サステナビリティ経営とESG
創業時のポリシーを受け継ぎ価格ではなく、価値で勝負する大川印刷(後編)
大川印刷は、神奈川県横浜市にあり、2021年に創業140年を迎える老舗企業です。シウマイ弁当で有名な崎陽軒のお弁当の包装印刷をしていることでも知られますが、近年はSDGsの先進企業として名を馳せています。
6代目社長を務める大川哲郎さんと、経営企画広報室の宮﨑紗矢香さんに、その取り組みについてお話を伺います。
就職サイトにはない、老舗企業のSDGsを発見
成田 経営企画広報室の宮﨑さんは2020年に大川印刷に入社されました。その経緯を教えていただけますか。
宮﨑さんが参加したスウェーデン視察ツアー
宮﨑 2019年に、スウェーデンを訪ねるSDGs視察ツアーに参加しました。もともと「子ども食堂」のボランティアでSDGsの考えを知り興味を持っていたのです。
国別SDGs達成度ランキング1位(2016〜2018年、2020年)だけあってスウェーデンはとにかく刺激的でした。日本のようにわざわざSDGsのマークを貼らないのに、一般の人たちが生活の中にSDGsの活動を取り入れている。スーパーでも冷凍庫の扉に「孫のために早く扉を閉めよう」と表示されています。日本のように免罪符的に行なっているわけではない。
スウェーデン視察ツアーの帰国後は、シーズンを迎えた就職活動を行いました。就職情報サイトなどでSDGsに関心の高そうな企業を探して応募しましたが、正直なところ名の知れた企業はパッとしませんでした。面接で視察ツアーの話をしても「スウェーデンだからできるんでしょ」と言われて終わり。日本の企業は、「SDGsは社会貢献」というイメージから脱却できていないと感じました。それでSDGsに真剣に取り組んでいる企業を探してジャパンSDGsアワード受賞企業を調べる中で、大川印刷と巡りあいました。
さらに、この就職活動の後、知見を深めようと、大学で環境教育論を受講しましたが、なかなか思うような仲間に出会うことができず、学外に出てグレタ・トゥーンベリさんが立ち上げたFridays For Futureの活動にも参加するようになりました。
会社は社会の縮図。年齢問わず対話できる風土づくりを
成田 実際に大川印刷に入社してみての印象はいかがでしたか。
宮﨑 実直にやられていると感じます。そして、大川社長の親しみやすさはトレードマークだと個人的に思います。社長が社内で一番話しやすいかもしれない(笑)。会社全員を見渡すと、50、60代が圧倒的に多く、20代の私が意見を言うにはハードルが高いのですが、大川社長には積極的に考えを話せます。
大川 会社は社会の縮図。会社を変えていくことが社会を変えていくことになりますからね。宮﨑には教えられることも多いですよ。例えば「環境にやさしい」という言葉。今はもうやさしいとかいっている場合じゃなく、「環境に正しく」あるべきで、「“環境にやさしい大川印刷”と紹介されたら、訂正したほうがいい」と言われました。確かにそうだよな、と。
宮﨑 今は「環境にやさしい」という考え方が主流かもしれませんが、いずれ「環境に正しい」が主流になると思います。変化に迎合するのではなく、変化を提言していくことが大事で、大川印刷は「変化対応型企業」ではなく「変化創造型企業」なんだと社内で話しています。
「SDGsブーム」への危惧
成田 ところで、SDGsに取り組むことで、取引先銀行などとの関係に変化はありましたか。
大川 当社が何をやっている会社なのか金融機関に知ってもらうことができたので、話が通りやすいということはあります。
でも、これもやはり、SDGsに取り組めばすぐに信用してもらえるというほど簡単ではありません。当社が地元で長く事業を行っていて信用していただけているという面もあります。あまり単純化すると、2030年のゴール年を過ぎたらSDGsも終わり、となりそうで心配です。
成田 確かに、ブームになっている感はありますね。外国は違うのでしょうか。
宮﨑 スウェーデンでは、一般市民の方々が、「孫に美しい川を残すため」と、SDGsの動機をはっきり持っている。内発的な取り組みになっています。
大川 2019年にドイツのボンで開かれたUNDP(国連開発計画)「SDGsグローバルフェスティバル・オブ・アクション」のイベントに出かけたのですが、市民がこのイベントをよく知っているんです。実はこれは、今年3月に「SDGsグローバルフェスティバル・オブ・アクション・フロム・ジャパン」として日本で開催されます。オンラインでの開催ということもあるでしょうが、横浜市民でこのイベントを知っている人はほとんどいませんよ。
成田 この違いはなぜだとお考えでしょうか。
宮﨑 環境課題に取り組んできた歴史の長さの違いだと思います。加えてスウェーデンでは幼少期からしっかりと環境教育を受けています。それも、クリティカルシンキングを伸ばすような教育法で、日本でもそういう教育が必要なのかなと思います。
怒りや喜び、emotionを経営の推進力に
成田 話は変わりますが、SDGsは売り上げにはそれほど貢献していないというお話がありましたが、SDGsに取り組んでいなければ、コロナ下での売り上げダウンの幅はもっと大きかったと考えられないでしょうか。
大川 おっしゃる通りです。2020年度はクライアントの売り上げが大幅に落ち、6割ダウンという企業もあります。その中で当社が8%ダウンで済んでいるのは、まさにSDGsの取り組みのおかげだと思います。といってもSDGsで新規顧客が増えたからではありません。年40~50社のペースで増加していますが、顧客の単価は減っています。そうではなく、「安ければいい」とは考えないお客様との取引が増えていることが大きい。またそういうお客様からのご紹介も増えています。共感経済という言葉がありますが、まさに共感のある方が集まってきています。
加えて、従業員さんたちもすごくがんばってくれています。テレワーク化も進み、駅前の事務所は17席中、3、4席しか埋まっていません。そこで今、この事務所を動画スタジオに使うというアイデアが出ています。対談などをここで行い、ライブ中継しようという計画です。
テレワークに対応したアイディアが社員の中から出てきた。横浜営業所の一部を自分たちの手でリニューアル。
成田 コロナ禍をチャンスに変えている。まさに変化創造をされていますね。
大川 はい。クレドにも掲げているのですが、ジミ・ヘンドリックスの言葉に、“技術的に私はギタープレイヤーではない。演奏するすべては「真実」と「emotion(強い感情)」だ”というものがあります。これは仕事にもいえる。喜びや怒りをいかにパワーに変えるか。内発的な動きを引き出すのも経営者の務めだと思います。
SDGsデザインセンター コンサルタント 次長
成田 美由喜(なりた・みゆき)
損害保険会社勤務を経て、広告、雑誌・広報誌等のデザインに従事。現在は、ESG、SDGs施策のロードマップ立案から統合報告書制作やサイトディレクションまで、企業側とクリエーター側の視点を持ち、幅広く企業コミュニケーションを支援する。ナショナルジオグラフィック日本版広告賞2018年、2019年(ともにセイコーウオッチ)受賞。