ビジネスインサイトを発掘して事業に活用しよう(3)
商材に注目するきっかけをどう作るか
「ビジネスインサイトを発掘して事業に活用しよう」という連載記事の初回として、「(1)企業が動くホットボタン ビジネスインサイトに注目」では、「BtoB事業者がビジネスに活用することを念頭に置いて、対象者の本音を言語化し、知見として共有化したもの」を「ビジネスインサイト」と呼んで、その発掘と活用を推奨した。
第2回の記事「(2)商談は誰とすればよいか」では、BtoB事業者のありがちな想定が見直しを余儀なくされる要因やその解決策に言及した後、BtoB事業者の関心事からビジネスインサイトを発掘した具体例として、「購買・選定者」に焦点を当てて解説した。第3回のこの記事では「購買動機」に焦点を当てよう。
法人顧客の購買動機に関するBtoB事業者の主な関心として、(1)技術、(2)新製品、(3)契約更新、(4)法規制、(5)顧客企業グループの統制、という5つのトピックがある(図1)。
図1「購買動機に関するビジネスインサイト」の発掘のあり方
BtoB事業者は、購買動機に関する想定を、デプスインタビューやアンケートで発掘したビジネスインサイトを踏まえて見直すことで、商談の相手を見極めることができる。
購買動機に関するビジネスインサイトを発掘する手法は、購買・選定者に関するものと同様に、デプスインタビューを主軸とし、アンケートで補完するのがよい。デプスインタビューとは、対象者とインタビュアが1対1で面談し、対象者自身や所属する勤務先の実態を深く掘り下げて傾聴する調査手法である。アンケートは、デプスインタビューの対象者候補を見つけたり、質問項目を考えたり、デプスインタビューの際に対象者に提示する素材を準備したりするために活用できる。
記事やカタログを提示することで、想起内容を充実させる
質問項目は通常、インタビュアから対象者に事前に概要を送付し、そのプリントアウトを当日に提示して進める。ただ、口頭で質問するだけでは、対象者が思い出せる情報が乏しくなる恐れがある。対象者が購買動機に関して想起する内容をより具体的にするために、手掛かりとなる素材を提示できるとよい。
そこで、インタビュー時に提示する素材として、(1)該当する商材をテーマとした記事やホワイトペーパー、(2)販売事業者が発信しているコンテンツ(Webサイトなど)やカタログを準備することがある。アンケートで該当商材の購買動機を尋ねておけば、アンケート回答者の全体傾向や、インタビュー対象者として選んだ人の回答内容を踏まえて、準備物やその提示方法を調整することも可能になる。
インタビューで提示する素材は、時間の制約を踏まえると、インタビュー中にじっくりと対象者に読み込んでもらうものではない。対象者が購買動機をより具体的に語り出すきっかけとなるように、対象者が一目見て「あー、こういうものを購買動機とする人もいるだろうな」と思えるような素材が適している。
その点で、専門雑誌の特集記事の冒頭のページや、調査機関が発行しているホワイトペーパーの目次や要約のページは分かりやすい。販売事業者が発信するコンテンツは、インタビューを実施する(または調査・コンサルティング会社への依頼元となる)自社のもの、あるいは大手や著名の事業者のもののいずれが適しているかを検討して提示する。アンケートで、対象者が検討候補とする商品名や事業者名を尋ねておけば、それに即したコンテンツや記事を用意することができる。
検討期間が長い案件では「直近」の定義を決めておく
購買動機の具体例を想起してもらうには、購買・選定者を想起する時と同様に、対象者が関与した直近の案件や、金額の大きな案件を取り上げることが多い。検討期間が数年を要するような案件、例えば基幹業務系システムの大規模な再構築といった案件では、「直近」の定義を大まかに決めておく必要がある。例えば、「過去3年以内に稼動した案件」とか、「稼動の有無は問わないが、検討候補とする事業者を過去3年以内にリストアップした案件」といった具合だ。事前にアンケート調査を実施して、クライアントが「直近」と希望する条件の該当者が少ない場合、その条件を緩める調整を行う場合もある。
ソフトウエア製品では、導入済み製品のバージョンアップか、別の製品への切り替えかを検討する案件は多い。「対象者の勤務先で最初に該当製品を導入したのは10年以上前で、バージョンアップを繰り返したため、当時の担当者は異動(または退職)し、当初の購買動機は不明だが、直近に検討した際の経緯は分かる」といった事例もある。BtoC商品(消費財)では、消費者が自ら購買した商品なので、購買動機が不明という事例は少ないのと対照的である。
一方で、例えば、企業グループ内外での合併・再編などがきっかけとなって、購買の検討が始まるような、通常と異なるユニークな案件も参考になる。そうした案件について、所属部門や関連部門のキーパーソンが注目する、あるいは気にしているポイントについて聴取する。対象者のキャラクター次第では、「実はどうなんですか?」とか、「なぜ?」や「例えば」を繰り返し問いかけることで、実態に肉薄していく。
この記事では、「購買・選定者」というテーマと同様に、個別案件の固有性にとらわれず、汎用性の高い経験則として提示できる商材として、実施例の多いITソリューションを題材として、「購買動機」に関するビジネスインサイトの発掘事例を紹介したい(図2)。
図2「購買動機に関するビジネスインサイト」を、ITソリューション領域で発掘した事例
BtoB事業者の購買動機に関する想定と、ビジネスインサイトとの食い違いを、
(1)技術、(2)新製品、(3)契約更新、(4)法規制、(5)顧客企業グループの統制、という5つのトピックについてまとめた。
新技術、自社の新製品の訴求だけでは購買動機として弱い
「購買動機」に関する1つ目のトピックである「技術」として、BtoB事業者は「ベースとする技術や機能の斬新さ、それを訴求する提案活動で注目を集めたい」と想定しがちだ。最新技術を売り物としたベンチャー気質の企業、そうした海外企業の製品を日本市場にローカライズしている日本法人、あるいはマーケティング部門の幹部がエンジニア出身である場合に、そう思う傾向があるようだ。
しかし、発掘されたビジネスインサイトは、次のようなものである。
- 技術のもたらす経営上の価値が幅広く伝わり、日本企業全体として導入機運が高まるにつれて、同業他社での導入事例をにらみつつ、該当分野の商材への関心を徐々に高める。技術それ単体では購買動機として弱い。
- 先駆的な取り組みに熱心なイノベーション志向型企業では、技術のもたらす経営上の価値にいち早く注目して、競争優位の獲得を目指す意識が強い。
次に「新製品」に関するBtoB事業者のありがちな想定は、「自社の新製品や大きなバージョンアップ、サービスメニューの強化は、売り込みの絶好のチャンスだ」といったことだ。これに対して発掘されたビジネスインサイトは、次のようなものである。
- 勤務先の情報システム全体を運用管理する観点では、特定の該当商材のバージョンアップより、それが稼動する機器や、連携して動作するソフトウエア製品の老朽化、保守サポート停止の方が、商材を検討するタイミングとして重要な場合がある。
- 基本ソフト(OS)やデータベースソフト、それが稼動するサーバー機を切り替える時点で、他のソフト製品の切り替えを検討する場合は多い。クライアント端末用のソフトウエア製品の切り替えが、その管理サーバー機の老朽化に対応して検討されることもある。該当商材だけに目を奪われていてはいけない。
契約更新時期や法規制は顧客企業への影響を考える
「購買動機」に関する3つ目のトピックは「契約更新」である。これに関しては、「自社製品(商材)の保守サポート停止の予告は、顧客に通知するのは気が引けるが、付随した提案を行う機会でもある」といった想定がありがちだ。
これに対して、発掘されたビジネスインサイトは、次のようなものである。
- 情報システムの運用管理業務全般を、例えば6年など一定期間ごとに更新する方式でベンダーに委託する長期アウトソーシング契約を締結している場合は、その契約更新時期を踏まえた提案活動が重要である。
- 法人顧客にとっての大口顧客が調達先の選定基準として、環境対策や情報漏洩対策を提示してきた場合、それに適合していることは重要である。大口顧客の要請があれば、該当する商材の検討を通常より前倒しする。法人顧客の大口顧客はどこか、その業界はどこかを踏まえて、「顧客の顧客(が属する業界)」の打ち出す調達基準や取引基準に目配りするとよい。
「購買動機」に関する4つ目のトピックの「法規制」についても、BtoB事業者は「マイナンバー法のような法規制の変化は、新しい商材を売り込む好機だ」と想定しがちだ。しかし、発掘されたビジネスインサイトは次のようなものである。
- 法規制の変化の内容より、法規制を日本企業がどの程度本気で、どのようなペースで取り組もうとしているかという横並び意識が強い。また、違反した企業の評判が、報道やSNSなどによって、どの程度悪化するのかという「レピュテーションリスク」にも敏感だ。法規制が顧客企業にもたらす影響を具体的に説明できることが重要だ。
親会社による統制、合併・再編が従来の発注慣行を崩す
最後に「顧客企業グループの統制」を挙げておきたい。ある顧客企業と長年取引している事業者であるほど、従来の発注慣行が続くと想定しがちだ。例えば、「PCサーバーは5年に一度リプレースする時点でメーカーを検討する」といった具合だ。しかし、発掘されたビジネスインサイトは次のようなものである。
- 親会社による統制の強化、統制範囲の拡大により、親会社が主導して、異例の早いタイミングで商材が選定される。外資系企業は本国主導でグローバルな統制をかける。一方、日本企業がグローバル化し、海外子会社に対して統制をかけることも増えている。ただし、全製品、全システムをグローバル共通にすることはできないため、どの範囲を、どの順番、スケジュールで統一していくかが問題となる。
- 合併や企業再編は大きなきっかけとなる。合併する各企業が、異なる事業者の製品を採用している場合、1社に統一するか、複数社を併存させるかの基準やスケジュールは、さまざまだ。ITコスト削減を目的の一つとする合併・再編では、リースの残存価格を比較してコスト削減になる方が選ばれる場合がある。オフィス移転を伴う場合は、クラウドの適用範囲の拡大や、ワークスタイル(働き方)改革に関するソリューションとしての提案が積極的に検討される。
商材に注目するきっかけをどう作るか――。ビジネスインサイトを発掘・活用することで、BtoB企業が適切なきっかけをつかみ、顧客にタイムリーに響く提案につながることを、筆者は期待している。
ブランド本部 調査部 シニアコンサルタント村中 敏彦
1985年に京都大学法学部を卒業後、大手コンピュータ・メーカーでIT製品・ソリューションの提案や導入を担当するSE(システム・エンジニア)職に従事、大手化学メーカーの業務改革推進部門で事業システムの企画や全社業革事務局を担当。1992年に日経BP社に入社。「日経コンピュータ」などIT媒体の編集記者、新規媒体・事業開発、マーケティング調査を担当。同社コンサルティング局の分社独立に伴い、2002年に出向し、現在に至る。ICT/BtoB企業を主要クライアントとして、ICT/BtoB分野の記事やレポートの作成、顧客ニーズの分析やマーケティング戦略立案の支援を行う。
連載:ビジネスインサイトを発掘して事業に活用しよう
- 第1回 商材に注目するきっかけをどう作るか