状況を読み取ることは非常に困難です。「事業を通じた環境・社会価値の創出」「経営の持続可能性」の視点を持って情報が整理されていないためです。もちろん自社のCSRへの取り組みを伝える目的であればそれで良いのですが、「サステナビリティ経営」を読み解くために訪れるオーディエンスに対しては不親切なサイトということになってしまいます。

サステナビリティサイトの本質

既に申しあげた通り、幅広いステークホルダーに対して自社のサステナビリティ経営を説得するためには「事業を通じた環境・社会価値の創出」と「経営の持続可能性」の2つの要素についての説得が必要です。サステナビリティサイトは、この要素について理解できることが必須となります。2つの要素を踏まえつつ、サイト構築に際しては以下の点に留意することが必要です。

経営者の考え

自社のサステナビリティ経営に対する経営トップの考え方を示します。重要なのは情報の鮮度です。年1回のサステナビリティサイトと同じメッセージではなく、旬なサステナビリティ課題や経営課題に触れる形で、4半期に1回など、適度に情報をアップデートすることが望ましいところです。

価値創造ストーリーとの連動性

自社の企業価値を伝えるために描いた価値創造ストーリー(統合報告書)との連動性、整合性、IRサイトとの相互補完性を意識すべきです。

情報の網羅性、鮮度、検索性

同セクター企業との比較可能性を意識したESG情報の網羅性、情報の鮮度、情報の検索性への配慮が必要です。またサステナビリティレポートのアーカイブなど、少なくとも10年程度、過去からの取り組みの変遷、進化が分かる情報があると有益です。

ESG評価機関対応

ISO26000対照表、GRI対照表、SASB対照表など、主要フレームワークと各コンテンツの関係性を一覧できることも重要です。フレームワークは変更されることも多いので、アップデートによって鮮度を保つことが求められます。

誰に何を伝えるか。

サステナビリティサイトはマルチステークホルダー向けということもあり、最大公約数的な情報で焦点のぼけた内容になりがちですが、ステークホルダーごとに何を伝えるべきか、という点は常に意識しておく必要があります。

顧客、取引先

近年はあらゆる企業が「サステナビリティ経営」への取り組みが求められています。顧客、取引先企業のサステナビリティ経営に資する取り組みをクローズアップすることを意識します。

株主、投資家

パッシブ投資家向けには、ESGの文脈で、自社のサステナビリティ経営の仕組みと戦略、運用状況、企業価値への影響がイメージできる情報を意識します。また、自社の存在意義、目指すものとサステナビリティに係る取り組みを整合的に伝えること、主要なステークホルダーとのコミュニケーションを念頭に置きながら、社会、環境の動きが自社に与える影響、自社が社会、環境に与える影響とその対策に関する情報は、アクティブ投資家、個人投資家を含むすべての投資家にとって有益です。

外部評価機関、研究者

ESGに関する重要度の高い話題やタイムリーな話題、注目度の高いKPIと成果を、他社と比較可能な形で伝えるべきです。また対照表の開示など、主要なフレームワークとの整合性についての説明は必須です。

学生、生活者、従業員

「従業員満足に配慮した職場」であることのアピール、事業活動を通じた社会、環境貢献について、分かりやすく丁寧に伝えることが重要です。

貴社のサステナビリティサイトは、CSRコンテンツのままの、時代遅れな間違いだらけサイトになっていることはありませんか? サステナビリティサイトを通じて、是非貴社の「サステナビリティ経営」を存分にアピールしてほしいと思います。

弊社は、企業のESG/SDGs経営の戦略策定からサステナビリティ情報開示まで、一気通貫でご支援しております。
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山内由紀夫

サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント
山内 由紀夫(やまうち・ゆきお)

都内信用金庫のシステム部門、証券運用部門、経営企画部門を経て、IR支援会社において企業分析、アニュアルレポート・統合報告書・CSRレポートの企画・編集コンサルティングに携わる。
日経BPコンサルティングでは、統合報告書の企画・コンサルティング、企業価値の持続的向上に向けた価値創造ストーリーの構築を支援。

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