多事業・多国籍の11万人の社員の心を同じベクトルへ。
ソニーグループのPurpose経営
ソニーグループ株式会社
広報部 シニアゼネラルマネジャー
今田 真実氏
聞き手=石原 和仁/文=松田 慶子
金融からゲーム制作まで、世界で11万人が働くソニーグループ
Purposeを設定された経緯をご説明いただけますか。
ソニーグループ株式会社
広報部 シニアゼネラルマネジャー
今田 真実氏
今田 ソニーグループのPurposeは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というものです。
これができたのが2019年1月。現在の会長 兼 社長 CEO の吉田憲一郎が、その年の4月に就任し、7月にPurposeづくりに取り掛かったという流れです。
ただし当時はPurposeをつくろうという言葉ではなく、Mission, Vision, Valuesをもう一度見直そうという取り組みでした。
なぜ見直そうと考えられたのですか。
今田 ソニーは変化を続けている会社です。75年前にエレクトロニクスの会社として始まりましたが、さまざまな事業を展開するようになり、社員が増えグローバルになった。今、ソニーグループの社員は全世界に11万人います。金融やゲーム、音楽に携わる人もいる。その中で、ソニーとは何者なのか、吉田自身が見つめ直したかったというのもあるでしょうし、「ソニーグループが何のために存在するのか」を明確にすることで、社員が「自分は何のためにここで働いているのか」を認識できる。そうしてこそ多様な人たちが同じベクトルに向かっていけると考えたのです。
Mission, Vision, Valuesを見直す過程で、海外にはPurposeという考えがあると知り、自分たちが再定義したいものはまさにこれに合致すると、考えました。ちなみに、Valuesも併せて決めました。Purpose&Values、存在意義と価値観をグループとして定めたというわけです。
ソニーグループというと、創業時にまとめられた「設立趣意書(東京通信工業株式会社設立趣意書)」が有名ですね。
今田 当社の創業者の1人、井深大が1946年に起草したものです。こちらに書かれている設立の目的や経営方針は、今も当社の支柱です。ただ75年前に書かれた文章なので、現在のソニーグループの全世界の社員に深く理解し、自分ごとにしてもらうのは困難です。Purposeをつくるにあたっては、創業の思いを現代に置き換えるとどうなるのかという検討もしました。
プロセスを大切に。Purposeづくりへの参画を促す
具体的には、Purposeの策定はどのように進めたのですか。
今田 吉田が2018年4月にCEOに就任し、すぐに社員向けのブログを開設しました。7月にそのブログで、「ミッションを見直したい。ついては社員の皆さんの意見が欲しい」と、全世界の社員に呼びかけたことがスタートです。社員からは賛同の声が多く上がりました。そこで吉田の考えを投げかけたり、「ソニーグループらしさとはなんだろう」と意見を求めたりと、社員と対話を重ねました。加えて、吉田は各事業のマネジメント層とも議論し、形にしていきました。
社員の皆さんから意見が上がるというのは、すばらしいことですね。
今田 かなりの数のメールが来ました。もともとソニーグループは自由闊達な企業風土ですし、ミッションを見直そうというテーマは、社員たちに響いたのだと思います。海外の社員からも多くの意見が多く寄せられました。
吉田CEOは、社員の皆さんからの全部のメールに目を通されたのですか?
今田 社員からのメールにはすべて目を通していました。例えば「ソニーグループらしさ」といっても、とらえ方は1人1人微妙に違います。そういう意識合わせを、吉田はとても大切にしました。
また、社員やマネジメントがプロセスに参画することに大きな意味があるとも考えていました。最終的に自分が提案した言葉がPurposeに入っていないとしても、策定プロセスに参加したということが、その後の浸透には重要だ、と。
社員の思いをていねいにまとめ上げて、Purposeをつくられたのですね。
今田 2019年の経営方針説明会で、「CEOになって1年を振り返り、ご自身の最大の成果は何ですか?」という質問を記者の方から受け、吉田は「Purposeをつくったこと」と言っていました。
各部署、各人への落とし込みがカギに
それではPurposeの社内への浸透も早かったのではないでしょうか。
今田 いえ。やはり11万人もいるので温度差があります。1年に1回、浸透度調査をしておりますが、ようやく今年になってほぼ浸透したかな、と思いますが、課題はまだあります。
浸透にはどのように取り組まれましたか。
今田 CEO室や人事部、ブランド戦略部、広報部などで立ち上げた「P&V事務局」が中心になり、まずキービジュアルを作りポスターにして全世界に配りました。吉田のPurposeへの思いをつづった署名入りレターも配信し、ビジュアルで理解を促進するためのビデオもつくりました。
吉田自身もグローバルの事業拠点で実施したタウンホールミーティングでPurposeへの思いを語りました。また、各事業のマネジメント層に、「自分の事業戦略を語るときは、必ずPurposeと関連付けて話してください」とお願いしたことも効果があったかもしれません。というのも、社員にとっては、グループ本社の社長の言葉よりも、所属している部門のトップの言葉のほうが響く場合もありますから。
それはいいアドバイスだと思います。昨今、多くの企業がPurposeを作っていますが、せっかくできても浸透しないし、神棚に上げるだけで事業と結び付けることができないと悩んでいます。
今田 PurposeとValuesはグループ共通ですが、ビジョンは各事業で決めることになっています。それも、Purposeに基づいて作るようにお願いしています。
Purposeの下にミッションやビジョン、経営の方向性がある。その立て付けがはっきりしているから、事業戦略が練りやすくなっていると思いますし、現在はそうやって練ることが当たり前になってきています。
2021年春の経営方針説明会には、吉田自身もPurposeを軸に経営方針を語るという挑戦を自らに課して臨みました。
あの経営方針説明会はかなり話題になりましたね。社員の方への浸透については、どのように取り組んでいますか?
今田 一例ですが、社内のWEBサイトで「My Purpose」という特集を掲載しました。ソニーグループのPurposeをあなた自身に置き換えるとどうなるのか、日々の業務の中でどう実践しているのか、世界中のいろいろなグループ社員にインタビューした記事です。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」といっても、どう取り組んでいけばいいのかイメージしにくい職種もありますので、参考にしてもらおうと考えたのです。
自分ごと化しやすいですね。
今田 はい。今は1人1人がPurposeを念頭に「自分はこうしていこう」と考える文化が醸成されつつあると感じています。
Purposeを作ったメリットを感じられることはありますか。
今田 コロナ禍であっても社員が「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」を諦めずに取り組めたのは、Purposeのおかげだと思います。例えばアメリカでは、ロックダウンの最中にPlayStation®のネットワークサービスへのアクセスが急増する中、スタッフは困難な中で対応を続けました。おうち時間が長い今こそエンタテインメントを届けようとスタッフ一人ひとりが考え、業務を続けてくれたと聞きます。
映画や音楽の制作現場でも、感染リスクを抑えながら、エンタテインメントをどう届け続けるか葛藤がありました。でも、ソニーにはテクノロジーにもクリエイティブにも長けたチームがそれぞれあり、どのチームも感動を届けることを前提に考えます。これまでにない作品の作り方、届け方をそのつど協議し、取り組むことができました。
業績も好調だと聞きます。
今田 おかげさまで、2020年度はこれまでの最高益を出すことができました。やはりPurposeに向かって社員1人1人が行動したからこそだと吉田も経営方針説明会で話しています。また、CEOとして会社に貢献できた中で最大のものがPurposeの策定と浸透だとも話しています。
設立時からの一貫した思いで社会に貢献
貴社は社会課題の解決にも取り組んでおられますね。
今田 はい。吉田が就任後に初めて書いたブログも、「地球の中のソニー」をテーマに、サステナビリティに関するものでした。最近では、パッケージの原材料に竹やさとうきび、市場回収リサイクル紙を使い、初めて包装材のプラスチックを全廃したヘッドフォンを発売するなど、グループをあげて多面的に取り組んでいます。
やはり「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」には、世界が健全で平和でなければいけません。サステナビリティへの貢献は、Purposeに基づくものだと考えています。
ソニーの創業者は、技術で日本の再建に寄与したいという思いで会社を始めました。対象が「日本」から「世界」に広がっても、世の中に貢献したいという姿勢は変わりません。「設立趣意書」には「いたずらに規模の大を追わず」とあります。これはやみくもに成長を急がないということで、持続可能性に通じます。
その一貫した姿勢が、Purposeと事業を結び付け成長にも導くのだと感じられます。本日はありがとうございました。
取材を終えて
これからの企業に求められること、持続可能性
ソニーグループの「設立趣意書」という創業以来受け継がれてきた支柱が、今の時代に必要とされるPurposeとして3年前、新たに表現されました。
「設立趣意書」の「会社設立の目的」の一項目は、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」となっており、加えて同書の「経営方針」の一項目は、「不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず」となっています。これは、本連載で取材をさせていただいた伊那食品工業の方針と一致しています。
持続可能性へのアプローチについて
企業の持続可能性を考え直すと、自社の経営、各ステークホルダーとの関係といったように多くの項目について考えることになります。この時に重要になるのがそれぞれの項目に対して自社のスタンスが明確になっていないと良いアプローチにはなりません。良くないアプローチは合理性や理詰めだけで進めることです。良いアプローチに必要なことは独自の美意識や三方良しの視点です。つまり、Purposeを策定し、浸透することから始めることがベストであると考えています。
ソニーグループのように、社会における自社の存在意義を改めて考え直し、従業員の皆様で話し合い、Purposeとして社外にも発信することが投資機関を始めとした多くのステークホルダーから求められていると考えています。加えて、ソニーグループも伊那食品工業も従業者を最も重要な企業資産と考えています。
Purposeの有効性
Purposeが有効となる機会は、サステナブルアクション(SDGs/ESGの本格的な取り組み開始時、CSVへの転換)、事業の変化(新規事業立ち上げ、M&A、業績の悪化・不祥事、リブランディング、グローバル化、経営戦略の大きな転換、トップの交代、周年)、時代の変化(法制度の大きな改正・施法、原材料調達が困難)といった事項が挙げられます。他にも、事業が多角化した企業にも有効であることがよく分かりました。日本でもPurposeを掲げる企業は日ごとに増えています。
Purposeが最も効果があると私が考えていることは、従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上です。自分が何に貢献し、何を達成できたのかを感じることでモチベーションを維持、向上することができるといった研究もあります。もちろん掲げるだけでは効果はありません。Purposeを基に事業を考えたり、人事制度に取り込んだりすることで業務との関連性を高める工夫が必要です。これは大変なことだと思いますが、ソニーグループのように従業員が何のために働いているのかを考えたり、振り返る機会があることは非常に重要です。
加えて、Purposeは新たな事業を拡大することにもつながります。企業の持続可能性の土台となる重要なブランド資産と言えるのでしょう。
Purposeを策定する上でのポイント
ここでは3つのポイントを挙げます。一つ目は、より多くの従業員を始めとするステークホルダーの共感を得られることが挙げられます。これはより多くの方々との対話によって作り上げることが効果的なプロセスになります。
二つ目に、シンプルに仕上げることが重要です。伊那食品工業は、「よい会社」、ソニーグループは、テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブエンタテインメントカンパニーとしての長期視点での経営方針について、「クリエイティビティ」「テクノロジー」「世界(コミュニティ)」をキーワードとされており、誰が聞いても分かりやすい言葉で説明されています。
三つ目は、独自性です。独自性のお話をしたときに、独自性を創出するのは大変なことだと認識されていらっしゃる方が多いように受け止めています。Purposeの策定においては策定を主導される方の美意識が重要になります。昨今、ミンツバーグ博士が提唱されたアート、サイエンス、クラフトという経営コンセプトがありますが、このコンセプトの中ではアートの部分になります。VUCAの時代、社会課題を解決することが重要な時代においてはアート型の人材の需要が伸びています。例えば、世界のビジネスエリートの間では、アートの最高学位「MFA(美術学修士)」を取得することがトレンドになっています。アートを学ぶことで社会課題や社会問題の切り口を適切に判断することが出来たり、美意識に基づいてコンプライアンスを守ることができるからです。
連載を終えて
4社のPurposeとそれに基づく事業展開、企業活動をご紹介してきました。Purposeはトレンドではなく、いつの時代でも全ての企業組織に必要な通底であると感じました。また、4社ともにより一層のファンになったとも感じています。読んでいただいた方の中には自社のPurposeを考え直したいと感じた方もいらっしゃったのではないでしょうか。ご拝読いただきましてありがとうございました。
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ブランド本部 ブランドコミュニケーション部 コンサルタント
石原 和仁
大学ではバイオテクノロジーを専攻。卒業後は、飲料メーカー、リサーチ会社、マーケティング会社を経て、日経BPコンサルティングに入社。2015年より日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」のプロジェクトマネージャーを担当。様々な企業のブランディング業務(調査、体系づくり、PDCA設計、ブランドメッセージ制作など)に従事。
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